20. ハスラムの騎士
その頃、橙馬騎士団寮の副寮長デニスは、パニラント・ホテルでフロント係を脅迫している真っ最中であった。
「とぼけても無駄だ!」
「落ち着けデニス!」
デニスの後ろには橙馬騎士団の仲間達が控えていた。三人の仲間たちはデニスと同じくアンダースーツ姿だった。腰の剣帯には光子武器がぶら下がっている。
紳士淑女が行き交う高級ホテルのロビーに武装した騎士の姿は良く目立つ。
周囲の視線を気にした仲間たちが宥めるのも聞かず、デニスは大声を張り上げる。
「桃兎騎士団の連中がここで祝勝会の予約をしたことは判っているんだ! 連中の居場所をとっとと教えろ!」
「……確かに、祝勝会のご予約はございました」
武装した騎士を相手に逆らえるものなど居ない。怯えた表情のフロント係は顧客情報をあっさりと開示した。
「しかし、直前でキャンセルされています。当ホテルに、桃兎騎士団の方はお見えになっておりません」
「……はずれか。クソッ!」
苛立たしげに舌打ちすると受付カウンターから離れる。
目当ての桃兎騎士団の連中がいない以上、ここにいる理由は無い。駐機場へと向かうデニスの後を、三人の仲間たちは慌てて追いかける。
「どうするんだ? デニス」
「探すさ、決まっているだろう。このままじゃ修まりがつかん!」
早足で歩きながらデニスは答える。
ライゼの懸念していた通り、デニスを中心とした橙馬騎士団の有志一同は桃兎騎士団に対して報復を画策していた。
橙馬騎士団の開幕戦初日の成績は惨憺たる結果に終わった。
初戦の対抗リーグで躓いたのがいけなかったのか、個人成績のポイントもろくに稼ぐことはできなかった。
試合終了後、副寮長のデニスは本国のハスラム大公国騎士団から厳しく叱責を受けた。
こういった場合叱責を受けるのは、寮長のハスレイではなくデニスを含む上級生達であった。寮長とは言えハスレイは年も若いし、何より公爵家の一員だ。騎士団としても強く出ることが出来ない。
特にギンガナムの件については激しく咎められた。
ギンガナムは来年度から公国直轄の騎士団に仕官することが内定していた。彼の敗北はそのまま公国騎士団の敗北を意味している。
このまま黙っていてはハスラム公国の騎士として面目が立たない。
デニス達上級生有志は桃兎騎士団に一矢報いるべく、勇んで夜のスベイレンへと飛び出した。勝利に湧く桃兎騎士団の祝勝会に乗り込んで一暴れしてやるつもりだった。
しかし、肝心の祝勝会場が見つからない。
デニス達は少ない手がかりを頼りに桃兎騎士団の姿を求めて、スベイレン中を探し回っていた。
「……なあ、もう止めにしないか?」
肩透かしを食らって怖気づいたらしい。不安そうな顔を浮かべる仲間を叱咤する。
「何言ってんだ、今更!」
「だってよ桃兎騎士団のバックにはハルシュタットがついているんだぜ。圧力をかけてきたらどうする?」
経済的困窮にあえいでいるハスラム公国は、各方面から多額の借金を抱え込むことによりどうにか糊口を凌いでいる状態である。
その中でも最大の債権者は金融財閥であるハルシュタット家であった。
「ハルシュタットの機嫌を損ねて融資を打ち切られでもしたら冗談抜きで国が傾くぞ。そうなったら俺達もただじゃ済まない。退学処分の後、本国に強制送還なんてことになりかねん」
「その時は坊ちゃまも道連れだ」
忌々しそうにデニスが口にする『坊ちゃま』とは、ハスレイ寮長の事である。
実のところ、デニス達の怒りの矛先は桃兎騎士団ではなく、寮長のハスレイあった。
卒業した前寮長と入れ替わる形で今年度から寮長に就任したのがハスラムだった。実績も経験も乏しいハスレイが寮長になれたのは、公爵家と縁戚関係にというただそれだけの理由だ。
寮長に就任するなりハスレイは大幅な人員の刷新を行った。チームの若返りを目指すと宣言し、自分と同世代の若手選手を主力に据え本国からハスラム家の息のかかった新人を招聘した。
