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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
30/104

29. 巨人、襲来

 玄関扉が爆炎と共にはじけ飛ぶ。

 宵闇を染めるオレンジ色の火炎と共に、リドレックは庭へと飛び出した。


「クッ!」


 爆風にあおられたリドレックの体が庭を転がる。庭に敷き詰められた玉砂利の上で足を踏ん張り、爆風の余波を借りて立ち上がった。

 

 破壊された扉の残骸を乗り越え、ライゼも庭に出てきた。

 大技を放った直後にもかかわらず、その足取りに乱れは無い。

 一撃で蹴散らすことが出来た他の連中と違い、ライゼ・セルウェイは手ごわい相手だ。

 長いキャリアで培われた経験に加え、屋内で平然と火炎技を使う大胆さも持ち合わせている。

 改めて監督生の実力を思い知ったリドレックは、気を引き締めてライゼに対峙する。


 庭の彼方。鉄の門扉のそのまた向こうには橙馬騎士団の寮生たちの姿が見える。爆音と共に現れ、戦闘を始める二人の姿に唖然としていた。

 門扉の彼方に居るかつての仲間たちに向けてライゼが吠えた。


「手出しは無用! こいつは俺が倒す!」


 そして大剣を掲げると〈炎刃ファイヤ・ブレイド〉を展開、刃にまとわりついた炎をさらに変化させる。


「ハアッ!」


 気合と共に振り下ろすと、刃から炎の塊が飛び出した。

炎矢ファイヤ・ボルト〉の上位技〈火炎球ファイヤーボール〉。

 火炎系の中で最も威力の高い錬光技が、リドレックの〈翼盾ウィング・シールド〉に炸裂する。


「グッ!」


〈翼盾〉ごと後ろに弾き飛ばされたリドレックが芝生の上を転げまわる。

植え込みにぶつかり停止したリドレックの体めがけ、ライゼが襲い掛かる。

 振り下ろされた大剣を〈翼盾ウィング・シールド〉で受け止める。大剣に絡みついた〈炎刃ファイヤ・ブレイド〉が〈翼盾ウィング・シールド〉へ燃え移る。

 


