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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
35/104

34. ソフィー・レンク

 エルメラの厳命により、ライゼたちは倉庫の外で待機していた。


 しかし倉庫そのものが破壊されてしまっては命令にも意味が無い。

 ましてや目の前でリドレック達が殺されようとしているのに動かないわけにはいかなかった。

 すかさずライゼはソフィーの細剣に向けて〈炎刃〉を展開。武器を封じた所でミナリエがソフィーを取り押さえた。


「……って言うか、待機していたんならもっと早く助けに来てくださいよ」


 既での所で命を救われたリドレックは、瓦礫に腰掛けた姿勢のまま憎まれ口を叩いた。

 ソフィーにやられた錬光技――正確にはリドレック自身――の影響がまだ残っているらしく、リドレックは未だ立ち上がることが出来ない。


「もしかして、さっき池に突き落とされたこと根に持っている?」

「そ、そんなことあるはずないだろうが、バカ!」


 わずかに言い淀んだところを見ると、多少なりともわだかまりがあるらしい。

 その様子がおかしかったのか、リドレックは笑いながら瓦礫の山に立ち上がった。


「もう大丈夫なのか?」


 ふらつきながらも自分の足で立ち上がるリドレックを見て、ヤンセンが声をかける。

 彼の手にはケーブルにつながれた携帯端末が握られていた。


「ええ。……それでヤンセンさん。追跡は成功しましたか?」

「無理だ。時間が短すぎる」


 憮然とした表情でヤンセンは答える。


「とりあえず通信内容は記録してある。映像分析をすれば何か分かるかもしれないが、決定的な証拠にはならないな」


 潜入捜査は失敗。逆探もダメ。これで黒幕につながる道は完全に切れてしまったことになる。


「……打つ手なし、か」

「まだあの女が残っている」


 気落ちするヤンセンに、ライゼは拘束されたソフィーを指し示す。

 ライゼとミナリエの二人がかりで取り押さえられたソフィーは、今はおとなしく拘束されていた。

 膝を抱え座りこんだ姿勢のまま、放心した表情で身動きひとつしない。

 その傍らには剣を構えたミナリエが立っていた。

 少しでもおかしな動きをすれば、いつでも切り捨てる構えだ。


「ソフィーから黒幕の正体を聞き出せばいい」

「素直に話してくれればな。ソフィーは精神操作の専門家だ。錬光技を使って聞き出すことはまず不可能だろう。拷問しても話すかどうか……」

「やってみるさ」


 そう言うとライゼはソフィーの元へと歩み寄る。

 正面に立ってソフィーを見下ろすと尋問を始めた。


「……とりあえず、俺達を裏切った理由を聞かせてもらおうか?」

「…………」


 ソフィーは答えない。

 俯いた姿勢のまま身じろぎ一つしない。沈痛な面持ちで唇をかみしめるその顔は、まるで内からあふれ出る何かをこらえているようにも見えた。


 問いかけを無視して沈黙を続けるソフィーの態度は、ライゼの怒りを激しく掻き立てた。


「答えろ!」

「……レオだよ」


 黙秘を続けるソフィーに代わって質問に答えたのはリドレックだった。

 その顔はソフィー同様、悲壮に満ち溢れていた。


「……レオ?」


 しかしライゼはその名に覚えがなかったらしい。

 首をかしげるライゼを、リドレックは咎めるようにねめつける。


「レオニード・レンクだ! ソフィーの弟で……」

「去年、バトルロイヤルで死んだ間抜けな生徒よ!」


 リドレックの後をついで叫んだのはソフィーだった。

 内に秘めた感情を吐き出すように、叫ぶ。


「……! ああっ!」


 言われてライゼはようやく思い出した。

 半年前に起きたレオニード・レンクと、彼にまつわる一連の騒動を、


「当時一年生だったレオニードはバトルロイヤルに参加した――試合を盛り上げるための、咬ませ犬としてね! 試合開始早々、レオニードは上級生たちの集中攻撃を受けて死亡したわ。管理責任を問われた学校側は選手の不注意による事故として処理したわ」


 ライゼを睨み付け、ソフィーは一気にまくしたてる。

 彼女を追いつめたのは他でもない、この学校の非情なシステムとそれを崇める生徒たちそのものだった。


「同じ学校の生徒が死んだっていうのに誰一人として悲しむ者はいなかった。それどころか死んだのはレオニードが弱かったからだとあざ笑うものばかり。観客達は人気種目が無くなって残念がっていたわ。半年たった今では事件の事を覚えているものは誰一人としていやしない。レオニードの名前は忘れ去られ、何事もなかったかのように競技も復活したわ!」

