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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
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11. 試合開始

 総督府で行われた新総督就任式は、思いの他長引いた。

 ただ書類に名前を書き込むだけのことなのに、なぜこんなに手間取るのか不思議でしょうがない。就任早々、ランドルフ総督はお役所仕事の煩雑さを思い知らされた。

 

「遅れて申し訳ない、校長。間に合ったかね?」

「もちろんですとも総督」


 予定より遅れて闘技場に到着したランドルフ総督を、バーンズ校長は笑って出迎えてくれた。


「総督が来なければ試合は始まりませんからな。さ、こちらへ」


 開幕戦が行われる円形闘技場は、大層立派な造りであった。

 校長の先導で来賓用ゲートから続く通路を小走りで駆け抜ける。貴賓席へと向かう直通エレベーターに乗り込む。


 エレベーターから降りると、ランドルフ総督の視界に闘技場の全景が飛び込んできた。

 すり鉢状の円形闘技場。階段状に幾重にも折り重なった客席の最上段にある貴賓席にランドルフ総督は立った。

 目もくらむような高さから見下ろす闘技場は絶景であった。

 観客席を埋め尽くす豆粒大の人々が、一斉にランドルフ総督に注目する。

 

『会場にいる皆さまにお知らせします。ランドルフ新総督がお見えになりました』


 場内アナウンスが紹介すると客席の全員が一斉に起立し、新総督に拍手を送る。

 盛大な出迎えに、ランドルフ総督は手を振って応える。


「ささ、どうぞお席へ」


 校長に促されて席に座る。

 貴賓室の中でも一段高い位置にある総督専用席は、その身分にそぐわないほどに立派な造りをしていた。

 精緻な彫刻になめらかな羅紗を張りつけた肘掛け付き長椅子は、一国の王が座る玉座と言っても通用しそうである。

 弾力のあるクッションに総督が恐る恐る腰を据えると、すかさず給仕が飲み物を差し出す。

 

「スベイレンに!」

『スベイレンに!』


 駆けつけ一杯。

 総督が乾杯の音頭を取ると、貴賓席の貴人たちが一斉に酒杯を掲げた。

 人心地ついたところを見計らって校長が声をかける。


「それでは早速、試合を始めさせていただきます。何分、時間が押しておりましてな、方々への挨拶は後ほどということで――選手を入れろ!」


 貴賓席の一段下にある審判員席に向けて叫ぶと、審判員達が動いた。


『これより、十二寮対抗リーグ第一戦、《燈馬騎士団》対《桃兎騎士団》を執り行います――選手入場』


 場内アナウンスが流れると同時に、闘技場に選手が姿を現す。

 橙色と紅紫色のアンダースーツを着た選手がそれぞれ六人。合計十二人の選手が横一列に並ぶと、総督に向かって一礼する。


「橙色の方が燈馬騎士団。去年の優勝チームです」


 闘技場を指さし校長が解説を始める。


「ナイトメアを用いた機動力を生かした戦術を得意とするチームです。大将は寮長のハスレイ・ラバーレント=ハスラムが務めます」

「ハスラム? 公爵家とは縁の人物で?」

「左様です。紅紫色の方が桃兎騎士団。昨年度の成績は最下位に終わりました。夏休み中の補強でメンバーを大幅に刷新、今季から新体制で臨みます。大将は寮長のエルメラ・ハルシュタット」

「こちらもハルシュタット家の?」

「ええ、そうです。十二寮にはそれぞれの学生を支援する支援者が居るのです。それもまた見ものなのですよ」


 校長の説明に総督は頷く。

 帝国貴族筆頭のハスラム公爵家と新興財閥のハルシュタット家――校長の言う通り興味をそそる対戦カードだ。


「それは大変だな。ハルシュタットにうかつに勝ちでもしたら、試合に負けた腹いせに公爵家の融資を打ち切るやも知れん」


 総督の冗談に貴賓席の紳士淑女たちは笑い声を上げる。


「選手たちの挨拶が終わりましたので、間もなく試合が始まります」

「ほう?」


 盃に口をつけながら、校長の解説を聞く。


「まず勝利条件の発表から始まります。勝利条件の決定権は先行側にあります。今回は燈馬騎士団ですな――お、出ました。この試合は『大将首』ですな。相手の大将を戦闘不能にした方が勝利です」


