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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
34/104

33. 皇女の涙

「……何ですって?」


 名乗りを上げたメルクレア――皇女に、ソフィーは驚愕する。

 仲間の二人も同様、突然の事態に目を丸くする。

 立体映像の御前はフードを目深にかぶったままで、その顔色まで窺がい知ることはできない。


「チッ!」


 静止した時間の中、一早く行動を起こしたのはリドレックだった。

 短く舌打ちを叩くと右手に持った長剣をリーダー格の男に向けて投げつける。

 放り投げた長剣が男の胸に吸い込まれるように突き刺さった。


「グァッ!」


 心臓を貫かれた男は短い悲鳴を上げて絶命した。

 彼の死を確認せず、リドレックは二人の少女の元に駆け寄る。


「伏せろ!」

「え?」


 少女たちに叫ぶと、二人を抱きかかえるようにして押し倒す。

 同時に〈翼盾〉を展開。少女達とリドレックの三人に覆いかぶさったその瞬間、爆発が起きた。


「……ひっ!」


 長剣に胸を貫かれた男に取りつけられた細胞爆弾が起動。男は細胞単位で爆発、四散する。

 その爆発に巻き込まれた隣の男も絶命、同様に自爆する。


 倉庫内に閃光と爆風が吹き荒れる。

 密閉された屋内では運動エネルギーに逃げ場がない。

 爆発による威力は余す所なく倉庫内を駆け巡る。〈翼盾〉の中で爆発に耐えるリドレックたちのもとに、破壊された建材が襲い掛かる。


 連鎖爆発の威力は凄まじく、倉庫の半分を消し飛ばした。

 爆発の作り出した夥しい量の瓦礫は、崩壊した倉庫の跡地に小山を築きあげた。


「ブハッ!」


〈翼盾〉で瓦礫の山を中から突き崩し、リドレックが顔を覗かせる。

身を起こすと、腕の中に抱えた少女たちに声をかける。


「大丈夫か! 二人とも!」

「……ええ」

「……大丈夫です」


 メルクレアとシルフィ。二人の無事を確認したリドレックは安堵の表情を浮かべると、


「こぉんの馬鹿野郎!」


 怒声と共にメルクレアの頭めがけて拳を叩きつけた。


「痛っ!」


 頭蓋骨を叩く鈍い音が周囲に響き渡る。


「何てことしてくれたんだ! 見ろ、無茶苦茶じゃないか!」


 リドレックは瓦礫の山と化した周囲を指し、涙目になって頭を抱えるメルクレアに向かって怒鳴りつける。


「え? 何、どうして?」


 まるでこの爆発の原因がメルクレアにあるかのように怒り狂うリドレックに、メルクレアが目を瞬かせる。


 さっきまで剣を交えて戦っていた相手が、突如として仲間割れ。

 身を挺して爆発から守ってくれたと思ったら、いきなり拳骨で殴られた――意味が解らない。


「リドレックさんの言う通りですよ! メルクレア!!」

「シルフィまで!」


 おまけに、命を助けた友人にも説教される始末――ますますもって意味が解らない。


「いくらなんでも無茶が過ぎます! 怪我でもしたらどうするんです!?」

「どうって……。ええっ!? 何これ、何なの?」


 目を白黒させるメルクレアの様子に怒る気力も失せたのか、リドレックは深々と嘆息すると肩を落としてうなだれた。


「おかげで作戦が全部、台無しだよ。せっかくうまく行っていたのに……」

「だから、作戦って何なの? 説明してよ!」

「私たちが敵の組織に潜入して黒幕の正体を探る作戦だったんです」

「…………え?」


 駄々っ子のように喚き散らすメルクレアに、シルフィとリドレックが説明を始める。


「上層部で起きた襲撃事件の結果、桃兎騎士団内部に内通者が居ることが明白になりました。このままではメルクレアの命が危ない」

「そこで総督は寮長と共謀して、替え玉を仕立てる上げることにしたんだ。内通者の疑いのある六人の前でシルフィを皇女として紹介。テロリストの出方を待つことにしたんだ」

「……そうだったんだ」


 驚きと共にメルクレアが頷く。

 そんな作戦だったとは、病院で寝ているメルクレアが知る由もなかった。


「テロリスト達はあっさりと引っかかってくれたよ。すぐさま内通者――ソフィーが接触してきた」

「この千歳一隅の好機を利用してテロリストと接触することにしたんです」

「まさか、僕が本当にシルフィの身柄をテロリストに売り渡そうとしていたと思っていたんじゃあるまいな?」

「……思っていました。すみません」


 責めるようなリドレックの視線に、メルクレアは小さくなる。


「皇女に偽装した私の身柄を餌にしてテロ組織に潜入、外部と協力しながら黒幕の正体を暴く予定だったんです」

「通信回線を逆探知して黒幕の居所を突き止める予定だったんだ。そこをお前に邪魔されたというわけだ」

「……そうだったんだ。ごめんなさい」


 メルクレアは素直に頭を下げる――ただ、頭を下げる事しかできなかった。


「おかげで黒幕の正体を暴くどころかメルクレア、あなたの素性が敵にばれてしまいました」

「なーにが『下がりなさい』だよ! いきなり飛び出してきたと思ったら大見栄切って名乗りやがって。バカじゃないの!?」

