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4月。魔人召喚のこと。

分からないことがあったらば可能な限り解説します。別の時に。

「さて、と……」


 俺はカップ麺を作りつつその自称魔導書から話を聞くことにした。


「待て。なんかすごく下が熱いんだが」

「気にするな。お前をカップ麺の重しに使ってるだけだから」

「『かっぷめん』とはなんだか分からないが、今すぐ止めてくれ。熱い」


 喋る本がなにやら抗議をしているがさておき。


「んで? 話を聞かせてもらおうか。自称魔導書。どういう事だ? お前も消えたら俺も死ぬって?」

「自称魔導書じゃない。僕の名前はベブズ。大魔導書、ベブズ。幾億もの真言と魔導をその内に記された孤高にして至高の一冊。何なら『様』付けでも構わないよ? 相棒君?」

「俺の名前は本屋彰だコノヤロウ。死んでも『様』なんてつけねぇからな」


 自称魔導書――ベブズは「挨拶は済んだし、説明をしようか」と言って改めて話し始めた。


「つまりはね、相棒君。君は今、僕と契約をしたんだ。それにより君の魂――面倒だから、魔力と言わせてもらうが――とにかく、それが僕と同調されたんだ」


 同調?

 ベブズはあー、といって面倒くさげに言った。


「分かりやすく言うのであれば、互いの心臓に杭を刺されて、それをヒモで繋がれたみた状態と言えばいいかな。詳しい説明は――」


 ベブズは「悪いが、下ろしてくれないか」と言ってきたので俺はベブズを机の上に降ろした後、ベブズは勝手に開いて、ぱらぱらと数ページ独りでにめくられた。

 そしてあるページにたどり着いた後、勝手に内容が浮き上がってきた。


「この文章の中にある。僕は口での説明が苦手なものでね」


 てかお前口はどこよ?

 そんなつっこみを入れようとしたのだが、いかんせんそれは無意味っぽかったので俺は嫌々ながら黙って読むことに――ちょっと待て。


「何か?」

「文字ばっかだぞ」

「それはそうさ。僕は名だたる大魔導書、ベブズ。必然的にそこに書かれてあるのは文字ばかりであっていたたたたたたたたたたたたた! い、痛い! 紙を引っ張らないで欲しいものだね!? 相棒君!」

「ラーメンの具にしてやろうか?」

「なんだかよく分からないが、とにかく僕にとっては非常によろしくなさそうだから今すぐやめて欲しい! それはそうと、早く読みたまえ!」

「だから、俺は本が嫌いなんだよ! 口どこかわかんねぇけど、口で説明しろ!」

「……ここまで来ると本嫌いも徹底的だね。いや、読書嫌い、とでも言った方がいいのかな?」


 ひとまず何が何だかちんぷんかんぷんなので絵を出させて魔導書曰く「サルでも分かる」程度の説明をしてくれた。むかついたが。



 《同調》っていうのは、魔人と契約者が死と生を共に歩むことらしい。魔人が死んだら契約者も死ぬ。逆もまた然りだ。ただし、寿命で死ぬようなことがあった場合、契約は不履行になってその魂は魔人に引き継がれる。そうなった魔人はその契約者の経験を取り込んでいる、ということなので知能、腕力、その他諸々の経験がかなりあるということになる。

 《契約》というのは要するに血を使って行われる儀式的様式らしい。契約者の血を、契約する魔人の宿っている本に使えばその本に宿っている魔神は契約者と《契約》したことになる。……そういえばさっき本の端で指を切ったな。あれか。


「……読んだぞ」


 そう言って俺は本を閉じ、またカップ麺のふたの上に置いた。


「ふむ。遅かったね。しかし、これでしっかり理解が――」

「できてるわけねぇだろ。そもそもなんでこんな事があるんだよ」

「こんな事?」

「お前のような、科学とかでは説明がつかない妙なもんだよ」


 科学では説明がつかないもの。

 本が喋ることや、急に自分の世界がいつもの日常が変わる。

 そんなこと、天地がひっくり返ってもあり得ない。

 俺が言った後、ベブズは「ふむ」ともったい付けて、


「……『かがく』とやらは知らないが、魔法の方はかなり合理的だと、僕は思うけどね?」


 自称魔術書は言った。


「魔法の方は君の方で相応の対価を支払えば、相応の利益を見込む。火が欲しいと思えば火が出るし、水が欲しいと思えば、水を出すことができる。熱いと思ったら、氷を作って涼むこともできる。町一つ消したいと思ったら、消すような力を身につければ簡単に消せる。人一人殺せる力を身につければ、簡単に人が殺せる……これほどまでに合理的、かつわかりやすい物は無いと思うんだけどね?」


