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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
16/104

15. そして、鐘が鳴る

 開始時間の遅れを取り戻すことなく、さりとてそれ以上の遅滞もなく――プログラムは三十分の遅れのまま進行した。

 

 結果、昼食時間を大きく割り込み、闘技大会は競技を進行する事となった。

 闘技場内には観客相手のフードコートがある。観客達は休憩時間のわずかな時間を縫って昼食を買いに走る。


 貴賓席はやや趣が違う。

 高貴にして裕福なる者たちは料理屋に足を運ぶような真似はしない。

 料理屋に足を運ばせるのだ。


 貴賓用のテーブル席には、賓客達が外部から取り寄せた高級料理が並べられている。ホテルや有名料理店のシェフたちが作り上げた料理を、これまた外部から雇い入れた使用人たちの給仕で食すのだ。


「何か召し上がりますか?」


 賓客達の優雅な食事風景を眺めているランドルフ総督に、校長が声をかける。


「いや、結構」


 校長の気遣いを丁重に断る。

 実際それ程腹は減っていない。若き騎士たちの数々の妙技は、退屈はおろか空腹すらも忘れさせてくれる。


 それに、闘技大会の主催者である総督に、優雅に食事を摂る時間的余裕などなかった。


 就任したばかりの総督の元には、試合の合間のわずかな時を狙って様々な来客者たちが訪れてくる。

 スベイレンに駐留する各国の大使に始まり、観光に訪れた上級貴族、騎士団の人事担当、大手商会の技術者や交易商人まで――いずれも名のある名士たちが総督の元にやってきては総督就任の挨拶にやってくる。


 目の回るような忙しさの中、それでも総督は上機嫌であった。

 この闘技場に集う全ての人々がランドルフ総督の一挙手一投足に注目している。その事実はランドルフ総督の虚栄心を大いに満足させた。


 下級貴族の出自であるであるランドルフ総督が、ここまで人に注目されたことなど未だかつて無かったことである。

 まるで世界の中心に立ったような万能感にランドルフ総督はつつまれていた。

 就任してわずか半日ばかりであるのにもかかわらず、新任総督は既に闘技場の息遣いを感じ取れるようにまでなっていた。


「……何やら騒がしくなってきましたな」

「観客の数が増えているのですよ」


 校長に言われて観客席の様子をうかがうと成程、観客の数が増えていた。

 闘技場にある観客席はどれも埋まっており、立ち見客用の観客席にまで人が溢れている。


「次の競技はいよいよ午前中の山場。十二騎士代表戦ですからな」

「それはどういった競技ですか?」

「十二騎士団の代表、合計十二名が最後の一人になるまで戦う競技です。人気の高い競技でしてな。久々の開催なので、皆見物にきているのでしょう」

「久々とは?」

「実は去年、この試合で死亡者を出しましてな」

「…………!」


 事も無げに言う校長に、ランドルフ総督は驚愕する。

 闘技大会は毎週、光量子通信網で見ているが、死人が出たという話は初めて聞いた。

 光子力通信網で得られる情報は帝国の検閲によって厳しく制限されている。先日、校長が言っていた言葉を思い出す。過激すぎて中継できない競技、と言うのがこの競技なのだろう。


「生徒の不注意による事故ですよ。安全性には十分、注意しているのですが、気を抜いた戦いをすれば命を落とすこともあるのです。当時はマスコミにも色々叩かれました。競技運営に問題があったのではないかと責任追及されて、止む無く競技種目から外すことになったのです」


 その追求とやらは余程厳しかったのだろう。

 思い出すのもつらいらしく、校長はうんざりとした表情で頭を振った。


「まったく馬鹿げた話ですよ、命を危険にさらさない試合に何の意味があるというのです。騎士の誉を解さない一般人どもに何がわかるというのです。おかげでチケットの売り上げは落ちるわ、試合は盛り上がらないわで散々です」


 ひとしきり愚痴ると、校長は気を取り直したように笑顔を浮かべた。


「今回、総督就任に合わせて再開することにしました。きっとお気に召していただけるはずです」

「…………」


 その恩着せがましいに言い方に総督は言いようのない不快感を覚えた。


 まるで総督の為に危険な競技を再開したかのような言い方だ。

 校長は気の利く人物ではあるが、余計な気を回し過ぎるきらいがあった。彼にしてみれば、このバトルロイヤルは新総督に奉げる就任祝いの余興のつもりなのだろう


 若者達が命がけの戦いを繰り広げるのを見て喜ぶ――校長はランドルフ総督をその程度の男だと思っているのだ。


(権力とはかくも恐ろしいものか……)


