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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
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9. 負け犬の生き方

 自室に戻ったリドレック達四人は寝支度を整えていた。

 明日は開幕戦。就寝時間にはまだ早いが試合に備え早めに寝ることにした。


 女子三人は既に寝間着に着替えている。

 三人が着替えている間、部屋の外で待機していたリドレックだけが未だに制服姿のままだ。


「あー痛ぇ……」


 ベッドに腰掛けながら、リドレックは殴られた頬をさする。


 隣のベッド――二段ベッドの下段のミューレがその姿を見つめていた。

 いつもは裸で寝ているミューレだったが、リドレックとの同居が決まったいまではさすがにそういうわけにはいかない。

 パジャマ姿に着替えたミューレは、リドレックの腫れ上がった頬を見つめくすりと笑う。


「殴られるのが嫌だったら、少しはやる気のあるところを見せたらどう?」

「嫌だよ。だって疲れるもん」

「だったらせめて、やる気があるフリだけでもしたらどう?」

「嫌だよ。もっと疲れるもん」

「……ダメだ、この人」


 お手上げのポーズをとると、ミューレはそのままベッドに横になる。


「ところでさ、寝る前に聞いておきたいことがあるんだけど……」


 上段のベッドから、メルクレアが顔を覗かせる。

 三つ編みに束ねていた金髪も就寝前の今ではほどかれている。

 逆さまになった頭の先から金色の髪が滝のように流れ落ちてゆく。


「何を聞きたいんだ? メルクレア」

「エルメラ様が仰っていたじゃない。『選手としての心構え』、って奴。」

「ああ、あのことか。……別にいいんじゃないのかな。どうせ僕みたいなボンクラの話なんか聞いたってしょうがないし」

「意地悪言わないで教えてよ、リドレック!」

「本当に聞きたい?」

「聞きたい! 教えて!!」

「……じゃあ、教えよう」


 試合を明日に控えた新入生にとっては気になる話題だったのだろう。

 顔を輝かせると、先輩からの訓示にメルクレアは耳を傾ける。


「いいか、スベイレンの闘技大会は選手たちが殴り合うだけの単純な格闘試合などでは無い。一般の観客には見えないシナリオ〈ブック〉と呼ばれるものが存在する」

「ブック?」

「そうだ。闘技大会には様々な人々の思惑が絡んでくる。対戦相手はもちろんの事、試合を観戦している観客が、寮長が、監督生が、騎士団の支援者や主催者である総督が――彼らの思惑は複雑に絡み合い、やがて一つの脚本ブックを構成する。そして出場選手は、選手たち自分たちの立ち位置を理解し、ブックに従い行動しなければならないのさ」

「……よく解んない」


 漠然とした表現に、メルクレアは困惑する。

 一度も試合に出場したことが無い新入生には難しすぎる話であった。

 彼女の答えは予測していたのだろう。眉間に皺を寄せ戸惑う様子のメルクレアに、リドレックは苦笑する


「まあ、そうだろうな。では明日の試合を例に説明しよう。開幕戦第一試合。観客達が最も注目される大事な試合に、エルメラ寮長は移籍してきたベテラン勢を使わず、新人である君たちを起用した――その意味を考えたことがあるか?」


 揃って頭をふる新入生達に、リドレックは説明を続ける。


「対戦相手の橙馬騎士団寮の支援者スポンサーはハスラム大公国。対して桃兎騎士団の支援者スポンサーは新興財閥のハルシュタット家。家格は帝国貴族筆頭のハスラム家のほうが上だが、新興財閥のハルシュタット家には勢いがある。この二つの勢力は表向き友好関係にあるんだが、それは非常に危ういバランスの上に成り立っている」


 最初に、リドレックは試合を取り巻く状況の説明を始める。


「ハスラム家の一部にはハルシュタット家の台頭を快く思わない者も多い。財政難にあえぐハスラム家は、ハルシュタット銀行から多額の融資を受け取っている。家格の下の家から金を借りるなんて、帝国貴族としてのプライドが許さないからな。そのプライドをちょっとでも損ねるような事が起きれば――例えば、騎士学校の闘技大会で両者の代表であるところの桃兎騎士団が橙馬騎士団に勝利するようなことにでもなれば、両家の友好関係はたちまち崩れてしまうだろう」