 

 戦い、死に――そして忘れ去られる。

 騎士を志した若者の悲惨な末路に、その場に居る誰もが沈黙する。


「あなた達にとっては試合中に死んだ間抜けな生徒だったかも知れない。でもね、私にとってはたった一人の弟だったのよ。跡取りを失ったレンク家は断絶が決定したわ。この学校は私から全てを奪い去って行った。だから全部ぶち壊してやりたかったのよ。この学校だけじゃない、騎士という制度そのものをね!」


 怨嗟の叫びが鳴りやむと同時に、重苦しい沈黙が訪れる。

 再び口をつぐむソフィーにかける言葉も見つからず、一同は茫然と立ちすくむ。


 沈黙を打ち破ったのは光子力通信の呼び出し音だった。


リドレックはホログラム・モニターを展開する。送信相手はランドルフ総督だった。

巨人対策の指揮を執っているはずの総督は何の前置きもなく本題を切り出した。


『それでどうなった』

「計画は失敗。皇女は無事です」

『テロリストはどうなった?』

「二名殺害。ソフィーは捕縛しました」

『よし、では巨人を制御する方法を聞き出せ。こちらから攻撃してこないことをいいことに好き勝手暴れて手に負えん』

「わかりました。……と、総督は言っているけど?」


 ホログラム・モニターをソフィーに向けて訊ねる。


「……無理よ。巨人を制御する方法は無いわ」


 感情を爆発させた直後で憔悴しているのだろう。疲れ切った声でソフィーは告げる。淡々と語るその姿を見る限り、嘘をついているようには見えなかった。


「あの巨人はああ見えて知能指数が高いのよ。精神操作をしかけても抵抗されてしまうわ。命令できるのは一度だけ、それも目標を設定して攻撃させることぐらいしかできない。後は死ぬまで暴れ続けるわ」

「……だ、そうです」

『そうか。まあ、そんなことだろうと思っていたよ』


 ソフィーの自白に端から期待などしていなかったようだ。あっさり折れると、総督はリドレックに向けて今後の対策を語り始めた。


『こちらで一つ策を考えたのだが、お前の助力が必要だ。今すぐこちらにこられるか?』

「ええ」

『巨人は現在、闘技場通りを中心部に向かって移動中だ。段取りは到着してから説明する』

「はい、では後ほど……。まったく、こき使ってくれるよ」


 ぼやきながら光子力通信を切るリドレックに、ソフィーが声をかける。


「行くの?」

「ああ」

「何故?」

「…………」


 沈黙するリドレックに、ソフィーは重ねて問う。


「地上で必死に戦い傷つき、帰還したあなたにこの学校の連中は何をした? かつて所属していた寮からは追い出され、新たな同僚からは侮辱と怨嗟の眼差しを向けられ、捨て駒として危険な戦いに送り込まれ、勝利して得た物は謂れのない誹謗中傷と仲間たちの裏切り――それなのにあなたはまだ戦うと言うの? この学校に、この世界に守る価値があると思うの?」

「…………」


 リドレックは答えない――答えられない。

 確かにソフィー言う通り、リドレックに闘う理由など何一つありはしない。


 今、リドレックの体を動かしているのは、巨人と言う難敵を前に高ぶる闘争本能だ。

 その内から湧き出るような闘争本能がどこからくるのか――リドレック自身にも判らなかった。


 答えを求めて戸惑うリドレックを見て、ソフィーが再び微笑んだ。


「……結局、あなたも騎士だったのね」


その寂しげな呟きには、深い失望が浮かんでいた。


「残念よ。あなたは他の連中とは違うと思ったのだけれど。あなたも結局、騎士という呪縛からは逃れられなかったのね。自らの意思を持たず、考えることを放棄し、ただ主君の命に盲目的に従うだけの哀れな人形よ」


 侮蔑に満ちたその言葉とは裏腹に、リドレックを見つめるソフィーの瞳には深い悲哀が浮かんでいた。

 リドレックの姿に、同じく哀れな人形として死んでいった弟――レオニード・レンクの姿を重ねているのだろう。


「騎士は作ることはできない。騎士になるべくして生を受け、そして死ぬまで騎士であり続けるのよ――覚えておきなさい。騎士道を歩む限り行きつく先は死、在るのみだということを!」