 胸中密かに内省する。

 こうして権力とは本人の与り知らぬところで独り歩きして行くものなのだ。

 ランドルフ総督は為政者としての未熟さを痛感した。


 先程まで感じていた高揚感が急速的に冷めていくのを感じた。 

 観客席を振り向く。

 満員の観客席にいる人々、その一人一人がランドルフ総督の一挙手一投足に着目している。

 指先一つで、言葉一つで彼らを動かすことが出来る――そう考えると総督という身分にある自分自身が恐ろしくなっていた。


「午前中の試合はこの試合が最後です。終わりましたら食事にいたしましょう」


 急に押し黙った総督に、校長が声をかける。

 空腹で機嫌が悪いとでも思っているのだろう。為政者の葛藤に悩む総督の横で、校長はのんきに昼食の話をし始めた。


「午後の試合まで時間がありませんから、ここで召し上がっていただけますかな? 五鱗亭の魚介料理がお勧めですぞ。それともパニラント・ホテルになさいますか? あすこには立派なワインセラーがありましてな。年代物の葡萄酒がそろって……」

「ソフトクリーム」

「は?」

「ソフトクリームが食べたい」

「……ソフト、クリームですか?」


 総督の視線の先には、観客席で美味しそうにソフトクリームを舐める子供の姿があった。


「バニラとモカのミックスだ」

「……は、はあ」


 校長にソフトクリームを買いに走らせると、ランドルフは一人、深いため息をついた。


 ◇◆◇


 入場門に並んだ参加選手たちは、審判員を先頭にして闘技場に入場する。

 闘技場中央に横一列に並び、正面を向いて一礼。貴賓席に向けて挨拶をする。

 通常は何も言わず、目礼のみで良いのだが今日だけは特別に、


『新総督就任、お祝い申し上げます』

 

 選手一同は新総督に向けて祝いの口上を述べる。


 挨拶を終えるとくじ引きが始まる。

 バトルロイヤルでは初期配置の位置で勝敗が大きく違ってくる。公正を期すため初期配置はくじによって決定される。


 布袋を持った主審が 選手たちの前を歩く。選手たちは差し出された布袋に手を突っ込むと、中から番号が書かれた球を取り出す。


「ワイグル・タン! 五番!」


 主審が選手の名前と番号を読み上げる。

 名前を呼ばれた選手は指定された開始点――上座を頂点として五時の方向、に向けて駆け出す。

 次々とくじ引きが行われ、名前と番号が読み上げられてゆく。


「リドレック・クロスト! 七番!」


 リドレックもくじを引き、指定の位置へと向かって駆け出す。

 円形闘技場の壁際、七時の位置で待機する。

 リドレックの両サイドの選手たちは既に決定していた。六時の方向に赤牛 騎士団のチカート、八時の方向には緑猪騎士団のピートだ。


 くじ引きが終わり、初期配置が決定するといよいよ試合開始だ。

 闘技場から審判員達が退避すると、場内アナウンスが流れる。


『総員、戦闘準備!』


 合図と同時に選手たちは一斉に武器を抜いた。

 リドレックは腰の剣帯から光子剣を抜く。


 右手に持った光子剣を起動させると、鍔から光子の奔流が噴出する。フィルターで調光されたい赤い輝きは、やがてプリズムの刃となって定着する。

 同時に左手に持った盾と短剣も起動する。


 審判員は知らないようだったが、この奇妙な形をした短剣は、パンチング・ダガーと呼ばれる武器だ。

 その特異な形状のおかげで、拳を突き立てる要領で敵をより深く突き刺すことが出来る上、盾と一緒に併用もできる非常に便利な代物であった。

 盾で敵の攻撃を交わしつつ、短剣で敵を攻撃する――攻防一体の連携攻撃が可能なのである。

 六個の錬光石が作り出す黄緑色の刃は、複雑にして玄妙な色合いを醸し出している。


 武器と同時に光子甲冑も起動する。

 アンダースーツの各所に仕込まれた投射口から、剣と同じく光の奔流が迸る。

 瞬く間に兜、胸当て、肩当て、脛当て、肘当てと、全身を鎧で覆った騎士の姿が完成する。


 十二人の光の騎士たちが闘技場に姿を現すと共に、楽団が演奏を開始する。管弦楽器の奏でるファンファーレに合わせて、観客達が手拍子を鳴らす。

 演奏が終わるのに合わせ、総督が審判員に合図を送る。


 そして、試合開始を告げる鐘が鳴った。


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