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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
26/104

25. 1/6の殺意

「大丈夫?」

「……ああ、何とか」


 額を抑えるサイベルに、ソフィー・レンクが気遣うように声をかける。

 リドレックの錬光技によるサイベルの頭痛は徐々にだが収まりつつあるようだ。


「恐らく精神操作系の錬光技だろう」


 正体不明の錬光技に対してライゼが推論を述べる。


「詳しい技の内容まではわからんがな。あんな緻密な錬光技は見たことない。一体、どこであんな技を覚えて来たんだか……」


 ライゼの疑問は皆も同様であった。

 リドレックの錬光技はここに居る全員が目の当たりにしていたというのに、誰一人として技の詳細を見極めることが出来なかった。

改めて実力の違いを見せつけられ、一同は沈黙する。


「髪の毛……」


 重苦しい沈黙を破り、ヤンセンが呟いた。


「髪の毛、がどうかしましたか?」


 不意の呟きに、ミナリエが先を促す。


「あのリドレックの髪の色――お前がみっともないと言っていた茶髪は、錬光技の使い過ぎによる精神疲労によるものだろう」

「毛の色抜ける程に過酷な戦場だったってわけか……」


 ラルクが呟くと、再び重苦しい沈黙が訪れる。


「勝てるかな?」


 沈黙を破ったのはサイベルだった。ようやく頭痛が収まって来たらしく、額を抑えていた手を下ろし、誰にともなく訊ねる。


「……何を考えているんだ、お前?」


 その問いかけに不穏なものを感じたライゼが訊ね返す。


「こっちは、六人。一斉にかかれば倒せるよな?」

「だから、何を考えている!?」

「だってこのままじゃ、俺達全員あいつに殺されちまうぞ!?」


 サイベルは悲鳴を上げて立ち上がった。


「俺達は皇族暗殺の嫌疑をかけられているんだ。反逆罪だぞ、一族郎党皆殺しだ!」

「そうなる前に俺達の手で内通者を捕まえればいいんだろうが。とりあえず落ち着け!」


 激昂するサイベルを宥めると、ライゼは談話室に居る一同を見渡し状況を整理する。


「寮長の話によると内通者がこの中にいることは間違いないようだ。ここに居るのは全員、他の寮から移籍してきたものばかり。我々はこの寮に来てからまだ日が浅い。この寮に来てから不審な行動をとった人間を洗い出そう」

「それから、移籍以前の状況から調べることも必要なんじゃないかしら?」


 ライゼの提案に、ソフィーが補足を加える。


「内通者は皇女暗殺を寮の内側から支援するため、他の寮から送り込まれて来たのでしょう? それならばかつて所属していた寮との関係、トレードに至るまでの経緯を調べればテロリストの動機がわかるんじゃないかしら」


 二人の提案に頷くと、ラルクは顎に手を当て考えるようなそぶりを見せた。


「そうなると、一番怪しいのは……」


 あえてその名を口にするまでもない。談話室の一同は揃ってライゼ監督生を見つめた。


「……なんで俺を見る?」

「だって、ライゼ先輩。あんたはリドレックを目の敵にしていたじゃないか?」

「いや、それは……」

「奴を桃兎騎士団から追い出して邪魔な護衛を取り除こうとしたんじゃないのか?」

「ち、違う! そんなつもりは……」


 慌てて言い繕うライゼの姿に、ラルクは疑惑を深める。


「そもそもトレードに放出される選手なんてのは、成績の悪い奴か問題のある奴と相場が決まっている。あんたのように実績も有り経験豊富な選手がドラフトにかけられるなんておかしい。橙馬騎士団から移籍してきたのは桃兎騎士団にスパイとして潜り込むためだったんじゃないか?」

「その実績と経験を疎まれて橙馬騎士団を追い出されたんだ!!」

「どういう意味だ?」

「……俺ももういい歳だしな。若手に活躍の機会を与えるためにも一線を退くように、ハスレイ寮長に肩を叩かれたんだ」


 ライゼ・セルウェイは今年二十二歳。在籍八年のベテランである。

 実力、実績、共に申し分のない成績なのだが、仕官先が決まらずこの歳になるまで留年を重ねていた。


「橙馬騎士団寮には毎年、ハスラム本国から何十人もの生徒が入学してくるんだ。俺みたいなロートルは肩身が狭いのさ。……そういう意味では、この中で一番怪しいのはサイベルなんじゃないか?」