「……あうううううっ!」


 滅多打ちである。

 メルクレアは涙目で呻いた。


「せめてリドレックさんだけでも潜入させることが出来ましたら何とかなりましたものを」

「ああ、あの場でシルフィをぶった切っておけば、敵の親玉を信用させることも出来たろうに」

「そうだね……って、いいわけないだろ!」

「ゴフッ!」


 リドレックの顎に拳を叩きこむと、メルクレアは泣きそうな顔でシルフィの両肩に掴みかかった。


「そんなのダメ、絶対ダメだよ! いくら親玉を見つけるためとは言え、シルフィが死んじゃったら元も子もないじゃない!」

「メルクレア様!」


 皇女の視線を正面から受け止め、シルフィは強い調子で諭す。


「メルクレア様は皇族につながる高貴なるお方、その御身をお守りするのは何事にも代えがたい栄誉なのです。あなた様は私共にとって命を懸けてお守りするだけの価値あるお方なのです」


 そしてメルクレアに向けて微笑んだ。


「主君をお守りするのは騎士の務め。ミューレが身を挺してお守りしたように、私も命を捨てる覚悟はとうにできています」

「そんなの嫌だよ! あたしのために誰かが死ぬなんて絶対嫌!」


 とうとうメルクレアの瞳から涙があふれ出した。零れ落ちる涙にかまわずメルクレアは叫ぶ。


「シルフィも、ミューレも! あたしにとって大切な友達だもの! ……あたしのせいで二人に死なれたら、……あたし、あたしはっ……」


 それ以上は言葉にならず、メルクレアは嗚咽する。


「メルクレア……」


 護衛である自分たちを友と呼んでくれた皇女に、感極まったシルフィも落涙する。


「……そういうことだったのね」


 半壊した地下倉庫に響き渡る少女たちの啜り泣きを、地の底から響くような声が遮る。


 瓦礫の山をはねのけソフィーが姿を現した。

その体は光子の輝きに包まれていた。


 錬光技〈防空壕シェルター〉。

 全身を光子の壁で包む、防御系最強の錬光技だ。戦闘には不向きなため主に災害避難用に使われる。


 瓦礫の下に潜んで話を聞いていたのだろう。ソフィーは怒りの形相でこちらを睨み付け、叫んだ。


「よくも騙してくれたわね!」

「騙したのはお互い様だろう?」


 メルクレアに殴られた顎をさすりつつ、瓦礫の上に立ち上がるとリドレックは言い返す。


「生き延びてくれたとは好都合だ。楡御前のことを色々と聞かせてもらおうか?」


 テロリスト全てが死亡した今となっては、彼女だけが黒幕にたどり着く唯一の手がかりだ。

 生け捕りにするべく、ソフィーに向けて手をかざし錬光技を放った瞬間、


「……ぐわぁぁぁぁぁぁっ!」


 技を放った本人であるはずのリドレックが頭を抱え絶叫した。


「どうかしら? 自分の技を返された気分は?」


 苦しみにのたうち回るリドレックの姿を見て嘲るように笑う。


「今の錬光技はサイベルに使った技でしょう? 〈念話テレパシー〉の変化技よね。雑情報を脳に直接流し込み、相手を混乱させる錬光技みたいだけど成程、相手を無力化させるにはうってつけね」

「……な、なぜそれを?」

「言語文化を持たないランディアン達がコミュニケーションとして使う錬光技らしいわね。ランディアン達の文化については、オフェリウスでも研究が進んでいるのよ。どんな技が来るか事前にわかっているならば、簡単に返すことが出来るわ」


 瓦礫の山に倒れるリドレックに止めを刺すべく歩み寄る。

 懐から光子力武器を取り出し展開。細剣をリドレックに向けて構える。


「随分とコケにしてくれたわね。なぶり殺しにしてやりたいところだけど後がつかえているからね、一思いに楽にしてあげるわ」

「やめ……」

「動くな!」


 止めに入ろうとしたメルクレアに向けて細剣を振るう。

 横薙ぎに振るわれた細剣の先から錬光の力がほとばしり、牽制の一撃を放つ。


「きゃあっ!」

「メルクレア!」


 技とも呼べない、無造作に放った錬光の力がメルクレアとシルフィの足元に炸裂する。

 スピードとパワー、精度。ソフィー・レンクの錬光技は熟達の域にある。

 スベイレンに入学したばかりの少女達が到底かなう相手ではない。


立ち尽くす少女たちに向けてソフィーは凶暴な笑みを浮かべる。


「慌てなくてもすぐに貴方たちも殺してあげる。二人仲良くね!」


 少女たちに宣言して、リドレックの体に細剣を突き立てようとしたその時、


「ああっ!」


 右手に持った細剣が突如、炎に包まれた。


 火炎系錬光技〈炎刃〉。

 ただし、細剣に宿る炎は全く制御されてはいなかった。

 野放図に燃え盛る炎はソフィーの右手に、さらに右腕へと燃え広がってゆく。


「あ、ああっ! ああああああああっ!」


 燃え上がる炎にソフィーが悲鳴をあげる。

 細剣を取り落とし、大慌てで上着を脱ぎ棄てる。

 軽度の火傷で済んだことに胸をなでおろすのも束の間、ソフィーの喉元に剣が付きつけられる。


「動くな」


 どこからともなく姿をあらわしたミナリエが、剣を構え警告する。

底冷えのするようなその眼には、明確な殺意が宿っていた。


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