13. ブレイク・タイム
開幕戦を勝利で飾った桃兎騎士団一同は、円形闘技場内にある学生専用観覧席へと移動した。
一般観客席とは違い学生専用観覧席は完全個室。
寮ごとに十二部屋用意された観覧席は試合前の、あるいは試合を終えた選手たちが寛げるような空間になっている。
今季最初の試合を見事な勝利で飾った桃兎騎士団だが油断はできない。年間総合成績は全ての試合の合計ポイントによって決定されるのだ。
対抗リーグで勝利しても、他の試合のポイントが入らなければ意味が無い。
円形闘技場以外の競技上でも試合が行われている。
試合を終えたエルメラは学生専用観覧席に備え付けられているホログラム・モニターで、他の競技場の様子と対戦結果を確認していた。
真剣なまなざしでモニターを見つめるエルメラの元に、メルクレア、シルフィ、ミューレの三人がやって来た。
「……あの、エルメラ様」
三人を代表して、ミューレが声をかける。
「なあに、ミューレ」
要件は聞かずともおおよその見当はついていた。きっと試合に勝ったご褒美をねだりに来たのだろう。
こういった場合、交渉役を務めるのはミューレだ。三人の中で最も知恵が働き、口が達者なのはミューレだ。
「そろそろお昼の時間なのですが……」
「もうちょっと待って頂戴。お昼は午前の試合が全て終わってからにしましょう」
「あ、いいえ。それには及びません」
ミューレにしては珍しく歯切れが悪い。
口にするのも憚られるような褒美をねだりに来たのかと、エルメラは身構える。
「下で美味しそうなお店を見つけたんですよ。それであたしたち三人で、食べに行きたいなぁ、なんて……」
ようやくミューレの言いたいことが分かった。
円形闘技場の中には一般客用のフードコートがある。そこでは観客席で食べながら試合を観戦できるように、庶民向けの軽食屋が並んでいる。
色とりどりの焼き菓子に、パンで挟んだ腸詰、串焼き肉に飴に炭酸飲料、そしてソフトクリーム。
高カロリーで、体に悪く、実際にはそれほど美味くもない――屋台料理は、上流階級の子女にとっては憧れであった。
自分にも経験があるので気持ちはよくわかるが許可するわけにはいかない。
「寮長もお忙しそうですし、私達だけで簡単に済ませてしまおうと思っているのですが……」
「駄目よ」
彼女たちの未練を残さないように、きっぱりと制止する。
「え~っ! 何でですかぁっ!?」
「いいじゃありませんか、今日ぐらい」
「試合に勝ったのですから、このくらいのわがままは許してほしいです」
口々に不満を漏らす少女たちに、ぴしゃりと言う。
「あなた達は桃兎騎士団の騎士なのよ。ただですら開幕戦で派手な勝利を決めたばかりだって言うのに、一般客の居る所に行かせるわけにはいかないわ。顔を見られたら大騒ぎになるじゃない。お昼はここで食べなさい。試合に勝ったお祝いに、好きな物注文していいから」
『……はぁい』
口をとがらせて三人はその場を立ち去った。
先日のリドレックの件と言い、彼女たちには手を焼かされっぱなしだ。エルメラとて、彼女達とさほど年齢がかわらない。気持ちがわかるだけにつらい。
「……そういえば」
お祝い、という言葉でエルメラは思い出した。
「ソフィー、パニラントで予定していた祝勝会の予約、取り消しておいて頂戴」
傍らにいたソフィーに向かって言うと、彼女はわかりましたと言って携帯端末を取り出した。
「祝勝会、やらないんですか?」
パニラント・ホテルに予約のキャンセルを入れるソフィーの横で、話を聞いていたライゼが訊ねる。
午後の試合開始まで時間のあるライゼはエルメラと一緒に観覧席で対戦結果の検討を行っていた。
監督生のライゼは長い選手経験を活かし、寮長のエルメラに様々な助言を与る立場にいる。その権限は試合だけではなく、学生生活全般にまで及ぶ。
「開幕試合は勝利しましたし、他の試合も順調に勝ち進んでいます。祝勝会を開いて労をねぎらってやらなければ、寮内の士気にかかわります」
「違う、違う、ちゃんとやるわよ。祝勝会は」
監督生らしく進言をするライゼに、エルメラは笑って手を振る。
「会場を二つ予約していたのよ。会場は五鱗亭で既に予約済みよ」
「何でそんな面倒なことを?」
「開幕戦の結果次第で、どっちで祝勝会をやるか決めるのよ。勝ったら五鱗亭で大宴会。負けたらパニラントでヤケ酒ってわけ」
「……俺はパニラントの方が良かったな」
唐突に二人の会話に割って入って来たのは、既に試合を終えたラルクだった。
「あそこにはでかいワインセラーがあってな、年代物のワインがずらりと並んでいるんだ。ヤケ酒にはもってこいだ」
そう言うラルクの息は酒臭い。
スベイレン騎士養成校に通う生徒の大半は未成年である。しかし学内において、生徒達は騎士と同等の権利が与えられる。一般人の法律は適応されないため、飲酒をしても咎められることはない。
観覧席には試合を見ながら酒が飲めるように、バーカウンターが備え付けられている。ラルクの手にはカウンターから持ってきた酒瓶が握られていた。相当飲んでいるらしく既に出来上がっている。
「……馬鹿が、負けやがって」
酔っ払いをライゼがなじる。
騎上槍試合に出場していたラルクだったが、早々に敗退してしまった。
ラルクは優秀な騎士なのだが、天才肌でムラっ気が多く成績が安定しない。今日も悪い癖がでたようだ。
「油断しているからそうなる。勝てる試合を落としやがって」
「だって、相手は紫鹿騎士団のエイダだぜ。女の子相手に本気出せるかよ」
「……まったく、つくづく馬鹿だな。お前は」
呆れたように言ったのは、ラルクと同じく試合を終えたミナリエだった。
彼女は女子限定の槍術競技で勝利を収めている。
試合直後であるためにまだ着替えてもいない。アンダースーツ姿のミナリエはモニターの対戦結果を指さした。
「サイベルも勝っているのだぞ。後輩に後れを取ってどうする」
サイベル・ドーネンも長剣競技に見事勝利し、新人王としての面目を保っていた。
ラルクの不甲斐無い成績は、同期のミナリエにとっても恥辱であった。
「ところで、リドレックの姿が見えないのですが? あいつは昼食前のバトルロイヤルに参加していたはずですよね?」
もう一人の同期を思い出し、ライゼに尋ねる。
「まだ試合は始まってない。開始時刻がズレたからな。今頃は選手控室で武器チェックを行っているはずだ」