「な、なんでだよ!」


 いきなり疑惑を向けられ、サイベルがうろたえる。


「だってお前は去年の新人王だぞ? 若い上にタイトル持ち、トレードに放出する理由が無い」

「若いからだよ! 黄猿騎士団は年功序列が激しいんだ。一年目の新人じゃレギュラー入りはさせてくれないんだよ!」


 口を尖らせると、サイベルはかつて所属していた騎士団寮の不満をぶちまける。


「桃兎騎士団に移籍したのは選手層が薄いから活躍の機会が増えると思ったからだ!タイトル持ちなら、そこにいるラルク先輩だって同じだろ!?」

「……え、俺か?」


 疑惑の矛先は次に、ラルクに向けられた。


「あんたは騎上槍試合のチャンピオンで上級貴族のお坊ちゃまだろ。何で最下位成績の桃兎騎士団に移籍してきたんだ?」


 サイベルに問い詰められて、ラルクは渋々口を開く。


「……実はちょっとしたトラブルが起きてな、青象騎士団に居られなくなってしまったんだ」

「……女だな?」


 歯切れの悪いラルクに、胡乱な視線をミナリエが向ける。


「お前のトラブルと言えば、女がらみと相場が決まっている。今度は誰だ?」

「……紫鹿騎士団のエイダ」

「騎上槍試合で対戦した相手ではないか? 負けた理由はそれか。まったく、貴様という奴は……」

「それと白羊騎士団のメグと、茶熊騎士団のジェイミー。それから……」

「何人居るんだ!?」


 青象騎士団寮のラルクと言えば数々の女生徒たちと浮名を流す、女たらしで有名であった。

 他所の騎士団寮の女生徒でも見境なく手を出す為、ラルクの女性問題は時として大きなスキャンダルに発展することになる。


「……とまあ、収集が付かなくなったんで桃兎騎士団に逃げて来たってわけだ。だからスパイなんかじゃないぜ」

「威張るな馬鹿者。少しは慎め」

「だったらお前は何でトレードに出されたんだ?」

「え?」


 小うるさいことを言う同期に向かって、ラルクは逆に問い返す。


「品行方正で成績優秀なミナリエがトレードに出されるなんておかしいじゃないか? 何で移籍してきたんだ?」


 思いもよらない逆襲に一瞬言葉に詰まるが、すぐにミナリエは返答する。


「……私が女だからだ」

「女?」

「所謂、騎士道精神の弊害という奴だ。嫁入り前の女を前線で戦わせるわけにはいかない、と言ってレギュラーから外されたんだ」


 世間一般に浸透しつつあるフェミニズムの風潮も、伝統を重んじる騎士社会には無縁の存在であった。

 騎士にとって女性とは背後にあって守られるべき存在。男たちを差し置いて戦場に立つ女騎士の存在を快く思わない者も少なくない。


「赤牛騎士団では女が活躍できる機会に恵まれない。桃兎騎士団寮の寮長、エルメラ・ハルシュタットは女だから性別に分け隔てなくレギュラーとして使ってくれると思い移籍してきたんだ。それなのに……」


