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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
33/104

32. 楡御前の謀略

 エルメラの指示に従いライゼはミナリエとヤンセンを伴い指定された倉庫へと向かった。

 E-35倉庫は東区画の中でも奥まった位置にある。

 周囲のほとんどが空き倉庫で作業員の姿もない。

 倉庫のシャッターは固く閉ざされており、中の様子を窺がい知ることはできない。


 にもかかわらず、何故かエルメラは倉庫の中にいる人数を正確に把握していた。


『中にいるのはリドレックとシルフィ、後はソフィーとテロリストの仲間が二人。合計五人よ』


 的確すぎる指示に不審を抱きつつも、ライゼはホロ・モニターの向こうにいるエルメラに訊ねる。


「突入しますか?」

『いいえ、その場で待機して頂戴。ヤンセンは居る?』


「……ああ、何だ?」


 傍らにいたヤンセンが答える。

 現場にはヤンセンも来ていた。およそ戦闘向きでない彼まで駆り出したエルメラの真意を、ライゼは計り兼ねていた。


『今からしばらくすると、中にいる連中が外部と交信するわ。天空島間の直通回線だと思うから、通信相手を特定して』

「逆探知しろとでも言うつもりか?」


 無理難題にヤンセンが呻く。


「無茶言うな。直通回線なんてそうそう簡単に割り込めるわけないだろう。ろくに準備もしていないんだぞ」

『何とかして頂戴。総督府の方でバックアップしてくれるから、発信場所がわかっているんだから、そこから辿れば通信相手も特定できるはずでしょ?』

「簡単に言ってくれる。……有線で直接介入するしかないな。取り敢えずここいら一帯の配線図をよこしてくれ」


 技術者としての性か、ヤンセンは不可能という言葉は決して使わない。ぼやきながらもヤンセンは作業に取り掛かった。


『その場で監視を続けて頂戴。中で何があっても絶対に突入しないでね。くれぐれも軽はずみな真似だけはしないように。それと、ライゼ。そっちにメルクレアが行ってない?』

「いいえ。メルクレアがどうかしたんですか?」

『病院から抜け出したのよ、あの娘』


 ホロ・モニターの向こうでエルメラが深々と溜息をついた。


『多分、あたしたちの通話を盗み聞きしていたんだわ。シルフィが攫われたと知って助けに向かったんだと思う。そっちで見つけたら保護して頂戴』

「……いい加減、こっちも手いっぱい何ですけど」


 この上、家出娘のお守りまで押し付けられたのではたまったものでは無い。

 エルメラもさすがに申し訳ないと思ったのだろう。労わるような口調で謝罪を口にする。


『あなた達にはすまないと思っているわ。無理ばかり言ってごめんなさい』

「そう思っているならば、せめて事情の説明をしてください」


 この場所を特定できたのはなぜか? 倉庫の中で起きている詳細を知っているのはなぜか? 

 疑問を上げればきりがない。

 

