26. 嘆きのハスレイ
「埒が明かん!」
桃兎騎士団の門前にハスレイの罵声が轟く。
猛り狂うハスレイの後ろには完全武装の騎士達の姿があった。
おそらくは橙馬騎士団に所属する騎士全員があつまっているのだろう。オレンジ色の光子甲冑を身にまとった騎士たちは、桃兎騎士団寮を取り囲み封鎖していた。
ナイトメアの動力を空ぶかしし、前照灯を瞬かせ桃兎騎士団に向けてしきりに威嚇する。背後には浮遊戦闘車両――チャリオットの姿も見える。
対峙する桃兎騎士団の代表はライゼ・セルウェイただ一人。
他の寮生達には寮から出ないように厳命していた。刃傷沙汰を避けるためにもこれ以上、ハスレイと橙馬騎士団を刺激するわけにはいかなかった。
精緻な飾りの門扉を挟んで、互いの代表であるライゼとハスレイは不毛な押し問答を繰り広げていた。
怒りに震える騎士たちを背後に従え、ハスレイは門扉の向こう側にいるライゼに向かって再び吠えた。
「取り敢えず中に入れろ! 話はそれからだ」
「先程から申し上げておりますとおり、寮長は不在です。日を改めて出直していただきたい!」
寮長代理を務めるライゼは門扉越しに粘り強い説得を試みていた。
ハスレイと橙馬騎士団の要求は唯一つ。
ギンガナムを再起不能にしデニス副寮長以下三名を殺害した怨敵、リドレック・クロストの身柄の引き渡しである。
当然ながらそんな要求に応じるわけにはいかない。
寮長不在を理由に退散願っているのだが、ハスレイ寮長は聞く耳を持たない。
「信用できん! あの女狐の事だ。今頃ハルシュタットの本家とよからぬ企てでも立てているのではないか!?」
「そのようなことは断じて……」
「無いと言うのならば今すぐここを開けて中に通せ! ハスラム大公家にその名を連ねるハスレイ・ラバーレント=ハスラムがエルメラ・ハルシュタットに会見を望んでおるのだ! 余人を交えず二人きりでな!」
「……わかりました」
公爵家の名を出されては無下に断ることもできない。
不承不承、ライゼは門扉を開き桃兎騎士団の中にハスレイを招き入れた。
「お前たちはここで待っていろ!」
寮長の後に続いて門扉をくぐろうとする橙馬騎士団の仲間達を、ハスレイは一喝する。
「この場は私に任せろ。私がきっちりと話をつけてくる! このハスレイ・ラバーレント=ハスラムがな!!」
◇◆◇
「……先程は大変失礼いたしました、ライゼ先輩!」
応接室に通されたハスレイはライゼと二人きりになったのを確認すると、深々と頭を下げた。
「……ハスレイ寮長?」
あまりの豹変ぶりに呆気にとられるライゼに向けてハスレイは平身低頭、ひたすらに頭を下げ続ける。
「いや、まったく申し訳無いライゼ先輩。寮の者は皆、仲間を殺されて気が立っているのです。ああでも言わないとあの場を収めることが出来ませんでした」
正門前の尊大な態度は寮生達に公爵家の威風を見せつけるためのパフォーマンスだったのだ。
門前で騒いでいた橙馬騎士団の生徒達は、いずれも成人に達していない新人選手ばかり。血の気の多い彼らをなだめるためには、ハスレイは大芝居を打つ必要があった。
このような事態を招いたのは他でもない、ハスレイ寮長自身の責任であった。
扱いやすい新人選手ばかりで周囲を固め、ライゼのような古参兵を遠ざけてしまったため橙馬騎士団の選手層に極端な偏りが出来てしまったのだ。
そこへもってきてデニスやギンガナムといった上級生たちを立て続けに失い、橙馬騎士団には血気にはやる若者たちを抑える年長者がいないのだ。
「全ては私の不徳の致すところ。何卒、手前どもの苦衷の程をお察しください」
自らの非を素直に認め、ハスレイ寮長はライゼに許しを乞う。
ハスレイとは彼が入学して以来の付き合いだ。新人のハスレイを監督生として指導したのはライゼだ。彼が公爵家の一員としての立場に振り回されていることは良く知っている。
「そちらの事情は承知しました。どうか顔を上げてくださいハスレイ寮長」
ハスレイの置かれた苦しい立場を理解したライゼは、快く謝罪を受け入れる。
「先程も申しました通り、デニス達を殺したのはリドレックではありません。これは総督も御承知です。総督府に問い合わせていただければ……」
「ライゼ先輩、違う、違うんです!」
改めてここに至るまでのいきさつを一から話し始めるが、ハスレイはライゼの話に耳を傾けようとはしない。
ただ悲嘆にくれたように頭を振るだけだ。
「誰が殺されたとか、誰が殺したとか、最早そういう話ではないんです。国家存亡の危機なのです」
「それはどういうことですか?」
「先程、大使館から大使がお見えになりました」
「大使閣下が、直接ですか?」
スベイレンは何処の国家にも属さない独立した自治都市である。
上層部には各国の窓口となる大使館があり、代表である大使が常駐している。無論、ハスレイ大公国の大使館も存在する。
学園都市という性質上、大使の仕事はそれ程多くは無い。
せいぜいが週末の試合観戦に出席するぐらいで、スベイレン大使の顔を見かけることはほとんどない。
その大使閣下が、王室関係者であるハスレイに直接面会するということは余程の事態であった。
「今回の事件を重く見た本国は、事態収拾のためにスベイレンに兵の派遣を決定しました」
「兵って、騎士団を派遣するのか!?」
突然の事態に、ライゼは絶句する。
「バカな! 本国の連中は何を考えているんだ!」
「ギンガナムを再起不能にされた上、騎士候補生、四人が死亡しているんです。公国騎士団とて黙っているわけにはいかんでしょう。相手がハルシュタット家となればなおさらです」
財政的危機に直面しているハスラム公国において、騎士団も規模縮小を余儀なくされている。予算と雇用の削減により、騎士団内部には不満が噴出している。
そしてハスラム公国に財政融資を行い騎士団の予算削減を指導したのが――エルメラ寮長の実家が営む、ハルシュタット銀行であった。
「騎士団内部の不満を抑えるためにも、大公陛下も強硬策を取るしかなかったようなのです。既に本国から兵を飛光船が出立したそうです。夜明けごろには到着するでしょう」
「……なんてこった」
まさに国家存亡の危機であった。
事態は既に桃兎騎士団と橙馬騎士団の学生同士の喧嘩では収まらない域まで来ている。
このままではハルシュタット家とハスラム公爵家の戦争に突入するだろう。
「私も寮長の任を解かれ、本国に帰還するよう命じられました。度重なる不祥事に私に管理能力が無いと思われてしまったようです。このままでは戦争になってしまいます! そうならないためにも、一刻も早く事態を収拾しなければなりません、私達の手で!」