 次に、両家の内情に深く踏み込んだ分析を披露する。


「ハルシュタット家としては、ハスラム公国との友好関係を維持し続けて居たい。何しろ大口の取引先だからな。試合に勝って、機嫌を損ねるわけには行かない。かといって、大事な試合で無様な姿をさらすわけには行かない――そこで君たちの出番と言うわけだ」


 リドレックは、メルクレアの逆さまの頭に人差し指を向けた。


「新人の女の子、三人のデビュー戦は見栄えがいい。勝ち負けに関わらず観客達は盛り上がるだろう。会場が盛り上がった所で、橙馬騎士団に気持ちよく勝っていただき、引いてはハスラム公国の面目を保って差し上げる、と言うのが今回の〈ブック〉の趣旨というわけさ」

「……それって、つまり」


 察しの良いミューレは、リドレックの言わんとする所をすぐに理解した。


「明日の試合で、あたし達に八百長やれって事?」

「八百長じゃない、〈ブック〉だ。言って見ればこれは『接待』なんだよ。お得意さんのハスラム公国のご機嫌を取るためにハルシュタット銀行が仕組んだ接待試合なんだよ」

「同じことじゃない! あたし達にわざと負けろって事でしょう!?」

「わざと負ける必要なんて無いさ。相手は前年度優勝チームだぞ。新人の君たちが正面から戦って勝てる相手じゃない」

「そんな……。そんな理由で選ばれたなんて……」


 青ざめた顔でシルフィが呟く。

 選手に選ばれた時のはしゃぎぶりが嘘のように、激しく落胆していた。


「まさか、本気で実力を買われて抜擢されたと思っていたんじゃあるまいな? 何の実績も無い新人が、理由も無く開幕戦に出場できるわけないだろう」

「…………」


 追い打ちをかけるようなその一言に、シルフィがさらに落ち込む。


「じゃ、じゃあ、あんたはどうなのよ!?」


 確かにリドレックの言う通りだが、面と向かって言われると腹が立つ。

 せめてもの逆襲に、メルクレアはリドレックを問い詰める。


「あんただって、試合に出るんでしょう?」

「ああ、ぼくはただの捨て駒さ」

「……捨て駒?」

「明日、僕が何の競技に出るのか知っているか?」

「十二騎士代表戦でしょ? ……そう言えば、どういう競技なの?」

「要するにバトルロイヤルだ。各騎士団寮の代表十二名が最後の一人になるまで戦う、最も過激で過酷な競技種目さ――去年、試合中に死亡した選手がいたって言っていただろう? この競技がそうだ」

「……え?」


 驚きに凍り付くメルクレアを見つめ、リドレックは達観したようにしみじみとつぶやいた。


「対抗試合はシーズンを通して毎週末行われる。その全ての試合に全力で臨んでいたら、選手たちはたまったものじゃない。だから危険度の高い、あるいは勝敗に関係ない試合に専門に出場する選手を用意して捨て駒として活用するのさ――そういった意味で僕は捨て駒として理想的だ。死んだところで誰も気にも留めないからな」

『…………』


まるで他人事のようなその態度に、少女達は唖然とする。


「まあ、捨て駒としての人生もわるくないんだぜ。誰からも期待されない代わりに、期待に応える必要なんてないんだから、気楽なもんさ。身の程わきまえて手を抜くことを覚えればこの学校は最高に居心地のいい場所だ。週末に試合に出て殴られるだけで、残りの一週間は遊んで暮らせるんだ、これほど楽なことは無い。試合に出れば報奨金も出るし、怪我をすれば負傷手当もつくしな」


