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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
32/104

31. 倉庫にて

 スベイレン下層区画。


 上、中層に日差しを遮られたこの区画はスベイレンにおける交易都市としての役目を一手に担っている。

 下層区画には飛光船を受け入れる港と、地上から日々持ち込まれる交易品を収納するための広大な倉庫がある。

 

 その倉庫群の一つ、東区画のE-35倉庫にリドレック達の姿があった。

 複雑に入り組んだ倉庫街は逃走者が腰を落ち着けるには最適の場所であった。

 倉庫内のアジトに潜伏していたソフィーの仲間たちは、おおよそ好意的でない態度でリドレック達を出迎えた。


「どういうことだ? ソフィー!?」

「どうもこうもご覧の通りよ」


 仲間の一人――短髪の中年男の詰問に疲れたような声で答えると、ソフィーはシルフィを指した。

 気絶していたシルフィは、倉庫に到着して少し経ってから目を覚ました。

 今はリドレックの傍らでおとなしく立っている。リドレックに腕を後ろ手にねじ上げられているので、逃げ出すこともできない。


「皇女様をお連れしたのよ」

「予定では殺すはずだったはずだ! 生け捕りにしろとは言ってない」


「それになんだよ! そこにいる男は?」


 もう一人の仲間――年若い小太りの男がシルフィの傍らにいるリドレックを指した。


 テロリストたちはこれで全員――ソフィーを含めて三人しかいない。

皇女暗殺などと大それたことを考えている割には随分と小規模な組織だ。


 おまけに統率も取れていない。

 人質のシルフィが見ているにもかかわらず三人は堂々と仲間割れを始め、リドレックに噛みついてきた。


「こいつのせいで仲間がやられたんだ。四人も死んだんだぞ!」

「じゃあ殺せば? 今ここで、二人まとめて、あなた達の手で」


 激昂する仲間にソフィーは冷たい眼差しを送る。


「皇女様はともかく、一緒についてきた騎士様は簡単にはいかないでしょうけど。あんた達が言った通り、リドレックは襲撃チームの四人を退けているのよ。留守番役の貴方たちが勝てると思っているの?」

「…………ぐ!」


 実力の違いは彼らも自覚しているのだろう。悔しそうに口をつぐむ男たちに向けて、ソフィーはすかさずたたみかける。


「ちょっとは考えなさいよ。地上帰りの猛者を寝返らせ皇女を生け捕りにできたのよ。それなのに二人とも殺してしまったら楡御前はどう思うかしら? よくやった、と褒めてはくれないでしょうね」

『…………』


 ソフィーの言い分ももっともだと思ったのだろう。男たち二人は沈黙する。


「勝手に話を進められては困るな」

 

 会話が途切れたのを見計らってリドレックが割って入る。


「皇女を捕えたのは俺、ここまで連れて来たのも俺だ。彼女の処遇は俺が決める」


 そう言ってリドレックはシルフィを引き寄せる。テロリストたちに主導権が自分にあることを主張するためだ。


「簡単に殺させはしないぞ。何せ皇女様だ。教会に元老院、反皇帝派貴族、その他諸々の革命勢力――身柄を欲しがる連中はたくさんいる。どこに売り込んでも結構な金になるはずだ」

「この卑怯者!」


 自分の腕をねじ上げている男の顔を、シルフィは怒りのこもった視線で見上げる。


「それでも貴方、騎士ですか!? ……きゃあっ!」


 反抗的な態度を取ったシルフィの頬を平手で殴りつけた。

 加減の無い平手打ちに、小柄な少女は為す術もなく倒れる。


「いいか、皇女様!」


 髪の毛を掴み床から引きずり起こすと、シルフィの顔に向けて罵声を浴びせる。


「騎士道なんてのはな、所詮はゴロツキが暴力を正当化するための方便でしかないんだ! 世間知らずの皇女様にはわかんないだろうけどな、綺麗事だけじゃ世の中渡っていけないんだよ!!」


 掴んでいた髪を離すとシルフィの体は再び機械油の匂いがする倒れ伏す。


「…………うっ!」


 苦痛と恐怖に震えるシルフィに、さらに罵声を叩きつける。


「ガタガタ抜かしていると娼館に売り飛ばすぞ! 地上じゃ没落した元貴族のお嬢様が、堂々と奴隷市場で売り買いされているんだ。皇女様ならば、きっと良い値が付くだろうさ!」

『…………』


 リドレックの非道ぶりは、テロリストすらも唖然とさせた。

 学生とは言え騎士候補生。臣民の範となるべき立場の者が、よくもここまで下種なことが思いつくものだ。

 騎士でなくとも女の顔を殴り飛ばすなど考えられないことだ。

 まして人買いをほのめかすなど、冗談でも口にはできない。


「その辺にしておいてもらえるかしら?」


 同性として見るに堪えなかったのか、ソフィーが割って入る。


「言いたいことは良くわかったわ。それで、あなたの要求は何?」

「まず、お前たちの黒幕に会わせろ。財布の中身がわからないんじゃ取引にならん。楡御前とか言っていたな? 察するに名のあるお貴族様のようじゃないか。金以外にも逃走経路から潜伏先の確保まで、色々と便宜を図ってもらうぞ。何せ俺は立派なお尋ね者だからな」