「まだ俺たちに隠していることがあるんでしょう? 事情を説明してくれないのならば、俺達もあなたを信頼することが出来ない」

『この事件がすべて解決したら、総督じきじきに説明してくださるわよ。今は黙って指示通りに動いてちょうだい』


 結局、エルメラはなんの説明もしてはくれなかった。

 わだかまりを抱えたまま、ライゼたちは作業を始めた。


 ◇◆◇


 通信の用意が整い、ようやくテロリストたちの親玉――楡御前との対面が始まった


 中年の男――死んだリーダーに替わり、この男が暫定的にここを仕切っている――が、シルフィを連れて映像投射機の正面に立つようリドレックに命じる。

 どうやら立ち位置が決まっているらしく、投射機に向かって右手側に男たち二人、左手側にソフィーが立つ。

 男女の立ち位置を左右で区別するのは騎士の作法に則ったものであり、彼らが正式な騎士階級に属していることが窺がえる。

 若い男が映像投射機を起動させると、立体映像が浮かび上がる。


「お呼び立てして申し訳ございません、御前」


 立体映像に向かってリーダー格の男が深々と頭を垂れた。

 投射機が作り出した立体映像はローブ姿の男だった。

 ゆったりとしたローブと目深にかぶったフードのおかげで、顔も年齢も体型も――一切合財がわからない。

 おまけに通信状態が悪いらしく、立体映像のそこかしこにノイズが走っている。


 立体映像を見る限り楡御前の素性をうかがい知る事はできない。そもそも、この立体映像自体がまったくの作り物である可能性がある。


『良い。……して、こ奴等か?』


 御前と呼ばれた立体映像の男はローブの袖からゆっくりと手を出すと、指先を正面に立つリドレック達に向けた。


「はい、こちらがセルファシア・イェル・ヴェルシュタイン皇女殿下です。その隣にいるのが……」

『《白羽》リドレック・クロスト』


 名を呼ばれたリドレックは反射的に身構える。


『地上でのそちの働きぶりは聞き及んでおるぞ。そなたとは一度会って話をしてみたいと思っておった所じゃ。……お前達、ようした、ようしたぞ』


 再びリーダー格の男に向き直ると、上機嫌な様子で三人の部下たちの労をねぎらった。

 

『皇女を捕えた上に《白羽》を連れてくるとはまたとない僥倖よ』

「話をしたいんなら、まず素性を明かしてもらおうか?」


 楡御前に対してリドレックはわざと不躾な物言いをした。リーダー格の男が柳眉を逆立てるが構わず続ける。


「名前も顔もわからないんじゃ、落ち着いて話をすることもできやしない」

『わしの事は楡御前と呼んでくれ。勇名を馳せた《白羽》殿と違うて、名もなきただの臣民よ』


 不躾な物言いにも動じず、剽げた態度でいなす。その余裕ある態度がリドレックの癇に障った。


 どうにも楡御前の素性がつかめない。

 対して楡御前はリドレックの事を知っている。


 苛立ちを募らせたリドレックは率直に切り出した。


「あんたの目的は何だ?」

『世界の変革よ』


 詠うような響きで楡御前は答える。


『繁栄を続けて来た天上界は爛熟の時を超え、衰退へと向かっている。政治、経済のみならず文化、芸術に至るまで――社会体制は行き詰まりを見せている。紛い物の大地では、人々の無尽蔵の欲望に耐えきることはできぬ。この閉塞感を打破するには、人類は母なる大地への帰還を果たさねばなるまい』

「……レコンキスタか」


 リドレックの呟きに楡御前が頷く。


 行き詰まる天上界において、近年急速的に高まりつつある政治運動が、国土回復運動――レコンキスタである。


 諸侯の寄せ集めである十字軍を再編成。職にあぶれた騎士階級を積極的に雇用することにより、失業率の低下を改善する。

 そしてより強固な戦闘集団として再編された十字軍の手により、地上から異教徒を殲滅し人類の悲願である地上への帰還を果たす。

 地上を奪還した後は、豊富な資源と旧世界の文化再生――ルネサンスにより新たな産業を育成、経済活動を活性化させる。


 レコンキスタは閉塞した社会体制を打破すると共に、帝国内の諸問題を根本から解決できると期待されている。

 この場合、レコンキスタは単なる地上への再入植を意味するだけにとどまらず、皇帝を頂点とした政治体制そのものの変革を意味する。

 数多ある反帝国思想の中でも国土回復運動は最も過激な政治思想として、帝国をはじめとする各国政府から警戒されている。


『広大なる大地には豊かな資源と旧世界の叡智が眠っておる。十字軍遠征、ルネサンス、そしてレコンキスタ――時代の潮流は誰にも止めることは誰にも出来ぬ。お主ならば解るはずだ、リドレック・クロスト。大地と共に生きる喜びを。戦い、死に、やがて大地へと還る。その永遠なる命の連環こそが人間のあるべき姿だ。人が人であるために、人類は自由なる大地に』

「…………」

 