 そう言ってリドレックは笑った。

 その卑屈な笑みには、負け犬として生き続ける男の哀愁が漂っていた。


「これで解っただろう? 能力主義だの実力主義だの嘘っぱちさ。闘技会は舞台で、選手は役者だ。闘技会は騎士達をつるし上げにする、政治的パフォーマンスすぎないのさ」

「つるし上げ?」

「騎士って言うのは嫌われ者だからな。貴族でもない、平民でもない。中途半端な立場だ。天空島では戦争なんてここ百年ばかり起きていない。戦わない騎士なんて無用の長物だ。国民の大半は騎士の事を税金泥棒と言って馬鹿にしている――特に三年前のあの事件以来」

「……皇太子殿下暗殺事件のこと?」

「そうだ」

 

 上ずった声で訊ねるメルクレアに、リドレックはうなずく。

 公務中の皇太子が暗殺されたのが今から三年前――暗殺犯はよりにもよって護衛役の騎士だった。


「事件以降、騎士階級に向けられる世間の風当たりは強くなる一方だ。臣民を守るべきはずの騎士達は、今や帝国の平和を乱す腐敗の温床と目されているのさ。国民にとって騎士とは最早、自分達を搾取する敵でしかない。今の世の中では騎士は無用の長物さ――もう、騎士の時代は終わっているんだ」


 そこまで話すと、リドレックは深いため息をついた。


「そんな国民の不満のはけ口として用意されたのがこの学校であり、闘技会なんだ。騎士たちが互いにボロボロになって戦う様を見て、民衆は喜び、貴族は安堵する。国民にささやかな娯楽を提供する哀れな道化師、それがスベイレンの騎士なのさ」

「そんなことないもん!」

 

 叫ぶと同時、メルクレアは上段ベッドから飛び降りた。

 挑発的な姿勢でベッドに腰かけるリドレックを見おろす。

 

「騎士は弱い人たちを守るためにあるのよ! だから、強い騎士を育てる為にこの学校があるんでしょう!? 騎士が悪く思われているならば、理解してもらえるよう努力すればいいじゃない! そのために闘技会があるんでしょう!?」


 騎士学校の実態を知っても、騎士社会をとりまく過酷な現実を知っても――彼女の理想をくじくことは無かった。


「あたしは騎士になるためにこの学校に来たの。国民を守れるような立派な騎士に! アンタみたいな負け犬になんかなるもんですか、絶対に!」


 胸を張り宣言すると、メルクレアはまっすぐに

 その一点の曇りのない瞳に、リドレックは思わず目を逸らす。


「……まあ、好きにするといいさ。そのうち嫌でも騎士社会を取り巻く現実って奴を思い知らされることになるんだから――でもこれだけは覚えておきな。騎士道を歩み続けた所で、行きつく先は死、あるのみだと言う事を」


 そして、リドレックは話を打ち切った。

 随分と長い間話し込んでいたようだ、夜もすっかり更けてきた。

 自身も寝支度を整えるためにベッドから立ち上がる。


「まあ色々言いたいことはあるだろうけど、今夜だけはゆっくり寝かしてくれ。明日の夜は病院のベッドか、死体置き場だからな、と……?」


 そこまで言った所で、扉を激しくノックする音が響いた。


『リドレック! リドレック・クロスト!! 居るか!?』

「はい?」


 リドレックを呼ぶ声に、慌てて扉を開ける。

 扉の向こうにいたのは、仏頂面のヤンセンだった。


「リドレック、手伝え!」

「え? 何です、いきなり!?」

「陣地構築を手伝え! このままじゃ、明日の開幕戦に間に合いそうにない」

「いや、でも。僕も明日、試合があるし。寝ないと……って、ちょっと!」


 ヤンセンは問答無用でリドレックの腕をつかむと、いずこかへと引っ張って行った。


 リドレックの後を追いメルクレアは開け放たれたままの扉に近寄った。

 廊下の向こうからリドレックの悲鳴が聞こえてくるが――どうでもいい。

 扉を閉めると、メルクレアはベッドに居る二人を振り返る。


「……寝ようか?」

『うん』



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