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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
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16. バトルロイヤル

 試合開始と同時に、選手たちは一斉に動き始める。


 リドレックだけが動かない。

 開始点に立ったまま闘技場を見渡す。

 約二か月ぶりに立つ闘技場に、リドレックは何の感慨も抱くこともない。


 久しぶりの試合に、郷愁も緊張も感じない――ただ、居心地の悪さだけがリドレックの胸中を占めていた。


 観客席のギャラリーたちは、どいつもこいつもロクデナシばかり。若者達が命がけの戦いを繰り広げるのを見て喜ぶ――その程度の連中だ。


 そして、そんなロクデナシに娯楽を提供する哀れな道化師たちが、リドレックをはじめとする選手達と言うわけだ。


 自嘲めいた笑みを浮かべると、ようやくリドレックは試合に意識を向けた。


 選手にとって何よりも重要なのは試合の展開を読み適切に行動することだ。

 昨晩、少女達に助言したように『闘技場の空気を読む』のだ。


 対戦相手が何を考えているのか?

 観客達が何を望んでいるのか?

 貴賓席に座る総督はじめ各国の大使たちの、騎士団の背後にいる支援者達が、勝敗に大金を賭けているブックメーカー達の――彼らすべての期待に応え、なおかつリドレック自身の希望を叶えなければならない。

 リドレックのささやかな願いはただ一つ――この闘技場から生きて出て行くことだ。


 バトルロイヤルは十二人の選手たちが闇雲に闘う乱戦ではない。

 闘技場に立つ者にしか見えない試合の流れというものがある。


 序盤戦は数の削り合いだ。

 広い闘技場に十二人は多すぎる。まず、手近にいる敵を――それもなるべく速やかに倒し数を減らす必要がある。


 自然、弱い敵に攻撃が集中することになる。

 試合開始と同時に両脇に居る敵、チカートとピートは一斉にリドレックに向かって駆け出した。


(……まあ、こうなるわな)