 掲示板を見ながら校長が呟く。


 勝利条件が発表されると闘技場から歓声が沸き上がる。

 割れんばかりの歓声の中、騎士たちは一先ず入退場門へと引き上げてゆく。


「続いて陣地構築です。後攻側の桃兎騎士団が戦場の設定を行います」


 主審の合図と共に入場門から無人機械が飛び出した。

 数十基の農作業用種まき機は高速で移動しつつ、タイル張りの闘技場に種を散布してゆく。

 数分で作業を終えると、種まき機は入場門へと帰還する。同時に闘技場にびっしりと敷き詰められた種が一斉に発芽する。

 柔軟な葉を成す芝が根をおろし、瞬く間に闘技場一面を緑に染める。

 目にも鮮やかな青芝の上に、さらに新たな植物が芽吹き始める。

 新芽はやがて茎となり、葉を為し、その頂に蕾を宿らせる。そして蕾はやがて剣型の白い花弁となった。

 瞬く間に成長し可憐な花を咲かせたアイリスに、観客席から歓声が上がる。

 次々と開花する無数のアイリスは、やがて青絨毯の上に紋章を描き出す。


 三枚の花弁をあしらった白百合の紋章は、


「当家の家紋ではないか!?」


 闘技場に描かれたランドルフ家の紋章に、総督の目は釘付けとなった。

 この紋章を描くのに一体、どれだけの時間と金が費やされたのだろうか?

 闘技場に散布した種を、錬光技術を用いて強制的に開花させる――芝と花の種代。費やされた技術と労力。下級貴族の出自であるランドルフ総督には想像もつかないくらいの金と労力が費やされたに違いない。


 贅を尽くした最上級のもてなしに総督は言葉を失い、呆けた顔で百合の紋章を見つめ続ける。


「どうぞ、総督閣下」


 感極まった様子の総督に、傍らに居た女生徒が花束を差し出す。

 アイリスの花束を掲げ、寮長の名代としてソフィー・レンクが口上を述べる。


「桃兎騎士団から、総督ご就任のお祝いでございます」


 美しい花とそれに負けないくらいの美しい女生徒に、ランドルフ総督は相好を崩し花束を受け取った。


「ありがとう。いや、ありがとう! 真に結構なお祝いにこのランドルフ、言葉もありません! 桃兎騎士団の方々の健闘をお祈りしておりますぞ!!」


 ◇◆◇


「なんともまあ、あざといな」


 咲き誇る白百合を眺め、嘲るように笑うのは燈馬騎士団の副寮長、デニスだ。

 つられるように、他の選手も声を上げて笑う。

 闘技場内、燈馬騎士団側の控え室には六騎のナイトメアと、それに跨る選手の姿があった。


 ナイトメアは騎士だけが扱うことが許される機動兵器である。

 錬光石を動力とした反重力ユニットで浮遊、最高速度は優に180マイルにまで達する。この鋼鉄の騎馬を操るには、卓越した反射神経と操縦技術が要求される。


 選手の気合も十分、ナイトメアの調子も万全。あとは試合が始まるのを待つばかりだ。


「さすがは成り上がり者。得意のおべっか使いで、新総督に取り入るつもりなのだろうよ。わざわざ生花を闘技場に生けるとは、成金趣味にも程がある」


 この百合の紋章はこの試合の陣地構築の為に作られたものだ。試合が終わればきれいさっぱり片付けられてしまう。

 ただ一試合。

 そのわずかな一時に莫大な予算と労力を注ぎ込んだ桃兎騎士団をデニスは嗤う。


「試合が始まれば全て蹴散らされてしまうだろうに。見た様子では何の罠も仕掛けられては無い様子。陣地構築権を無駄にしたな。全く、馬鹿なことを……」

「……降りろ」

 