炎刃ファイヤ・ブレイド〉から〈炎舞ファイヤ・ダンス〉と、淀みの無い錬光技の連携でリドレックを攻め立てる。

 ギンガナムと同じ戦法でリドレックを酸欠に追い込むつもりだ。

試合の時はギンガナムのミスに救われたが、今回は勝手が違う。


「俺はしくじらんぞ」


 リドレックの思考を読み取ったのか、炎の向こうでライゼが笑う。


「ギンガナムにこの技を教えたのは俺だからな!」


 叫ぶと同時に炎がより一層輝きを増した。

翼盾ウィング・シールド〉にまとわりつく炎に一切の乱れはない。

 不安定な錬光技を完全に制御している証拠だ。


「クッ!」


 押し寄せる熱気にたまらずリドレックは〈翼盾ウィング・シールド〉の展開を解いた。

 ライゼは〈翼盾ウィング・シールド〉に弾かれた大剣を素早く引き戻すと再び振りかぶる。鉄壁の防御を失ったリドレックに大剣が襲い掛かる。


 炎が纏わりついた刃を、左手に持った《茨の剣》で受け止める。


 大剣と短剣が交差する。

 大剣の炎が短剣を伝いリドレックの左腕を焼く。

 短剣から出でる茨が大剣を伝いライゼの右腕を絡め取る。


「ハァッ!」


 炎の熱気に耐えながら、リドレックは背後に向かって飛んだ。


「クァツ!」


 茨にからめとられたライゼの体も後に続く。

 二人の体は焼け焦げた植え込みを飛び越えると、その向こうにある池の中に折り重なるように落下する。


「ブハッ!」


 庭園の池はそれほど深くない。

 先に立ち上がったのはリドレックだった。体ごと池に飛び込んだおかげで、左腕の炎は既に消えている。


「ブフッ! ……くそっ、なんて奴、……グッ! ゴバッゴブッ……ンーンッ」


 やや遅れてライゼも立ち上がろうとする。

 が、すかさずリドレックがライゼの頭を掴んだ。

 抵抗するのを無理やり抑えつけ、ライゼの顔面を水中に沈める。


「ゴブ、ゴゴブ、ブクッ、ブブッ……ブッ…………」


 しばらくの間もがいていたライゼだったが、それもやがておとなしくなった。

 意識を失っていることを確認してから、水面から顔を上げる

 脱力したライゼの体を抱え池から出るのは一苦労であった。

 溺れたライゼを池のほとりに打ち捨てると、リドレックは大きく深呼吸をして息を整えた。


「……フーッ」

「大丈夫?」

「……ああ」


 水にぬれてべったりと張り付いた前髪を払いながら、リドレックは駆け  寄ってきたソフィーに目を向ける。

 右肩に担いだシルフィの体を受け取ると、リドレックは訊ねる。


「それで、仲間の迎えって言うのはいつ来るんだ?」


 敵は全て倒した、後は一刻も早くこの場から立ち去るだけだ。


 鉄門の外では橙馬騎士団の寮生たちが騒いでいる。

 今の戦いを見ていたのだろう。ライゼの敗北は、彼らの怒りに拍車をかけた。今にも鉄門を突き破りこちらに向かって襲い掛かってきそうな勢いだ。


「すぐに来るはずよ。……と、来たわ!」


 ソフィーが言った次の瞬間、


 空から巨人が降って来た。


 砲弾のような飛翔音をたなびかせ空から落ちて来た巨人は、着弾音のような轟音と共に桃兎騎士団の前庭に降り立った。

 膝を折り曲げた姿勢で着地した巨人の姿は、よく手入れされた庭の中にあって無造作に置かれた庭石のようであった。


 リドレックは巨人の胸元に埋め込まれた巨大な錬光石を見つけた。

鮮やかに輝く青い錬光石には見覚えがある。

 

(……細胞爆弾)


 その巨大な錬光石を見つめている間に巨人が動き出した。

 ゆっくりとその身を起こすと、夜空に向けて雄叫びを上げる。


「クォオオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 巨人の顔面、その口に当たる部分から風鳴りのような声が漏れ聞こえる。

 一吠えした後、首を下に向ける。

 足元を照らす明かりが興味を引いたようだ。巨人は門扉を一跨ぎにすると、橙馬騎士団の寮生たちに襲い掛かった。

 

「うっ、うわぁぁぁぁっ!」


 迫りくる巨人を前にして橙馬騎士団の騎士たちは恐慌状態に陥った。


 果敢に巨人に戦いを挑む者。

 一目散に逃げ出す者。

 そして、恐怖に立ち尽くす者。


 秩序を失った騎士たちに、巨人は等しく恐怖を与える。


 自慢の火炎攻撃を仕掛ける騎士たちを巨人は、足払いで一薙ぎにする。

 彼らの特意技である火炎技も巨人の岩のような肌を焼くことはできず、騎士たちは竜巻のような足払いに吹き飛ばされた。


 次にチャリオットを片手で一掴みにして持ち上げた。

 頑丈な機動兵器も巨人にとっては投石のかわりにするのに手ごろな大きさであった。

 わらわらと逃げ出した騎士の背中めがけて投げつける。 

 路上に叩きつけられたチャリオットは、橙馬騎士数名を巻き込んで爆発、炎上した。


 圧倒的な力を見せつけ巨人は騎士たちを次々と屠ってゆく。

 それは最早、戦闘と呼べるようなものでは無く、一方的な虐殺であった。


「……なんだよ、あいつは!?」


 阿鼻叫喚の地獄絵図に、リドレックは茫然と呟く。


「アウストリアの巨人よ。上層階の着陸上に拘束されていたのを精神操作系の錬光技で動かしているの――今のうちよ、この騒ぎに紛れてここから逃げ出しましょう」


 裏口に向けて駆け出すソフィーの後を、リドレックは慌てて追いかける。


「どこに行くつもりだ?」

「仲間と合流するわ。黙ってついてきて!」


 逆らうことが出来るはずも無く、リドレックは黙ってソフィーの後をついてゆく。何処に行くのかは知らないが、肩に担いだシルフィが目を覚ます前に到着したかった。

 橙馬騎士団の断末魔の悲鳴を背に、二人は夜のスベイレンへと駆け出した。


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