 リドレックに語り掛けるその言葉には、地上に対する強い郷愁の念が込められていた。

 それは楡御前もまた、地上からの帰還兵であることを示していた。


『天空島は所詮、人が作った偽りの大地。人々の魂の拠り所とはなりえない。天空島を捨て、大地を踏みしめたその時から新たなる人類の歴史が始まるのだ!』

「……そう簡単に行くものか」


 熱く語る楡御前をリドレックは胡乱なまなざしで見つめる。

 無礼な態度に傍らに控える手下たちがいきり立つが気にも留めない。楡御前に向けて冷水を浴びせかけるように言い放つ。


「手狭になったから新しい家に引っ越すというのとは訳が違うんだ。天空島の支配者は皇帝であり、臣民は天空島と共に在る――天空島を捨てて地上へ再入植するということは、帝国の政治体制の崩壊を意味する」

『そう! それよ!』


 しかし、リドレックの反論は楡御前の予測の範疇内であった。


『人類の地上への帰還を阻む最大の障害は、まさしく貴公の言う通り皇帝と帝国にあるのだ。帝国の打倒なくして世界の変革は成しえぬ。今こそ反逆の狼煙を打ち立てる時――そしてその火種となるのがここ、スベイレンなのだ!』

「何だと?」

『一時間ほど前、ハスラム公国はスベイレンに向けて派兵を決定した。ハスレイ・ハスラムに最早、寮長として事態を収拾する能力は無いと判断されたのだろうな。無理もない、昼間の試合での失態、副寮長たちの暴走に続いて巨人の襲撃によって橙馬騎士団は壊滅状態だ』


 そう言うと、壊滅に追いやった張本人は愉快そうに笑った。


『ハスラム本国から飛光船がそちらに向かっている。総兵力は一個中隊相当。スベイレンを制圧するにはちと物足りないだろうが、火種としては十分よ。スベイレンは地上交易の要衝。そして学校には幼い騎士たちがいる――そんな所に軍隊を駐留させればどうなる?』


 それから先は想像に難くない。


 スベイレンに兵を進めるということは自治権を脅かす行為だ。つまりは侵略である。

 自治権侵害という暴挙に対し、各国、各勢力もこぞってスベイレンに向け兵を派遣するだろう。和平を唱えるべき教会勢力も沈黙するしかない。


 学園都市であるスベイレンには騎士候補生たちがいる。

 自分たちの学び舎を軍靴で踏みつけられ、血の気の多い生徒達がおとなしくしているわけが無い。

 生徒達と占領軍との間で戦闘が起きるのは必至だ。起きなければ起こせばいい――楡御前はそういう人間だ。

 しかも生徒達の中には王族、貴族の子女達が少なからずいる。

 彼らが負傷、あるいは死亡すれば本国の家族達が黙っていないだろう。そうなればハスラム公国は世界中を敵に回すことになる。


 さらに交易港を要するスベイレンは地上交易の要衝でもあった。

 交易同盟もスベイレン奪還の為に強硬な手段をとるに違いない。

 武力介入や経済封鎖などと言った穏やかではない手段は帝国領内の経済活動に波及するはず。

 ハルシュタット家をはじめ、金融財閥も打撃を被ることになるだろう。

 帝国経済は混乱に陥り、更なる不況に見舞われることになる。


 そして最大の脅威は帝国の主である皇帝だ。

 失墜しつつある帝国の権威を維持するためにも強硬策に打って出るのは明らかだ。懲罰的な意味でも混乱の原因であるハスラム公国に対し兵を進めるだろう。

 帝国貴族筆頭のハスラム大公と皇帝――両者の対決は帝国が内戦状態へと突入することを意味する。どちらが勝利しても帝国の弱体化は避けられない。


「……何てことを」


 楡御前、恐るべし。


 橙馬騎士団に偽装した皇女暗殺未遂に始まり、ハスラム公国騎士団派遣まで――何から何まで楡御前の思惑通りだ。

 学生同士の喧嘩を利用した楡御前の企ては、天上界を破滅へと導いてゆく。

 必要最小限の犠牲で最大限の利益――テロリズムの理想を実現した楡御前に、リドレックは恐怖と共に感動すら覚えていた。


『天上界は戦火に焼かれることになるだろう。その再生の炎を掲げ、人類は地上への帰還を果たすのだ』


 いつのまにかリドレックは楡御前の描く革命の青写真に惹かれていた。

 楡御前は生粋のテロリストだ。

 破壊のための破壊。

 殺戮のための殺戮。

 その純然たる破滅の美学がリドレックを魅了する。


『同志となれ! リドレック・クロスト。われらと共に世界を変革しようではないか』

「……いいだろう」

 