 ベブズがそう言い終わった直後、玄関の呼び鈴が鳴った。


「はいー」

「無視!?」


 俺はどんどんと床を小刻みに蹴り、玄関に向かった。なにやら魔導書が「人の話を聞いていたか?」とか何とか言ってるような気がしなかったでもないが。


「今出まーすっと……」


 玄関のドアを開くと。

 ボブカット、それに和服。

 逆光の中では見ることができなかった、きれいな顔立ち。

 そこにはこの間の夕方、居たと思った和服の少女がいた。

 と認識した瞬間、俺はドアを遠慮無く閉めた。

 自分でも信じられない速度で俺は玄関のドアを閉めた。

 幸いなことに手などは挟まっていなかったようだった。

 て、いうか。

 あれは夢じゃなかったのか? 

 いやむしろ俺はあれを夢で済まそうとしてた夢だったんだだってそうだろだいたいいきなり和服の少女が出てきていきなり本を渡せって言ってきててめぇどこのギャルゲのヒロインなんだってつっこもうと思ったときには俺はすでにドアを閉めていて――、

 そしてドアが粉砕された。

 そして俺は後ろに吹き飛ばされた。リアルで宙に浮くとか滅多にできない経験をしたとか、そう言うことを言ってる場合じゃない。

 土埃や煙が晴れた後、先程の和服少女の後ろにまた、あの黒い腕がまっすぐにこちらに向かって伸びていた。


「……日本では、客人をこのようにもてなすのが礼儀なのか?」


 まあいいと、瓦礫を踏みつけながら和服少女は言った。


「――言え。魔導書は、どこだ? 隠し立てをするとただではすまんぞ」


 血の気が引いた。

 歯がかちかちと鳴っている。

 俺の目は女の後ろにある腕に目が釘付けとなっていた。

 何かのドッキリか? これは?

 でも、現に目の前のうちの玄関は粉みじんに粉砕された。

 このままでは俺も先程のドアの末路をたどりかねないだろう。

 気がまた遠くなってきた。本日二度目か。

 まぶたが急に重くなり、次第に手の感覚がなくなってくる。

 足の震えも次第に遠のいてきた。

 本当にこのまままた気絶する。そう思ったとき。


「相棒君どうした? なにやらすごく大きな音がしたんだが?」


 ベブズの声がした。

 その声で俺は我に返った。

 ――あいつ、たしか自分で「魔導書」とか言ってなかったか?

 俺は(ありきたりのような表現だが)追い詰められたウサギのように身を翻し、すぐさま居間に駆け込んだ。

 やはり自称魔導書はカップ麺の上に鎮座していた。


「おや? どうした相棒君。そんなに血相変えて? まるで殺し損なった人でも見るような顔つきになっ

ているぞ?」

「お前……魔導書、って言った、よな?」


 息も絶え絶えに俺は言う。


「ん? ああ。言ったな。それが――」

「魔導書だったらなんか使えるだろ!? なんかこう、火ィ出したりとか、星を降らせたりとか! なんかあんだろ!?」

「どうしたんだ急に。何か――」

「そこにあったか」


 背後から声がしてゆっくりと――まるで油の切れたからくり人形のように――首を回すと。

 和服少女が立っていた。

 手を伸ばせば、届くくらいの距離に、だ。

 俺はとりあえずベブズを持って別間へ飛び出した。無駄に家は広いからそこそこ逃げるスペースはある。

 ふすまを破ったり、ドアを開けたりして右へ左へと逃げているうちに、一つの行き止まりの部屋にたどり着いた。そこには親父がフィールドワーク先から持ち帰ってきたがらくたが所狭しと並んだ部屋だった。

