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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
13/104

12. 騎士達の饗宴

 右手に盃、左手に花束。

 派手な歓待にすっかり気を良くした総督に校長が囁く。


「そろそろ試合を始めてよろしいでしょうか? 閣下」

「ええ! いつでもどうぞ」

「では閣下、開始の合図をお願いします」

「合図? 合図って何? どうやれば……」


 勝手がわからず戸惑う総督に向けて、校長は審判席を指し示した。


「何、簡単ですよ。あそこに審判席がございますでしょう? そこに居る審判に向かって手を振れば良いのです」

「……こ、こうか?」


 審判席には古めかしい形をした打鐘が備え付けられている。審判が手にした小槌を大きく振りかぶると、打鐘めがけて勢いよく振り下ろした。

 マイクで拡大された鐘の音が闘技場に響き渡ると同時に、客席から歓声が上がった。


 ◇◆◇


 嵐のような歓声の中、先に動きを見せたのは燈馬騎士団の騎士たちだった。

 橙色の甲冑姿の六人の騎士たちは三人ずつ、二手に分かれる。律儀にも闘技場の中央に咲く、百合の紋章を避けて戦うつもりらしい。


 円形闘技場の壁伝いに、寮長のハスレイが率いる主力部隊が時計周りに、副寮長のデニスが率いる別働隊が反時計回りに動く。

 勝利条件は『大将首』。

 二方向から挟み撃ちにして、大将であるエルメラを倒す作戦だ。


 開始からしばらくして、ようやく桃兎騎士団が動きを見せた。

 燈馬騎士団の出方を見極めていたのだろう。こちらも部隊を二手に分けて、燈馬騎士団の進撃を迎え撃つ。


 本隊はエルメラ寮長とアネット副寮長、ジョシュアの三人。

 開始点から動かず仁王立ちのエルメラの両脇を、アネットとジョシュアが固める。

 動かない本隊に代わり、迎撃に出たのはメルクレア、シルフィ、ミューレの新入生トリオだ。

 彼女たちは果敢にも敵の大将、ハスレイを倒すべく主力部隊に向けて駆け出した。


 先に仕掛けたのは桃兎騎士団側だった。

 シルフィが持っていた弓に矢をつがえ、放った。シルフィが放った一番は、一直線に敵将ハスレイに向かって飛んでいった。

 迫りくる矢に動じた風でもなく、ハスレイは手にした剣に裂帛の気合を込める。


「ハッ!」


 気合と共に、ハスレイの剣から炎が立ち上がる。

 赤々と燃え上がる剣を振りシルフィが放った矢を払う。剣先から立ち上る炎にからめとられ、矢は一瞬で燃え尽きた。

 今シーズン初の試合にふさわしい、錬光技の応酬に観客が一斉に歓声を送る。

 

 ◇◆◇


「あれは〈炎刃ファイヤ・ブレイド〉ではないか!?」


 その鮮やかな錬光技を目にしたランドルフ総督は、驚嘆のあまり席から立ち上がった。


 神々が与えたもうた奇跡の石――錬光石を媒介し、人間の思考を具現化させる技術こそが錬光技である。

 この奇跡の技を体得するには、もって生まれた資質に加え厳しい修行が必要とされている。中でも火炎系の錬光技は使い手が少なく、高度な技術が要求されると言われている。


「学生の身でありながら、あのような高度な技を使いこなすとは……」

「ハハハッ! あの程度、どうということはございません」


 校長は得意げな調子で言うと、ランドルフ総督に向かって席に座るように促す。


「世間では錬光技を一つ体得するのに三年かかると言われております。しかし、ここスベイレン騎士学校では違う。旧来の騎士教練の十倍、いや二十倍の速度で錬光技を会得することが可能なのです」

「一体、どういう訓練をしておるのですか?」

「スベイレンでは訓練などと言うものはありません。実戦ですよ、実戦。実戦こそが最高の教師なのです。毎週末、実戦形式で試合を行っておるのです。否が応にも強くならずには居られますまい?」


 そう言って闘技場を指し示す。


「わが校のモットーは常在戦場。『実戦の一日は訓練の百日に勝れり』です。戦場で戦えぬ騎士に何の意味がありましょう。まさしくわが校は即戦力で通用する騎士を育成する機関なのです」

「……成程」


 感服したように頷くと、ランドルフ総督は試合に目を戻した。


 ◇◆◇

 

