19. 祝勝会
『夏休み明け初日の今日、スベイレン騎士訓練校で対抗試合が催されました。
恒例の対抗試合も本日が開幕戦。入学したばかりの新入生を迎え、新たなシーズンが始まります。
今季から新任総督のランドルフ卿が対抗試合の理事を務めます。
生徒達は家紋をあしらった白百合の花を闘技場に描き、新たに任官した総督を歓迎しました。
対抗リーグ第一試合は前年度優勝チームの橙馬騎士団と桃兎騎士団の対戦です。
前年度最下位という不名誉な成績で終わった桃兎騎士団は今年入学したばかりの選手を起用。新人選手の大胆な起用が功を奏し、桃兎騎士団は開幕第一試合を見事な勝利で飾りました』
「あ、今、映った。 映っていたよ!」
ホログラム・モニターの画面に自分の姿を見つけたメルクレアが叫ぶ。
「え? 本当ですか!?」
「どれどれ」
シルフィとミューレの二人も、メルクレアの差し出した携帯端末を覗き込む。
場所は海鮮料理屋の《五鱗亭》。
スベイレン上層部にある高級レストランでは、桃兎騎士団の祝勝会が行われていた。
開幕戦初日は対抗リーグの勝利をはじめ、他の競技も好成績を収めることが出来た。
入学したばかりの新入生の歓迎も兼ねて、祝勝会は高級レストラン《五鱗亭》を借り切って派手に行われることになった。
海鮮料理を平らげると、本格的な酒宴へと切り替わった。
上級生たちが入寮したばかりの新入生たちに酒の飲み方を手ほどきする。
口当たりの良い発泡酒はアルコール度数も低く飲みやすいのだが、それでも酒を飲みなれてない新入生達にはきつかったらしい。
顔を赤くして倒れる者、口を押えトイレに駆け込む者、と脱落者が続出する。
混沌とした酒宴にメルクレア、シルフィ、ミューレの三人は参加していない。
祝勝会開始前、エルメラ寮長は少女達を集め、酒宴に参加しないよう固く禁じていた。。
若い娘は不健康な習慣を身に着けるべきでは無い、という理由だったのだが、当の本人は酒瓶片手にラッパ飲みしているのだから説得力が無い。
漂う酒の香りから逃れた三人は宴席の隅でホロ・モニターを展開し、ニュース映像を眺めていた。
夕方のニュースは昼間行われた試合の模様を伝えていた。
「……メルクレア、やっぱり太ったんじゃない」
「えーっ! そんなことないよ!」
「モニターだと太って見えるのよ」
このニュースは光子力通信網で全島配信されている。
自分たちの雄姿が世界中の人々に見られていることに、少女たちは興奮を抑えられない。
『この後、ちょっとした事件が起きます。
同じく中央闘技場で行われたバトルロイヤル戦。大量の負傷者を出したこの試合、二年連続成績最下位のリドレック・クロストが勝利するという番狂わせで幕を閉じました。
事件は試合終了後に起きます。
勝利者であるリドレック・クロストが貴賓席に向けて武器を投げつけました。騎士としてあるまじき行為に場内は騒然となります。
しかし、新任総督のランドルフ卿は『スベイレン騎士の心意気、まことに天晴』と、この暴挙を笑って許します。
新総督の寛大な処遇に、会場に居合わせた観客達は称賛の拍手を送りました』
「…………」
続いて報道されたニュースに、少女達は沈黙する。
互いに顔を見合わせると、三人の少女達は揃ってカウンター席を振り向いた。
勝利を祝う他の生徒たちから離れリドレックは一人、カウンター席で酒を呷っていた。
闘技場の騒ぎもあって、リドレックに近づく者は誰もいない。
黙々と酒を流し込むその様は、まるで何かの苦行のように見えた。
宴もたけなわとなったところで、会場にライゼが駆けつけて来た。
酔っ払い達の中にエルメラを見つけると、早足で歩み寄る。
「遅くなりました」
ライゼは自分の出場種目である戦列歩兵戦を終えると、すぐさま病院へ向かった。
負傷したギンガナムの容体を知るためだ。
ライゼにとってギンガナムはかつての仲間であり、監督生として指導した後輩であった。
橙馬騎士団を去った今でも彼の事が気にかかるらしく、祝勝会を後回しにして病院に詰めていたのだ。
「いいのよ。それで、どうだったの?」
「とりあえず、一命は取り留めました」
エルメラがギンガナムの容体を訊ねると、ライゼは痛ましい表情を浮かべる。
「意識不明の昏睡状態です。顔を半分、吹き飛ばされていますから。運良く回復しても騎士としての再起は見込めないそうです」
それだけ告げると、一礼してエルメラの元を辞した。
そして憤然とした足取りでカウンター席のリドレックの元に歩み寄る。