 矢継ぎ早に繰り出される要求にソフィーは頷くと、仲間たちに視線を向ける。

 ソフィーの目配せに、二人の男たちは戸惑いの表情を浮かべる。顔を見合わせ相談する。


「取り敢えず御前に相談してみるか……」

「すぐには無理だ。秘匿回線の設定に時間がかかるから……」

「じゃあ急げよ! 今頃、総督府じゃ血眼になって俺達を探しているはずだ。小さな天空島だ。いつまでも逃げ切れるもんじゃないぞ!」


 煮え切らない態度の男たちに向かってリドレックが急かすと、二人の男たちは慌てて通信機器の用意を始めた。

 一人が大型の立体映像投射機を設置し、もう一人が秘匿回線の設定を行う。

 

 煩雑な作業を黙々とこなしてゆく彼らをリドレックとソフィーは遠巻きに眺める。

 その足元には、頬を腫らしたシルフィが居る。

 抵抗も、逃げ出する気力もないらしく、膝を抱え込んだ姿勢で座り込んでいた。


 手持無沙汰になった二人はなんとなく世間話をはじめる。


「あんまり無茶を言わないでくれる? あたしの立場まで悪くなるわ」

「何だよ、ここを仕切っているのはあんたじゃないのか?」

「冗談でしょ。あたしが一番の新入りよ。……リーダーはあんたが殺しちゃったんじゃない」


 恨めしそうに睨まれリドレックは苦笑する。

 どうやら上層階で自爆した襲撃者たちの一人がリーダーだったらしい。

 指揮官自ら襲撃に参加し自爆。何ともお粗末な話だ。


「なあ、なんだってこんな連中とつるんでいるんだ?」


 たまらずリドレックはソフィーに尋ねる。

 ソフィー・レンクと言えばスベイレンでも屈指の才媛で知られている。

 こんな低能な輩と、テロ活動などと言う馬鹿げたことに手を染めている理由が、どうしても理解できなかった。


「あんたはもう少し賢い女だと思っていたんだがな。……何時からこんなバカげたことをやってるんだ?」

「夏休みからよ。オフェリウスに行ったときスカウトされたの」

「オフェリウスでかぶれたか……」


 ありがちな答えにリドレックは思わず吹き出す。

 暇を持て余した学生が政治活動にのめりこむというのはよくある話だ。

 特に学術都市であるオフェリウスでは若き活動家達を求めてあらゆる反体制勢力が暗躍している場所でもあった。


 嘲笑うリドレックを睨み、ソフィーが反論する。


「勘違いしないで頂戴。あたしは革命ごっこなんかには興味ないわ」


 本気で彼らの事を嫌っているらしく、ソフィーは軽蔑の眼差しで立体映像投射機の設定を続ける仲間たちの姿を見つめた。


 大きく開いた作業服の胸元に、青色の輝きが見える。

 外科的に体内に埋め込まれた錬光石――細胞爆弾だ。

 自らの命を平然と使い捨てにする彼らの神経は、ソフィーにも理解しがたいものであるらしい。

 

「暗殺やテロで世の中変わるわけが無いでしょうに――あんなお目出度い連中と一緒にしないで頂戴」

「じゃあ、何で奴らに協力する?」

「スベイレンで騒ぎを起こすって言うから協力しているだけよ。手を貸すのは今回限り」

「目的は騎士学校か?」

「そうよ。スベイレンで大規模なテロ活動が起きれば、騎士学校としての面目が保てなくなる。いい気味だわ」


 昏い影が差す彼女の横顔を覗き込み、リドレックが呟く。


「レオの仇討か?」

「…………!」


 ――レオ。

 その名を出した途端、ソフィーの顔が強張った。


「……覚えていたのね」

「忘れるものか」

 

 半年前、スベイレンを騒然とさせたあの事件は、リドレックにとっても忘れがたい出来事であった。

 無念と共に散って行った若き騎士の姿を思い浮かべ、深々と溜息をつく。


「残念だよ。何であんないい奴が死ななくちゃならなかったのか……」

「……バカだったからよ」

「うん?」

「ライゼが言っていたでしょう? レオが死んだのはバカだったからよ」


 淡々と語る彼女の顔には最早、なんの感情も浮かんではいなかった。

 憎しみも、悲哀も無い――掛け替えの無い人を失った者だけが見せる、無の表情。


「あの子もあなたぐらい賢ければ長生きできたんでしょうね」


 その呟きは皮肉だったのか、本気で言ったのか――リドレックには判らなかった。


「……そうかもな」


 辛うじてそれだけ答えると、リドレックは痛ましそうに顔をそむけた。


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