 控え室の中でただ一人、ハスレイだけが笑っていなかった。

 燈馬騎士団寮寮長、ハスレイ・ラバーレント=ハスラムはその名の通り、 ハスラム大公国の領主、ハスラム家の一員である。

 ハスレイはその高貴な血筋に連なる者として必要な資質、全てを兼ね備えていた。誇り高く高慢で、尊大にして時に鷹揚で――程よく間が抜けている。 

 寮長として燈馬騎士団寮の全てを取り仕切っているにもかかわらず、裏で寮生達から『坊ちゃま』と呼ばれ馬鹿にされていることには気が付かない。そんな男だった。


 強張った表情で闘技場に描かれた百合の紋章を見つめたまま、ハスレイはデニスに向けて命じる。


「は? 今、何と?」

「降りろと言った。全員降騎! 今すぐナイトメアを降りろ」


 言うや否や、自身もナイトメアから飛び降りる。


「寮長、一体何を?」

「総督閣下の家紋をナイトメアで荒らすわけにいかんだろうが! 試合は徒歩かちでやるぞ。いいか、戦闘はなるべく家紋を避けて戦うように。花びら一枚とて散らすことはまかりならんぞ!!」

『…………』


 おべっか使いに軽蔑の眼差しを向けながらも、燈馬騎士団の騎士たちはナイトメアを降りた。


 ◇◆◇


「どうやらうまくいったようね」

 

 燈馬騎士団の騎士が徒歩姿で闘技場に現れたのを見て、エルメラは満足そうに微笑んだ。


「そうでなくては困る」


 そう言うヤンセンの目の下には隈が出来ていた。

 百合の紋章を美しく咲かせるには途方もない労力が要求される。

 まず花の大きさを揃えるために種を選別しなければならない。

 ひとつひとつ手作業で選り分け全ての作業が終わる頃には夜が明けていた。

 その後、技術教室から借り出した使い勝手が分からない種まき機を使いどうにか百合の紋章を描き出した。


 幸いなことにヤンセンの苦労は報われたようだ。

 エルメラはただの成金趣味で闘技場に百合の紋章を描くよう命じたわけでは無い。真の目的は燈馬騎士団の機動力を削ぐことにあった。

 エルメラの作戦は功を奏し、敵の騎兵を封じ込めることに成功した。


「これで私の仕事は終わりだな。もういいだろう? 私は一眠りさせてもらう」


 生あくびを噛み殺しながら立ち去るヤンセンを慌てて呼び止める。


「試合はどうするの? せっかく控え室まで来ているんだから、ここで見ていきなさいよ」

「知ったことか。観覧席に居るから何かあったら呼んでくれ」


 そう言い残すと眠い目をこすりながら、ヤンセンは控え室から出ていってしまった。


「さあて、これだけ派手な前置きをしたんだから、勝たなければ格好がつかないわよね。皆、準備はいい?」

『…………』


 新入生達の様子がおかしい事に、エルメラはすぐに気が付いた。


「ちょっと、どうしたのあなた達? これから試合よ。いつもの元気はどうしたの?」

「……あの。本当に、勝っていいんですか?」


 恐縮した様子でメルクレアが訊ねる


「何言っているの、へんな娘ね? 当たり前じゃない。ここまでお膳立てして負けられもんですか」

「いや、でも『ぶっく』とか、接待とか色々……」

「……? バカなこと言ってないでシャキッとなさい! もう祝勝会の会場も用意しちゃっているんだからね。この試合、絶対に勝つわよ!」

『は、はいっ!』


 エルメラの言葉に、メルクレア、シルフィ、ミューレ威勢よく返事する。


「よし、私たちもいくぞ、ジョシュア!」

「……あの、ちょっといいですか?」


 気合を入れて戦場に向かおうとするアネットを、ためらいがちにジョシュアが引き止める。


「こいつ、どうします?」


 入場門の傍らにあるベンチに仰向けに寝ころぶリドレックを指さし訊ねる。

 先程までリドレックは陣地構築の手伝いをしていた。

 徹夜で花の種を選り分け、種まき機の整備を手伝い――力尽きたアシスタントをヤンセンは回収していくのを忘れていたようだ。


「……ほっとけ」


 何はともあれ、こうして開幕戦は始まった。


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