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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
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22. シルフィの決意

 スベイレン上層にある総合病院は、事故現場から運び込まれた死傷者達の姿で溢れかえっていた。

 元々この総合病院は上層階に住む上流階級向けに作られた病院であった。

 このような大量の怪我人を相手にすることは想定しておらず、医者も設備も足りていない。

 待合室には負傷者の容体を見る看護師と、死体の身元確認をする警察官がせわしなく行き交っていた。


 待合室には事故現場に居合わせたシルフィの姿があった。

 現場では取り乱していたシルフィだったが、医師の診断を受けた今は落ち着いている。

 居並ぶ負傷者たちの中で、ただ一人無傷のシルフィは申し訳なさそうにベンチに腰かけていた。


「シルフィ・ロッセ」


 負傷者達をかき分け、シルフィに声を駆けたのは、副寮長のアネット・メレイだった。傍らにはジョシュア・ジョッシュの姿もある。


「……アネットさん」


 副寮長のアネットは、寮内の中でも厳格な人柄で知られている。

 付き合いはそれ程長くは無いが、シルフィ達新入生三人は、幾度となく彼女から叱責を受けている。

 普段はいい加減で時に厳しいエルメラ寮長とは、また別の意味で苦手とする存在だった。


 アネットはシルフィの無事を確認すると、すぐに周囲を見渡した。


「他の二人は?」

「メルクレアは治療が終わって病室にいます。意識はまだ戻っていませんが、軽傷で済みました」

「ミューレは?」

「……まだ、治療中です」


 それだけ言うと、シルフィは沈黙する。

 襲撃現場で瓦礫の下敷きとなったミューレは集中治療室に入ったまま出てこない。せわしなく行きかう看護師たちの姿から察するに、容体は思わしくないようだ。


「……まあ、君だけでも無事で良かったよ」


 アネットの傍らに控えていたもう一人の青年――ジョシュア・ジョッシュが気遣うように声をかける。


「リドレックさんが守ってくれたので……」


 爆心地のすぐ近くにいたにもかかわらず、シルフィが無傷でいられたのはリドレックのおかげだった。

 彼の素早い判断力と練光技が無ければ、シルフィも無事では済まなかったはずだ。


「それで、リドレックは?」

「……警察に連れていかれました」


 わずかに言い淀みながら答える。

 事故現場に駆け付けた警察官たちは、その場に居たリドレックを拘束。警察へと連行した。

 本来ならばスベイレン騎士学校に在籍する生徒は警察に逮捕されるようなことは無い。騎士に準ずる扱いを受ける彼らには不逮捕特権が与えられているからだ。


 しかし、リドレックを逮捕した警察官たちは総督直筆の召還状を持っていた。騎士学校の生徒にとって総督は仕えるべき主。逆らうことはできない。

 試合での不敬な態度に続いてこの騒ぎ。さすがに堪忍袋の緒が切れたのだろう。シルフィまで逮捕されなかったのは幸運だった。


 おおよその状況を確認した所で、アネットは寮長からの伝言を告げる。


「シルフィ・ロッセ。寮長がお呼びだ」

「でも……」


 シルフィは救急治療室のある方向を見た。二人の親友を気遣うシルフィに、アネットは冷たく言い放つ。


「ここにお前が居て何ができる? 二人の面倒はジョシュアに任せて、お前はすぐに寮に戻れ」

「……わかりました」


 副寮長の言う通り、ここにいても出来ることは何もない。

 自分に課せられた責務を全うするべく、シルフィは寮へ向かった。


 ◇◆◇


 事故現場――正確には襲撃現場で拘束されたリドレックは、警察署ではなくなぜか総督府に連行された。


 総督府は文字通りこの都市の中心であると同時に、総督の居城でもある。

 新総督を迎えたばかりの屋敷ではまだ引っ越しの整理もついておらず、そこかしこに梱包されたままの荷物が転がっていた。

 応接室に通されたリドレックには手錠による縛めはおろか、警察官の付き添いもない。

 ソファーに腰掛け部屋中に転がる荷物を眺めていると、ようやくこの屋敷の主が顔を見せた。


「やあ、待たせて申し訳ない」


 部屋に入ってくるなり、ランドルフ総督は芝居がかった口調でリドレックに詫びた。

 つかつかとソファーに歩み寄る総督の後を、給仕用の機械人形が続く。


「引っ越してきたばかりでご覧の通りの有様だよ。碌なもてなしができないのだが、まあ楽にしてくれ」


 勢いをつけてソファーに座ると、優雅なしぐさで足を組む――芝居がかった動きだ。

 リドレックの目に映るランドルフ総督は、狡猾な道化師のように見えていた。自由奔放に見えて言動から行動に至るすべてに計算されつくされた作為が感じられる。


 昼間の試合で起きたこともまるで気に留めていないように、ランドルフ総督は親しげな様子でリドレックに話しかけてくる。


「とりあえず私物を返しておこうか――ディナイン、それを彼に」


 総督が命じると機械人形は押してきたワゴンの上にあるトレイを取り上げる。

 トレイの上には警察に取り上げられた私物が置いてあった。

 こうも簡単に私物を返してくれるとは思わなかった。拍子抜けしつつも機械人形が持つトレイの上から私物を取り上げてゆく。


 身分証と貴重品。

 五つの指輪と羽のついたネックレス。

 そして、武器類。


「……〈茨の剣〉」


 総督は呟くと、リドレックが手に取った短剣をうっとりとした表情で見つめた。


「使用錬光石六個。色はライムグリーン。所有者はアメリシアの巫女、リリューシュナイラ=ハードブランチ」


 すらすらと来歴を言い当てるランドルフ総督に、リドレックは驚きに目を瞬かせる。


「オフェリウス大学の所蔵庫でこれと同じタイプのものを見たことがある。学者どもは儀式用だと言っていたが、どうやら間違いだったようだな。昼間の試合を見る限り、十分に戦闘用として使用に耐えるようだ」