 結果としてレギュラー入りは果たせなかったわけで、彼女の目論見は外れたことになる。

 それどころかスパイの嫌疑までかけられているのだから、ミナリエとしてはたまったものではない。


「そういうわけだから、私もスパイなどではないぞ! ……品行方正と言えば、ソフィーさんのような人を言うのだ。頭もいいし、気立てもよいのに何故トレードに?」

「いや、気立ては関係ないと思うけど……」


 場違いな褒め言葉に苦笑しつつも、ソフィーは移籍してきた経緯を語る。


「私の場合は家柄に問題があってね。碧鯆騎士団の選手は貴族の子弟が大半を占めているわ。私は下級貴族の出自だから、選手として出場できる機会が少ないのよ」


 貴族社会は厳密な階級によって成り立っている。

 徹底した自由競争と成果主義を取り入れているスベイレン騎士学校ではあっても、階級社会による不公平は厳然として存在するのであった。


「皆それぞれに、移籍してきた事情があるのだな」


 様々な問題を抱える同僚騎士たちに、しみじみとヤンセンは頷く。


「実は私も……」

「いや、ヤンセンさんはいいよ」


 ヤンセンの告白をラルクが手を振って遮る。


「何で?」

「だって、……なあ?」


 不思議そうな表情でヤンセンが尋ねると、その場に居る全員が苦笑する。


 ヤンセン《狂人ザ・マッド》バーグの悪名は、スベイレンで知らぬ者は居ない。

 研究室で爆発事故を起こす事は数知れず。戦術機動歩兵を暴走させ校舎を破壊、および来賓客に負傷。実戦テストと称して助手の生徒――リドレックの事だが、重傷を負わす。研究開発費の私的流用――と、彼の悪行は枚挙に暇がない。


 ヤンセンが今まで退学にならなかったのは、こういった悪行を補って余りある功績があったからだ。

 学内ではともかく、彼は博士号まで得た優秀な研究者であり評価が高い。今までは大目に見てもらえていたようだが、総督が交代したことで事情が変わったのだろう。


「……手がかりなしか」


 全員が身の上を語ったところで、疲れたようにラルクが呟く。


 結局のところ誰も疑わしい人間は見つからなかった。

 暴露合戦の果てに分かったことと言えば、自分たちがはみ出し者の集まりだったということだけ。

 徒労に終わった捜査が終わり、談話室に得も言われぬ倦怠感が訪れる。


「どうするよ? このままじゃマジでリドレックに殺されちまう」

「いや、いくらあいつでもそこまではしないだろう」

「言い切れるのかよ!」


 希望的観測を口にするライゼに、ラルクは声を荒らげる。

 

「俺達は皇女暗殺の嫌疑をかけられているんだぞ!? さっきのあいつの顔を見ただろ? ありゃ、マジだぜ。マジで俺達を殺すつもりだ」

「大丈夫だ。あいつは今、難題を抱えている。俺達を死体にしている暇はないはずだ」

「難題?」

「橙馬騎士団の事だ」


 眉間にしわを寄せ、ライゼはかつて自分が所属していた騎士団寮の名を口にした。


「ギンガナムを再起不能にされた上に寮生を四人も殺されたんだ。橙馬騎士団の連中が黙っているわけが無い」

「え? デニス達を殺したのはリドレックじゃないだろう?」

「それをどうやって説明する?」

「どうって……」


 言われてラルクは考える。

 デニス達を殺したのは皇女暗殺を企てた暗殺者たちだ。

 暗殺者たちはデニス達から装備を奪い、デニス達に偽装して皇女を襲撃し、リドレックによって返り討ちに会い自爆した。

 その際、暗殺者たちの遺体は粉微塵に砕け散ってしまっている。暗殺者の存在を示すものは何も残されていない。


「……無理だな」

「橙馬騎士団の連中はリドレックがデニス達を殺したと思っているんだ。必ず報復に来るぞ。ハスレイ寮長は公爵家の一員だ。面子がある」

「関係者って言っても、ハスレイ自身は公爵家とそれ程深いつながりはないんだろう? 確か、お姫様の実家の……」

「第二公子夫人の従妹の息子だ」

「……他人じゃん」

「縁故が薄いからこそ問題なんだ。大した権限がないわりに公爵家としての義務だけはきっちりと果たさなければならない。公爵家の中でも立場が弱く、何か問題が起きたら真先に糾弾される。今回の件でもそうだ。事件が大事になればハスレイのみならず一族郎党が何らかの責任を取らされることになるだろう。そうならないためにも報復に……」


 話している途中でライゼは突如、口をつぐんだ。

 そして視線を窓に向ける。

 宵闇を照らす無数の灯と、静寂を打ち破る爆音にライゼは舌打ちをする。


「……早速来たようだな」


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