 迫りくる二人の敵を他人事のように見つめ、リドレックは心の中でつぶやいた。

 必殺の同時攻撃に逃れる術は無い。リドレックは開始点から一歩も動かず、二人の攻撃を待ち構えた。


 重要なのはタイミングだ。

 二人の動きに合わせて、リドレックは首にかけたネックレスに思考を這わせる。


 チカートの剣が、ピートの大斧が、接触する瞬間――リドレックの背後から二枚の翼が出現する。


 まるで雛を守る親鳥のようにリドレックの体を覆う錬光の障壁に、二人の攻撃ははじかれた。


「な、何だぁ!」


 突如現れた障壁にピートは驚きの声を上げる。


「これは〈翼盾ウイング・シールド〉か?」


 博識なチカートは障壁の正体に気が付いたようだ。


 錬光技〈翼盾ウイング・シールド〉。

 防御技の基本形〈シールド〉の発展形だ。


 ネックレスの二つの錬光石を媒介として錬光技を展開。可動方式の障壁は敵の攻撃に対して柔軟に対処することが出来る。

 唯一の難点は制御するのが難しいということだ。

制御に集中しなければならないので、リドレックは歩くことすらままならない。


 覚えたばかりの錬光技を披露すると、リドレックは観客席を窺がった。

 翼を模った盾は見栄えもよく、地味な防御技にしては観客の反応はまずまずのようだ。

 こうやって選手は試合中、常に観客の視線を意識して行動しなければならない。

 勝敗は二の次。選手にとって重要なのは観客を退屈させないことだ


 初撃を切り抜けたリドレックだったが危機は依然として続いていた。

 鉄壁の防御を打ち砕こうと、チカートとピートが二人がかりで攻撃を仕掛けてくる。

 リドレックは二枚の〈翼盾〉を操り二人の攻撃を弾く。

 両手持ちの大斧を持つピートは力任せに〈翼盾〉を打ち砕こうとするが、光子で出来た障壁を破壊することなどできはしない。


「くそっ!」


 罵声と共に、大きく振りかぶったその時、


「ガッ!」


 背後からの奇襲にピートは倒れた。

 リドレックの攻撃に熱中するあまり、ピートは背後の警戒を怠っていた。 隙だらけの背中にワイグル・タンの一撃を受け、ピートは昏倒する。


 いつの間にか試合は序盤から中盤へと移行していた。

 これから先は本格的なバトルロイヤルが始まる。

 目前の敵に専念していると別の敵にやられる。攻守において細心の注意を払わなければならない。


 しかし、中盤に入って間もなく戦況は膠着状態に突入した。

 原因は闘技場にいる選手の数が多すぎるためだ。

 早いうちに序盤が終了してしまったので、思いのほか選手の数が減らなかった。

 数が多いので周囲の警戒を十分に行う必要がある。

 結果として選手たちは積極的に攻撃に出ることが出来ない。


 にらみ合いを続ける騎士たちに向けて観客が野次を飛ばす。

 彼らが望んでいるのは丁々発止の切り合いだ。

 闘技場内に殺伐とした雰囲気が漂う中、動きを見せたのはギンガナムだ。


「おおおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げてリドレックに襲い掛かる。

鉄壁の防御を誇るリドレックを倒し、試合を動かすつもりなのだ。


 高々と掲げた槍に〈炎刃〉を展開、〈翼盾〉に突き立てる。

穂先から〈翼盾〉の表面へと炎が燃え移る。〈炎刃〉から〈炎舞ファイア・ダンス〉へと技を変化させたのだ。

〈翼盾〉に燃え移った炎は、巨大な火柱となってリドレックの体を包み込んだ。


 火炎系の錬光技は、実を言うとそれほど難しい技ではない。むしろ初歩的と言ってもいい。

 一般的に高難度と誤解されているのは使い手が少ないからだ。

 絶対的防御力を誇る光子甲冑の前には火炎の熱量など意味をなさない。しかも火炎技には暴発という危険性が付きまとう。

 リスクの割には効果が見込めない火炎技を戦闘で使用される機会はあまりない。

 火柱に包まれたリドレックは、ようやくギンガナムの狙いに気が付いた。


 窒息させるつもりなのだ。


 ギンガナムの作り出した炎は周囲の酸素を徐々に燃やし尽くしてゆく。

 光子甲冑の生命維持装置には予備の酸素が内蔵されているが、それとて大した量ではない。アンダースーツの耐火能力にも限界がある。

 対してリドレックは〈翼盾〉を維持するので手いっぱいで、反撃まで手が回らない。少しでも防御態勢を崩せば、たちまちギンガナムの槍で貫かれるだろう。


(……そろそろ、潮時かな?)


 炎の熱気と酸欠で遠のく意識の中、リドレックはそんなことを考えていた。

 