「いえ、間違ってはいませんよ」


 苦笑しつつ、リドレックは総督の誤解を指摘する。


「これはランディアンの戦巫女が戦場で勝利祈願を行う際に使用する祭器です。ランディアン達にとっては戦闘もまた神聖な儀式ですから」

「おお! 彼の地では巫女自ら戦場に赴くのか。何とも勇ましい! ……もっとも《白羽》の力量の前には、巫女の祈りも通用しなかったわけだが」

「…………」


 呵々と笑う総督に、リドレックは警戒心向きだしの眼差しを向ける。


「そう構えるな。地上に居たから知らんだろうが、貴公はちょっとした有名人なんだぞ。今や《白羽》リドレック・クロストの武名は帝都まで轟いておるからな」


 総督が再び笑うと、機械人形がリドレックの目の前に茶を差し出した。


「武勇伝を肴に一杯、と行きたい所だが、貴公とは色々と話しておかなければならい事があるのでな。まずは茶でも飲んで酔いを醒ましてくれ」


 機械人形の淹れた味も素っ気もない茶を口にするまでもなく、リドレックの酔いはとうに醒めていた。


 ランドルフ総督はただの道化者ではない。

 全てを見透かすような物言いに、リドレックは警戒心をより一層深める。

 

 ◇◆◇


 祝勝会を早々に切り上げたエルメラ達桃兎騎士団の面々は、上層階の騒ぎから逃れるように桃兎騎士団寮に戻って来た。

 寮生全員に自室で待機するように命じると、エルメラは監督生のライゼを筆頭とした移籍組六人を寮長室に招集した。

 揃って寮長室にやって来た六人は、部屋に入るなりエルメラに詰め寄った。


「一体、どういうことですか!?」


 ライゼが怒声を張り上げる。

 怒りの度合いは他の五人も同じの様だ。

 声こそ上げはしないが、揃いも揃ってエルメラに向けて鋭い視線を投げつけてくる。


「みんな、ちょっと落ち着いてちょうだいよ」


 ここに居る六人はスベイレンの中でも指折りの実力者だ。

 これだけの面子に殺意の視線を向けられるとエルメラもたまったものではない。


 彼らの憤りは無理からぬことではあった。


 橙馬騎士団の襲撃は、街を半壊する大惨事にまで発展した。寮生二人が負傷した上、民間人にも多数の死傷者が出ている。

 最早、学生同士の喧嘩で済まされるレベルではない。

 橙馬騎士団のみならず桃兎騎士団も何らかの処分を受けることになるはずだ。今後の先行きを案じて、寮生達も不安に思っているに違いない。


 エルメラが寮長として為すべきことは、寮生たちに状況を説明し落ち着かせることだ。

 しかし、何から説明すればいいのかわからない。


「順を追って説明するから、もうちょっと待って頂戴」


 これは非常に複雑でデリケートな問題だ。

 一言で説明するのは難しく、全てを明白にするわけにはいかない事情があった。

 とりあえずエルメラは寮内の主要人物を集め、今後の対策を検討するつもりだった。


 しかし彼らの最大の関心事は、別のところにあるようだった。


「まずリドレックの事から説明してください!」

「リドレック?」

「とぼけないでください! 奴のあの強さは何ですか!?」

「そうだよ!」


 激しく詰め寄るライゼにラルクが続く。


「昼間の試合で見せたあの錬光技、ありゃ尋常じゃない!」

「さっきはお礼参りに来た橙馬騎士団の連中を返り討ちにした。ナイトメアに乗った騎兵、四人をたった一人でだぞ? 考えられん!」


 ミナリエもまた渋面で頭を振る。


「一体、夏休み中に何があったんだ? どんな修行をすれば、あんな力を手に入れることができるんだ?」

「修行したっていきなり強くなるってもんじゃないだろう? 人体改造か薬か……。いずれにせよ真っ当な手段じゃないだろう。そうでなければ短期間であそこまでの力を手に入れることはできん」


 サイベルとヤンセンも首をかしげる。


 まったく、呆れた連中だ。

 そして、何と頼もしい連中だろう。


 こいつらの頭の中は誰が強いのか、自分が強くなるにはどうすればいいのか、それだけしかない。

 これこそが、まさしくスベイレンの騎士であった。愚直なまでに強さを追い求めるその姿勢こそが、騎士学校の生徒としてあるべき姿だ。

 彼らをスカウトしたのは間違いではなかった。

 この危機的状況の中にあってエルメラは自分の目利きが正しかったことを確信した。


「寮長はご存じなんですよね? 彼の強さの秘密を」


 昼間の試合中、思わず漏らしたエルメラの呟きを聞いていたソフィーが訊ねる。


「ええ、知っているわよ。別に秘密ってほどの話じゃないんだけど……」


 問い詰めるような視線にさらされ、苦笑しつつ話を始める。


「夏休み中、リドレックは地上に居たのよ」

「地上?」

「そう、リドレック・クロストは、夏休みに入ると同時に地上へと向かったの。そして一介の巡礼者として十字軍に参加――聖戦にその身を投じたのよ」


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