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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
18/104

17. 戦場に立つ

 ひたすら待ち続けるが試合中断を告げる鐘の音は鳴らない。

 入場門に待機している衛生班も動きを見せない。


 貴賓席を見上げると総督と校長が何やら言い争っているのが見えた。

 試合の最終決定権は総督が握っている。彼の許可が無ければ試合を始めることも、終了することもできない。


 やがて、総督からの指示が降りたのだろう。入場門脇に待機している主審が動いた。

 頭上に高々と手をかざし大きく振り回す。


(試合続行だと!?)


 試合中に事故で重傷者が出た場合、試合を中断して負傷者の手当てをするのが通例となっている。

 実戦形式と銘打っている闘技大会だったが、負傷者の扱いには細心の注意が払われている。

 観客席には大勢の一般市民が見守っているし、貴賓席には要人が列席している。衆人環視の見守る中、万が一にも死人が出たら大騒ぎになる。


 前例のない異常事態に観客席にどよめき始める。

 闘技場に横たわる瀕死の騎士たちを好奇の眼差しで注視し、次なる展開を待ちわびる。


 困惑は闘技場に立つ選手達も同様であった。

 運営側の不可解な対応に選手たちは一様に戸惑いの表情を浮かべる。


 観客席から漂う不穏な空気と、倒れ伏した仲間達が醸し出す死の気配が綯い交ぜとなって闘技場内に立ち込める。


 瘴気にも似た悪寒が闘技場に満たされるその瞬間、再び試合は動き始める。


「ハッ!」


 先手を打って動いたのは灰狐のワイグル・タンだ。

 賞金獲得に貪欲なワイグルは、左腕を負傷したジョシュー・レナクランに向けて攻撃を仕掛ける。


「グァッ!」


 ワイグルの長剣を右肩に攻撃を受け倒れる。両腕を負傷し、ジョシューは戦闘不能状態となった。

 切欠を作ったワイグルに、他の選手たちが続く。


「うおおおおおっ!」

「せいやっ!」


 勇ましい掛け声と共にロイとマクサンが剣を合わせる。

 闘技場に立ち込める死の気配が、選手たちの戦意を高めているのだ。

 激しいに打ち合いに、観客席から津波のような歓声が上がる。

 闘技場の熱気は最高潮に達した。


(……これは)


 高まる熱気から取り残されたように、リドレック一人が冷めた眼差しで周囲を見渡していた。


 動く騎士の姿。

 響き渡る剣戟の音。

 横たわる負傷者。

 

 それは、本物の戦場だった。

 まがい物の戦場では決して味わうことの出来ない、戦場の狂気。

 その狂気が、リドレックの胸中に眠る記憶を呼び覚ます。

 緑為す母なる大地で送った、戦いの日々を――


「おおおおおおおっ!」


 回想に身をゆだねるリドレックの元に、敵の刃が襲い掛かる。

 雄叫びを上げながら大剣を担いだナグロがリドレックに向けて駆け寄って来た。

 勢いよく振り下ろされる大剣を、戦場の空気に中てられ茫然としていたリドレックは寸での所で受け止める。


「クッ!」


 大剣の強力な一撃を、リドレックは左手に構えた盾で受ける。


「ハァッ!」

 

 気合と共にナグロは力任せに大剣を押し込んだ。


 盾を通して響く鈍い痛みを感じた瞬間――リドレックの中にある何かが弾けた。


「…………!」


 迫りくる大剣にひるむことなく、リドレックは盾と一緒に握りこんでいた短剣に意識を這わせる。

 短剣に内蔵された六個の錬光石が思考とつながる。

 リドレックの体の一部となった短剣の切っ先から棘のついた蔦――茨が出現した。

 エメラルド色の茨は大剣に絡みついた。のたうつ蛇のように刃を伝い、剣を持つナグロの腕に絡みつく。


「な、なんだぁ!?」


 腕に絡みつく茨に、ナグロは悲鳴を上げる。

 茨の成長は止まらない。大剣から腕に、腕から肩、肩から胴体、とナグロの全身に絡みついてゆく。伸び行く茨にナグロは、為す術もなく全身を拘束され身動きが取れなくなった。


 瞬く間に、ナグロを戦闘不能にしたリドレックだったが、彼の危難は未だ去ってはいなかった。

 この戦いはバトルロイヤル――騎士道など通じない、ルール無用の乱戦試合だ。

 ナグロに攻撃を集中しているリドレックの背後にチカートが迫る。


 意識容量を大量に消費する〈翼盾〉は、他の錬光技との同時使用は不可能。

 今ならば鉄壁防御の〈翼盾〉を使うことができないと踏んだのだろう――チカートはがら空きになったリドレックの背中を攻撃しようと、剣を大きく振りかぶる。



 しかし、リドレックは背後からの攻撃に気が付いていた。

 ナグロを絡めとる茨に意識を集中させつつ、リドレックは〈翼盾〉を展開する。


「何っ!」


 チカートは突如、眼前に出現した〈翼盾〉に驚愕する。

〈翼盾〉の使用は不可能という先入観に基づいて攻撃してきた彼にとって、目の前に現れた防御障壁は完全に予想外であった。

 防御用の錬光技である〈翼盾〉は、実は攻撃に使うこともできる。高々と剣を振りかぶるチカートに向けて〈翼盾〉を叩きつける。


「ぶべっ!」


 正面から〈翼盾〉と衝突したチカートは奇声を上げて倒れた。

 リドレックの攻撃は止まらない。

 左手に持つ茨の生えた短剣を大きく円を描くように振り回す。その動きに合わせて、茨にからめとられていたナグロの体が宙に舞う。


「うあああああぁぁぁぁっ!!」


 ハンマー投げの要領で悲鳴を上げるナグロを振り回すと、倒れているチカートに向けて勢いをつけて振り下ろした。


『ぐぇっ!』


 衝突した二人は短い悲鳴を上げると、それきり動こうとしなかった。

遠心力の乗った攻撃は強烈だったようで、二人とも仲良く気絶したらしい。


 二人を戦闘不能状態にしたところで、リドレックは周りを見渡した。

 残っている選手はワイグル、ロイ、マクサンの三人。

 戦闘可能な選手の人数を確認すると、右手に填めた指輪に意識を這わせた。


 指先から噴出する光子の奔流は、やがて形となって固定する。

 青い色をした犬型の〈錬光獣〉。

その数、三体。


「行けっ!」


 リドレックが声に出して命ずると、三頭の猟犬は駆け出した。


◇◆◇


「……何、これ?」


 メルクレアが呟く。


「……こんなことが」


 シルフィが囁く。


「……〈錬光獣〉三体を同時召喚して操るだなんて」


 ミューレが呻く。


 三人の少女達を筆頭に桃兎騎士団専用観覧席の一同は驚愕に凍り付いた。


 錬光石六個を有する短剣を発動。名称不明の錬光技で攻撃すると同時に、高度な制御を要求される〈翼盾〉を展開。その上、錬光技の中でも高難度の〈錬光獣〉を――それも、三体も召還し同時に操る。


 ――どうやってこれだけの錬光技を操っているのか?


 次から次へと繰り出される妙技の数々に、観覧席の一同は只々圧倒される。

 帝国内において最高ランクに位置する練光技の使い手であるスベイレンの騎士達ですら、リドレックの繰り出す高度な技を理解することはできなかった。


「……噂には聞いていたけど、これ程とは」

「……え?」


 うっかりと漏らしたエルメラの一言を、傍らにいたソフィーは聞き逃したりはしなかった。


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