 派手な火炎技を見て観客達も盛り上がっている。リドレックも〈翼盾〉という珍しい技を披露し、そこそこの健闘を見せた。

 ここで負けても誰も文句は言わないはずだ。口うるさい監督生も納得してくれるだろう。


 長引かせると観客達の興も覚めてしまう。ここでリドレックが倒れれば試合も終盤に向けて動き出すだろう。〈翼盾〉を解いて派手に倒れる準備をしたその時、


 リドレックを覆う火炎に乱れが生じた。

 ギンガナムが技の制御をしくじったのだ。


「やばっ……!」


 危険を察知したリドレックはすぐさま衝撃に備える。

姿勢を低くし〈翼盾〉の光子密度を上げたその瞬間、爆発が起きた。

 爆発の衝撃波を〈翼盾〉で受け止める。リドレックの視界が炎と黒煙でふさがる。


 やがて、煙が晴れてゆく。

 爆発後の闘技場でリドレックが見た物は、黒焦げになって横たわるギンガナムの姿だった。

 爆発の中心となった彼に光子甲冑の恩恵は無い。オレンジ色のアンダー スーツも焼け焦げている。右足も骨折しているらしくあらぬ方向を向いていた。


「……う、ううっ!」


 それでもまだ息はあるらしい。横たわった姿勢でうめき声を上げている。


 爆発の被害はギンガナムだけではなく周囲の選手にまで及んでいた。

 爆発の巻き添えを食った何人かの選手がギンガナム同様、黒焦げになって倒れている。

 他の選手も大なり小なり負傷していた。ジョシュー・レナクランは左腕を抑えている。どうやら折れているらしい。


 負傷を逃れたリドレックは〈翼盾〉を解いて叫んだ。


「衛生班! 衛生班、来てくれ!」


 出場選手が他の選手の手当てをするのは禁止されている。入場門に待機している衛生班に向けて再び叫ぶ。


「衛生班! 何をやっている!」


 一向にやってこない衛生班に苛立つリドレックはやがて、試合中断の鐘がまだ鳴っていない事に気が付いた。


 ◇◆◇

 

 突然の惨劇に観客席は騒然となった。

 巨大な爆発が予期しない事故であることは、素人目に見ても明らかであった。

 闘技場に横たわる負傷者たちの姿に観客達は息をのむ。

 そのあまりにも無残な姿は刺激が強すぎたらしく、貴賓席にいる淑女たちは悲鳴と共に倒れた。


「……何ということだ」


 校長もまた蒼白で立ちすくんでいた。

 彼にとってもこの事故は予想外の出来事だったのだろう。


「校長!」


 審判員の声に、ようやく正気を取り戻す。

 慌てた様子で、傍らにいる総督に向かって叫んだ。

 

「総督! 直ぐに試合を中止してください!」


 必死の形相で総督に詰め寄ると、試合を中止するよう要請する。


「命に係わる重傷者が出た場合、規定では試合を中断し怪我人の手当てを行うように決まっているのです。審判に向かって試合の中断をお命じください!」

「続けろ」


 しかし、総督は校長の要請を却下した。

 手に持ったソフトクリーム(モカブレンド)を舐めながら、慌てふためく校長に向けてランドルフ総督は告げた。


「……は?」

「主審に伝えろ。試合続行だ」

「何を馬鹿なことを! 試合を中断して、一刻も早く救護をしませんと……死者が出るようなことにでもなったらどうするのです!」

「ここは戦場なのだろう?」

「は?」

「呼べばすぐさま救護が駆けつける戦場などあるものか。この程度の負傷で試合を中断する必要はない」

「お戯れも大概になさいませ! 手当てが遅れて選手が死んだらどうするおつもりです!? また世論から糾弾されることになるのですよ!?」


 うっかりと滑らせた口から、校長の本音が漏れた。

 結局、校長の頭の中には保身しかないのだ。選手達の身を案じるようなことを言っているのも、自身の管理責任を追及されるのを恐れての事だ。

 校長の切羽詰まった声に、ランドルフ総督は嘲るように鼻を鳴らす。


「戦場で人が死ぬのは当然ではないか? 緊張感が増して良い。客たちも喜ぶ」

「な、何ですと!?」


 不謹慎な言いように、校長が目をむいて抗議する。


「総督閣下は生徒が死んでも構わないとおっしゃるつもりか!?」

「今更何を……」


 校長の詰問をランドルフ総督は一笑に付した。


「死の危険があるあるのは承知していたはず。それを圧して競技を催したのは校長、貴方ではないか?」

「そ、それは……」

「生徒達が勝手に殺し合うのは構わないが、己の責任を追及されるのは嫌か? 若者たちの命よりも世論が怖いか、校長!?」

「いや、そんなことは……」

「殺す気も殺される気もない者が、常在戦場などと口にするな! さあ! 試合を続けるのだ。これは総督命令であるぞ!!」


 一喝すると校長は戸惑いつつも従う素振りを見せ始めた。

 総督命令ならば自身の責任は問われずに済む。審判員達に向けて試合続行を指示する校長から目を背けると、総督は闘技場に目を向けた。

 闘技場に佇む騎士たちは、いずれも審判員の対応に戸惑っているようであった。


「さあ、舞台は整えてやったぞ」


 騎士たちの中の一人――紅紫色の甲冑に身を包んだ騎士を見つめる。


「……本物の戦場で鍛えた技を見せておくれ――リドレック・クロスト」


 手の中で溶けてゆくソフトクリームに気づくことなく、総督は呟いた。


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