 校長が熱弁をふるう間にも試合は動いている。

 初撃をかわしたハスレイだが、進撃の足を止めてしまった。

 そのわずかな隙をついて、ミューレが動く。


 手にした杖を振りかざすと、先端に埋め込まれた錬光石がまばゆい光を放った。その赤い輝きは激しくうねり濃密さを増すと、やがて巨大な人型へと変化した。

 体長十フィート弱。筋骨たくましい赤い巨人が闘技場に姿を現すと、観客席からどよめきのような歓声が響く。


「〈錬光獣〉だと!?」


 闘技場を揺らす足音と共に迫りくる巨人に、燈馬騎士団の騎士たちが慌てふためく。


〈錬光獣〉とは錬光技によって作り出された人工知性体である。

 術者の技量によってその姿を自由に変化させることは可能だが、中でも二足歩行の人型は難易度が高いとされている。

 しかもこの尋常でない大きさは術者の計り知れない力量を示している。


「うおおおおおおっ!」


 強大な敵を前にしても燈馬騎士団の騎士たちは臆することは無い。

 鬨の声を上げて己を奮い立たせると巨人に向かって駆け出した。

 手にした剣を振りかぶり巨人に襲い掛かる。

 ハスレイが剣を振り下ろすと、刃にまとわりついていた炎が巨人に向かって飛んでゆく。


〈炎刃〉から〈炎矢〉(ファイア・ボルト)。

 錬光技の変化技が巨人の胴部に炸裂すると、一瞬だが巨人は動きを止めた。


 大将の大技に部下たちが続く。

 巨人の左右から二人の騎士が襲い掛かる。体格差があるので、巨人の足元を狙って攻撃を仕掛ける。

 足元に群がる騎士たちを巨人が払いのけようとする。

 うるさそうに振るう二本の腕を、燈馬騎士団の騎士たちは素早い動きですり抜ける。

 所詮は人工知性体。

 人間の形を模していても、本物の人間の反射神経には遠く及ばない。その大きさゆえに動きも鈍い。


 燈馬騎士団の騎士たちが巨人攻略の活路を見出したその時、巨人の後方からシルフィの援護射撃が飛んできた。


「ハッ!」


 シルフィの放った二番を燈馬騎士団の騎士は剣で払いのける。

 ハスレイと同じ要領で〈炎刃〉でからめとろうとしたその時、


「ガァッ!!」


 矢が爆発した。

 シルフィの放つ矢には仕掛けが施されていたのだ。牽制の一番矢には通常の、そして二番矢には爆薬が仕込まれていた。

 弓手であるシルフィの術中に、燈馬の騎士は見事に嵌められた形となった。


 至近距離の爆発に、燈馬騎士団の騎士は転倒する。闘技場に敷き詰められた芝の上に倒れるが、気を失うまでには至らなかった。


「クソッ! 何が……。ゲッ!!」


 呻きながらも立ち上がろうとする騎士の背中を、容赦なく巨人の足が踏みつける。

 

「このおっっ!!」


 仲間の危機を救おうともう一人の騎士が巨人に立ち向かう。

 馬鹿正直に真正面から突進してくる騎士に向けて、巨人は右手を突き出した。

 仲間をやられ頭に血が上っていた騎士に回避運動をすることはできない。巨人は丸太のような指で騎士の胴体を一掴みにすると、高々と持ち上げた。


「このっ……、離せ!」


 巨人は燈馬騎士団の騎士の望み通り、その体を離してやった。

 勢いをつけてふりかぶり、そのまま闘技場の壁面に向けて叩きつけた。


「ひぎゃっ!」


 両手を広げた姿勢で壁面にへばりつくと、騎士の体はずるずると闘技場に落ちていった。


 ◇◆◇


「……おお、何と!」


 目の前で繰り広げられる激しい戦いに、ランドルフ総督は言葉を失う。

 一人は爆薬で、もう一人は壁に叩きつけられ――二人の騎士は闘技場に倒れ伏したまま動かない。


「校長! 止めなくてよろしいのですか?」


 明らかに重傷を負ったであろう騎士たちを指し、心配そうに訊ねる。


「ああ、あの程度ならどうってことはありません」


 校長は笑いながら答える。


「確かに真剣を用いた実戦形式の試合ですが安全性には十分、留意しております。使用している武器には全てフィルターが掛けられていますし、選手たちはちゃんと光子甲冑を身に着けております。甲冑の防御は完璧です。選手たちは怪我ひとつ負うことはありませんとも」