「……あそこまでやる必要があったのか」
唸るような声をリドレックに向けて叩きつけた。
しかし、リドレックは答えない。
ライゼなどいないかのように、黙々とグラスを傾ける。
「あそこまでやる必要があったのか、リドレック!」
叫び声をあげると、リドレックの襟首を掴んでスツールから立たせる。
「あいつにはもう闘うことはできなかった、立っているのがやっとだったんだぞ!? それなのに何で攻撃した!」
「…………」
酩酊した視線をライゼに向けたまま、リドレックは答えない。
脱力した体を揺さぶりながら、ライゼはさらに言い募る。
「あいつは仕官先が内定していたんだ! 今季で卒業して正式に騎士団入りする予定だったんだ! あいつの人生をお前は台無しにしたんだ!」
「……戦場でそんな理屈が通用すると思っているのか?」
「……何だと」
「試合には常在戦場の覚悟で臨め、と言ったのはあんただ、ライゼ――ギンガナムの人生なんて知ったことか!」
「……ッ!」
痛烈な皮肉にライゼは沈黙する。
「ギンガナムは降伏勧告を無視して攻撃してきたんだ。殺されたって文句は言えないでしょう? 闘えないんだったら、死んだ振りでもしてればよかったんだ」
「……貴様ァッ!!」
命を懸けて戦った相手に対する心無い言葉に、ライゼは激しく憤る。
拳を振り上げ、リドレックに殴りかかろうとしたその瞬間、
「二人とも、その辺にしておきなさい」
エルメラ寮長が二人の間に割って入る。
「リドレック、少し飲み過ぎたようね。表に行って頭を冷やしてきなさい――ライゼ、貴方は一杯飲んで落ち着きなさい。疲れて気が立っているのよ」
そう言ってエルメラはライゼにグラスを差し出した。
「…………」
「…………」
リドレックの襟首を掴んでいた手を離し、ライゼは無言でグラスを受け取る。
縛めを解かれたリドレックも、踵を返すと無言で店から出て行った。
二人の諍いのお蔭で宴会はすっかり白け切ってしまった。
祝勝気分から一転、気まずい空気が会場に流れる。
「……ねえ、ちょっと」
店から出ていくリドレックの後姿を見送ると、シルフィが手招きをする。
三人揃って顔を寄せ、小声で相談を始める。
「謝ったほうがいいんじゃないかしら? リドレックさんに」
「謝るって、何を謝るのよ?」
「何を、って……」
メルクレアが問い返すと、シルフィが口ごもる。
昨日、初めて出会ってからずっと、リドレックを罵倒し続けて来た三人だったが、昼間の試合を見た後ではどうにも極まりが悪い。
今までの非礼を謝るべきなのだろうが、今更謝るのもなんとなく筋違いのような気してならない。
「取り敢えず、後を追いかけた方が良いと思う」
戸惑う二人にミューレが声をかける。
「謝るかどうかは一先ず置いといて、関係改善を試みておいた方がいいと思う。今夜から彼と一緒の部屋で寝起きすることになるんだから。このままではいくらなんでも気まずい」
「……そうね」
メルクレアが頷くと、三人は席を立った。
「エルメラ様、あたし達一足先に帰ります」
「わかった。気を付けて帰りなさい」
店を出て行く三人を見送り、エルメラは茫然とたたずむライゼの元に歩み寄る。
「お疲れ様」
「……どうも」
疲れた表情で返事をすると、グラスの酒を一息に飲み干す。
「……私は、間違っていたのでしょうか?」
「そんなわけないでしょう」
微笑みながらエルメラは空いたグラスに酒を注ぐ。
「あなたは監督生として立派にやってくれたわ。今日の試合も勝ち越しているし、開幕初日にしては上々の滑り出しと言えるわ」
「そう言って下さると助かります」
エルメラの励ましに、ライゼの表情が幾分和らいだ。
「ギンガナムの件はあたしに任せなさい。試合中の事とは言え対戦相手に怪我を負わせたんだから、あとでお見舞いでも送っておくわ」
「それもあるんですが。他にもちょっと気になることが……」
病院で仕入れた情報を思い出し、ライゼは再び顔を曇らせる。
「病院に居た橙馬騎士団の連中から聞いたんですが、今日の試合終了後、本国から連絡があったそうです」
「本国って、ハスラム大公国から?」
「ええ、試合結果があまりにも不甲斐無かったため、かなり激しい叱責を受けたようです。その直後、副寮長のデニスを中心とした上級生数名の行方が消えたんです。先走った真似をしなければいいんですが……」
「ウチにお礼参りに来るって言うの?」
「思い過ごしだとは思うんですが……」
愁いを払うように、ライゼは一気に酒杯を呷った。