 無意識の内にリドレックは楡御前の誘いに応えていた。

 来るべき戦乱の予兆にリドレックの声は震えていた。

 

「あんた達の腐った理屈なんぞに興味は無いが、もう一度戦場に立つことが出来るのならば協力しよう」

『善哉、善哉。では早速、一仕事してもらおうか?』

「何だ? 入団テストでもあるのか?」

『そこに居る皇女殿下を殺せ』

「…………!」


 驚愕と同時に、リドレックは傍らにいるシルフィを見つめる。

 シルフィもまたリドレックを見つめかえす。その碧眼には、少なからず動揺が見て取れた。


『計画の総仕上げじゃ。ハスレイ公国の仕業に見せかけ皇女を暗殺する。さすれば帝国と公国の亀裂は確実なものとなるであろう。本来ならば、ハスレイ公国の騎士に偽装した同志たちが始末するつもりだったのだが――白羽、お主のせいで暗殺は失敗してしもうたからな。事が後先になってしもうたが……まあよい、まあよい』

 

 冗談で言ったつもりだったが、まさしくそれは入団テストであった。

新たな仲間に対し、楡御前はリドレックに踏み絵を突きつけたのだ。

 楡御前に仲間として受け入れられるには、その手を血に染める必要がある。

 

『さあ、リドレック・クロスト! 皇女殿下を誅し奉り、同志としての証を立てておくれ――それとも、出来ぬ理由が他にあるのかの?』

 

 楡御前の声音に探るような気配が帯び始めた。

 リドレックが楡御前に疑念を抱いているように、楡御前もまたリドレックを疑っている。

 逡巡は楡御前の疑念を深めるだけだ。

 肚を決めるとリドレックは乱暴にシルフィの背中を突いた。


「…………あっ!」


 短い悲鳴を上げるとシルフィは床に倒れた。

 剣帯から光剣を抜いて展開。

長剣の剣先をシルフィに向ける。

 シルフィは跪いた姿勢で喉元に突き付けられた刃を見つめると、次にリドレックの顔を見上げた。

 剣一本分の間合いでシルフィとリドレックの視線が絡みつく。


「…………」


 無言で見返すシルフィの瞳を覗き込む。

 その瞳に動揺はない。湖水のごとく穏やかな碧眼に宿る輝き――それは死を覚悟した者のみが放つ決意の輝きであった。


 やがてシルフィは目を閉じ、ゆっくりと頭を垂れる。

 斬首の作法を思い出しながら、リドレックはむき出しとなった白いうなじに剣を添える。

 間合いを確認し剣を振りかぶる。


「ハッ!」


 高々と掲げた長剣を、気合と共に振り下ろした。

 

 首を切り裂く直前、凶刃が止まる。


「……何っ!?」


 驚愕するリドレックの視線の先に居るのは、寝間着姿のメルクレアだった。

 必死の形相のメルクレアは、逆手に構えた小剣で長剣を押し返す。


「……ぐ、くくっ!」


 倉庫のどこかに隠れて機会を窺がっていたのだろう。

 シルフィが首をはねられる寸前、メルクレアはリドレックの間にその身を滑り込ませ、長剣を受け止めたのだ。


「……ハッ!」


 気息と共に長剣を弾くと、メルクレアはシルフィをかばうようにしてリドレックの前に立ちはだかった。

 その小さな背中からリドレック同様、目を丸くしたシルフィが叫ぶ。


「メルクレア! あなた何故……」

「下がりなさい!」


 シルフィの問いにメルクレアは答えない。

 リドレックとテロリストたちに向けて命じると、威厳に満ちた声で名乗りを上げる。


「あたしの名はメルクレア・イェル・ヴェルシュタイン! 本物の無銘皇女はあたしよ!殺したければあたしを殺しなさい!!」


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