 そんなことはランドルフ総督も知っている。

 光子甲冑が完璧な防御力を持っていることも――そしてその防御力は必ずしも完璧とは言えないことも知っている。


 光子甲冑が守ることができるのは『武器の威力』だけだ。

 爆発の衝撃波や壁に叩きつけられた時の衝撃は光子甲冑の中まで及ぶのだ。

 それに甲冑は全身くまなく覆っているわけでは無い。関節のわずかな隙間を狙われてしまえば、鉄壁の防御も意味をなさない。


 現役の騎士たちも戦場での戦闘より、むしろ訓練での事故死の方が死亡率は高いと言われている。騎士たちの戦いはどんなに安全性に留意しても危険であることには変わりない。


 闘技場に満ちる熱気は最高潮に達していた。

 鮮やかな技の応酬に観客たちは惜しみない賞賛を送る。

 闘技場に這いつくばる騎士たちの無様な姿に向けて、下品なヤジを飛ばす者も居る。


 懸命に闘う騎士たちに対する心無い行為に、ランドルフ総督は眉をひそめる。

 ここに居る誰もが皆、危険に満ちた戦いに冒されているのだ。

 それはまさしく戦場の狂気、そのものであった。


 ◇◆◇


 随伴する騎士二人を失ったハスレイは、たった一人で敵と対峙することになった。

 相手は三人の騎士と〈錬光獣〉一体――とても一人で相手にはできない。


「くっ!」


 口惜しそうに歯噛みをすると、ハスレイは脱兎のごとく逃げ出した。

『大将首』のルールでは大将がやられた時点で勝敗が決定する。大将であるハスレイは、仲間の無事よりも自分の身を守ることを最優先に考えなければならない。


 ハスレイに残された手段はただ一つ。別働隊のデニスたちが敵の大将を倒すまで、敵から逃げ回るしか無い。

 敵に背を向け闘技場を無様に駆けまわるハスレイの姿に、会場からブーイングが巻き起こる。

 恥辱に身を焦がしながら元来た道を――つまり、闘技場を反時計回りに駆け抜ける。


 開始点まで戻ったハスレイの背後から、メルクレアが襲い掛かる。

 闘技場の外壁に沿って走るハスレイと違い、彼女は闘技場の中央をショートカットしてきた。


 紋章の上を駆け抜けたにもかかわらず、百合の花は一本たりとて手折られてはいない。

 錬光技の〈浮揚レビテート〉と〈加速アクセラレート〉を組み合わせた歩法で追いかけてくるメルクレアに、ハスレイは〈炎矢〉を放つ。

 牽制の攻撃を難なく躱し、メルクレアはハスレイに迫る。


「うおおおおおっ!」


 ハスレイは〈炎刃〉を展開した剣を出鱈目に振り回した。

 道場では教えない、実戦剣術だ。これではうかつに懐に入ることができない。


 メルクレアは間合いを取ると、逆手に構えた小剣を突き出した。

 その姿が二重に、三重にぶれる。

 錬光技〈幻影イリュージョン〉の応用技〈分身ダブルシャドウ〉だ。


「なっ!」


 三人に分身したメルクレアが、驚愕するハスレイに襲い掛かる。三方向からの同時攻撃に、ハスレイは翻弄される。


 確率三分の一。

 実体は一つ、残りの二つは錬光技による幻だ。

 

 迫りくる三人の少女の姿を見比べ本物はどれかと見極める前に、メルクレアの攻撃がハスレイの体に炸裂する。


「ゴフッ!」

 

 結局、ハスレイはメルクレアの〈分身〉の前に為す術もなく倒れた。

 闘技場に仰向けに横たわるハスレイを、審判が戦闘不能と判断。

試合終了の鐘を鳴らした。


 ◇◆◇


 闘技場の観客達が選手たちに惜しみない拍手を送る。

 ランドルフ総督もまた席から立ち上がり、拍手を送る。


「いかがですかな、ランドルフ総督。わが校の騎士たちは?」

「素晴らしい、の一言に尽きますよ。バーンズ校長」


 ランドルフ総督の手放しの賛辞に、校長は満足したかのように深く頷いた。

 そして闘技場にむけて手をかざし、得意げに宣言する。


「彼らこそ、スベイレンが鍛え上げた精強なる騎士なのです。帝国の明日を担う騎士なのです!」

「スベイレンの実力、とくと拝見しました。特にあの桃兎騎士団の三人が良かった。実質、あの少女たちが試合を決めたようなものですからな。どういった生徒なのですか?」


 ランドルフが尋ねると、校長は慌てて選手名簿を確認する。


「ええと、メルクレア・セシエ、シルフィ・ロッセ、ミューレ・エレクスです。三人とも本年度からの新入生ですな」

「つまりスベイレンが鍛え上げた精強なる騎士を、入学間もない新入生が倒した――と、言うことですな。校長?」

「え、あいや、その……」


 ランドルフ総督の揚げ足取りに、得意げに語っていた校長の顔が、一瞬で青ざめる。


「成程、校長のおっしゃる通りだ」

「……は?」

「まさしく、ここは戦場ですよ」


 闘技場では、三人の少女たちが勝利の喜びに浸っているのが見える。彼女たちの無邪気な姿を見つめ、ランドルフ総督は目を細める。


「何が起こるか判らない」


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