結果として副寮長のデニスを中心とした古参の選手は冷遇される形となった。
監督生だったライゼはトレードに放出、ギンガナムは危険なバトルロイヤルに参加させられ再起不能の怪我を負った。
事あるごとに王室の権威を振りかざすハスレイの専横ぶりに、かねてから上級生たちは不満を募らせていた。
今の状態を放置しておけば、橙馬騎士団寮は内部から空中分解しかねない。
「大ごとになれば寮長の進退問題まで発展する。刺し違えてでも退学に追い込んでやるよ」
「……わかったよ」
デニスの覚悟を聞いてようやく肚を決めたらしい。仲間は仕入れたばかりの情報を口にした。
「調べによると桃兎騎士団は祝勝会の会場を二件予約していた。一つはこのパニラント」
「もう一つは?」
「五鱗亭だ。ここからそう遠くない」
「よし、行くぞ!」
覚悟を決めたデニス達は勇んで駐機場へと入った。
ホテル内にある地下駐機場にはデニス達が乗って来たナイトメアが停めてある。
ナイトメアに乗り込もうとした瞬間、背後から呼び止められた。
「お前達、橙馬騎士団の連中かぁ?」
声をかけて来たのは四人組の酔っ払いだった。
パニラント自慢のワインセラーでしこたま酒を呷ったのだろう。酔っ払い達は肩を組み、互いに支え合わなければ立っていることも覚束無い有様だった。
怖いもの知らずの酔っ払い達は、橙馬騎士団の姿を見つけると呂律の回らない口調で挑発してきた。
「パニラントで酒盛りか? 負け犬の分際で豪勢なこったなぁ?」
「……なんだと?」
「止せ、デニス。酔っ払いの言うことを真に受けるんじゃない。無視しろ」
「……しかし」
言い返してこないのをいいことに、酔っ払いたちはさらに挑発を続ける。
「まぁったく、ぶったるんでるぜ。よりにもよって桃兎騎士団なんぞに負けるなんてよぉ」
「おかげで素寒貧だ。前年度優勝チームが聞いて呆れる」
スベイレンには闘技大会を賭けの対象とした、非公式の賭博場がある。
どうやら彼らは開幕戦を橙馬騎士団の勝に賭けていたようだ。
この手の言いがかりをつけられるのは珍しい事ではない。平民相手に手を上げるわけにもいかず、騎士たちは黙って罵声に耐え続ける。
「ありゃ、八百長だよ八百長。わざと負けたのさ」
「ああ、借金まみれで首が回らない公爵様が、金でハルシュタットに勝ちを譲ったのよ」
「騎士の名誉じゃ食えんもんなぁ!」
「大公家の栄華も今は昔。すっかり落ちぶれたもんよ!」
言い返さないことをいいことに、酔っ払い達の罵声はますますエスカレートする。
庶民にとって闘技大会は欲求不満のはけ口だ。
普段、偉そうにふんぞり返っている騎士たちが泥まみれ、血まみれになって戦う様は、彼らの嗜虐心を大いに満足させる。
スベイレンでは弱い騎士などに存在価値は無い。勝てば惜しみない賞賛が与えられ、負ければ徹底的に罵倒される。
「貴様らぁ!」
酒が入っているとは言え、主家であるハスラム公爵を侮辱されては黙っていられない。
怒りに任せてデニスが剣帯に手をやった瞬間、四人の酔っ払いが一斉に動いた。
肩に回していた腕を解いて散開。
袖口から滑り落ちた光子剣――投擲用の小型短剣を展開、デニス達に向けて一挙動で投げつけた。
「……なっ!」
その淀みの無い動きから彼らがただの酔っ払いでないことに気が付くが――時すでに遅し、
一人一殺。
四本の短剣は騎士たちの首筋を正確に貫いた。
「…………かっ!」
喉笛を切り裂かれた橙馬騎士団の騎士たちは声を上げることもできず静かに息絶える。
全員の死亡を確認すると、襲撃者たちは次の行動へと移った。
「……他愛もない」
地下駐車場の冷たい床に横たわる騎士の死体に歩み寄る。
首筋から短剣を引き抜こうと手を伸ばしたその時、仲間の一人が制止する。
「やめろ。血が飛び散る」
静止の声に、仲間の男は慌てて手をひっこめる。
彼らの目当ては橙馬騎士団の騎士たちの命を奪うことではなく、オレンジ色の光子甲冑と四機のナイトメアにあった。
そして襲撃者たちが狙う真の標的は――