 呪いの言葉から逃れるように、リドレックは歩き出す。


「ここへはどうやって?」


ソフィーの凄絶な呪詛に茫然とするライゼに訊ねる。


「……錬光騎ナイトメアだ」


 リドレックに声をかけられて正気を取り戻したライゼは、錬光騎ナイトメアの鍵を投げてよこした。


「後は頼みます」


 鍵を受け取ると後始末をライゼに託し、リドレックはその場を立ち去る。

 瓦礫の山を下りナイトメアへと向かうリドレックの後を、小走りでメルクレアが駆けよって来た。


「リドレック!」

「私も行く、とか言うつもりなら駄目だ」

「……う」


 機先を制して遮ると、さすがのメルクレアも沈黙する。


「少しは自分の立場をわきまえろ。これ以上周りに迷惑をかけるな」


しかしそれでもメルクレアは食い下がって来た。リドレックの後を追掛けながら訊ねる。


「でも、あんな化け物どうやって倒すのよ。リドレック一人じゃどうしようもないでしょ?」

「そんなもん知るか」

「知るかって……」

「このまま巨人に好き勝手暴れさせたらこの都市は壊滅する。かといって巨人を殺すわけにもいかない。巨人にはテロリスト達と同じ細胞爆弾が取り付けられているからな。起爆装置は巨人の心臓と連動している。巨人を殺せば自爆。力尽きて死んでも自爆する」

「…………」


 投げ遣りな答えにメルクレアは沈黙する。


「細胞爆弾はその質量によって破壊力が増す。人間サイズでも一ブロック破壊するほどの威力を持っている。巨人の大きさだとどのくらいの破壊力になるか見当もつかない。最悪、この都市が落ちる事になりかねない――打つ手なし、だ。総督は何か策があると言っていたが、どうせ碌なもんじゃないだろう」


 刺々しい口調とは裏腹に、リドレックの胸中は穏やかであった。

 絶望的な戦いを前にしたときの静謐な諦念はリドレックにとって慣れ親しんだ感覚だ。

 敗戦処理に、あるいは捨石として――対抗試合でリドレックは常に過酷な戦いを強いられてきた。今更、己の不遇な立場を嘆くようなまねはしない。


 それどころかリドレックは戦場に立つことに喜びすら感じていた。


 戦場に立つその瞬間だけがあらゆるしがらみから解き放たれる自由な時間であった。

 その先には完全なる自由――死が待ち構えている。

 かつてないほど身近に死を感じたその時、リドレックは自分の戦う理由を知った。


(……ああ、そうだったのか)


 自分はただ、自由が欲しかっただけなんだ。


 何者にも求められず、求められることを放棄した少年が最後にたどり着いた死の境地。

 リドリックの胸中から迷いは消え失せた。

 後はただ、闘うことだけだ。


 半壊した倉庫の前には三台のナイトメアが駐機してあった。

 そのうちの一台にリドレックは跨った。ライゼから預かった鍵を差し込み、エンジンをかける。


 無言で戦場へと向かう準備を続けるリドレックに不安を感じたのだろう。

ハンドルを握るリドレックの腕を掴み、メルクレアが叫ぶ。


「リドレック!」

「いいから黙っていろ! 心配しなくても巨人は俺が刺し違えても倒してやる。だからお前は……」

「うん、わかっている!」

「え?」

 

 真摯な眼差しに射すくめられ、リドレックは沈黙する。


「わかっているよ、リドレックならきっと何とかできるって。だから……」


 まっすぐにこちらを見つめる碧い瞳には、確信に満ちていた。

 若き騎士の力を信じて疑わない、少女の無垢なる心が見えた。

 

「……だから、絶対に生きて帰って来て」


そして胸の奥の、さらに深い場所から絞り出すような声で、メルクレアは懇願する。


「巨人を倒してこの街が助かっても、リドレックが死んじゃったら意味が無いんだから。シルフィが居て、ミューレが居て、リドレックが居る。みんな揃っているこの街が――この学校があたしは好きなの。だから、約束して。必ず生きて帰って来るって! 絶対に生きて帰って来るって!?」

「…………」


 メルクレアの切なる願いに、リドレックは何も答えなかった。

 死地へと向かう少年にとって、少女の願いはあまりにも重すぎた。


「……リドレック!!」


 メルクレアの悲鳴を振り切るようにナイトメアを急発進させると、リドレックは巨人が待つ戦場へと向かった。


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