 息を殺して、耳をすましてみるとドアやふすまが壊される音が聞こえてきた。どうやらあの和服少女はまだ俺を捜しているみたいだ。

 この状況で、ベブズは「なるほど」と言って、


「話はだいたい分かった。――相棒君、いやアキラ」


 ベブズは俺に語りかけた。


「この場の状況を、どうにかしたいか?」


 悪魔の囁きにも聞こえるその声に、俺は息を整えながらも、早口で答えた。


「どうにかなるんだったら、な」

「なら、《契約》を結ぶとしよう。どうせさせようと思っていたことだし、ちょうどいい」


 魔導書は踊るように耳元で囁くような声を出す。


「死にたくなければ、契約しろという、僕からの脅迫と受け取ってくれても構わない」

「契約しなかったら?」

「君は死ぬ」

「契約したら?」

「君は生きるか死ぬかの瀬戸際に立つ。まぁ、確定された死ぬという運命は、『死ぬかもしれない』という運命に切り替わるだけだけどね。さあ、どうするんだい? 相棒君?」


 ベブズが意地悪く問いかけたその時、ふすまが何十枚か破れた音と轟音が聞こえた。

 俺が様子を見ると、そこには和服少女がこちらを見据えて立っていた。

 その視線がこちらとぶつかったとき、自然と鳥肌が立った。

 このままだと死ぬ。

 確実に、殺されかねない。


「――死にたくは、ない」


 俺は自然と、口からその言葉を零していた。


「よろしい――ならば、契約だ」


 ベブズは素早く開き、ページが風がめくっているかのようにめくられていく。まっさらな紙が何枚もめくられたその先には、不可思議な文様が描かれたページがあった。


「さあ、その場所に手を置くんだ」


 少女は目がいいのか、本が開かれているのを見たとき、そうはさせまいとその場から駆けた。

 その気迫に押されて、ページに置く手を止めてしまう。


「早く。手を乗せるんだ! さあ!」


 俺は言われるがままに手を載せた。

 ――刹那。

 なにやら足下に大きな範囲で幾何学な模様が描かれた円が浮かび上がった。

 円は俺を中心に、さらに円の外側に幾何学な模様を書き出した。

 やがて書き終わったのか、幾何学な文様はそれ以上書き出されなかった。

 そして和服少女がやっとその場にたどり着いた時、少女は文様によって、はじき出された。

 その出来事があった瞬間。辺りが突然光った。


「――っ!?」


 あまりのまぶしさに目をつむる。光が収まった後、そこには 目の前に鮮やかな、今日のような夕焼け色の髪を持った少女が穏やかな顔で眠っていた。

 いや、床に寝ていた、とすることはできない。正確に言ったら仰向けに寝ている姿勢のまま、ふわふわと宙に浮いているのだ。

 まるで、緊張感のない、この少女を見たときの感想。


(な、なんだ……? このキレー系女子は……?)


 そう。

 その女の子はうちのクラスメートやその辺のテレビで見る女性と同じ、あるいはそれ以上にかわいかった。

 誰もが振り返って、その少女の顔を見ようとするだろう。

 女の子は眠っているようで目を閉じている。

 夕焼け色の長髪は、ふわふわと水の中を漂っているかのように浮いていた。


「さぁ……勝利は確定だ」


 俺は唖然としていた時、ベブズは呟いていた。

 ああそうか。

 これ、夢だな。うん。

 惚けていると、ベブズは怒鳴った。


「アキラ、何を惚けている! 早くあの魔術師を倒すんだ!」

「た、倒す!?」


 いくら何でも、相手は女の子だぞ? そんなんにむかって倒すとか……でも、倒さなきゃこっちがやられるし……なんて考えていたら、黒い腕のストレートが飛んできた。


「召喚されたか……だがどうした? かかってこないのか? 魔導書。これで貴様の勝ちではなかったのか?」


 和服少女は勝ち気な瞳をこちらに向けて、言い放った。

 ベブズも「ふん」と鼻を鳴らし(いや鼻はどこなんだよってつっこみは無しで)、


「口数が減らない魔術師だね。大丈夫さ。相棒君が君を素早く雲の彼方に吹っ飛ばす予定だからね」

「いや、それはどうだろう」


 こっちに退路は無し、向こうにはあの黒い腕がある。

 ――見た感じこっちの方が圧倒的に不利だろう。これは。

 そんな感想を心の中で漏らしたとき、今度はジャブが飛んできた。

 とにかく俺はその場から逃げた。逃げたはいいが、後ろからは腕がこちらに向かってパンチを放ってくる。

 威力はすくなさそうだが、それでも一撃当たれば痛いだろう。

 事実、先程のジャブで髪の毛を少しかすった。……訂正。当たれば絶対痛い。今髪が焦げたようないやなにおいがした。


「それ。早くしないと死ぬぞ」


 和服少女の声が聞こえる。余裕を持っているのか、少しこちらの様子をうかがっているようにも思える。

 黒い腕が拳を連続で放ってきてるけど。


「分かってるよ! んなことは!」


 腕からの一撃を何とか避けつつ、どうすればいいのかを考えていた。


「おい! ベブズ! どうすれば倒せるんだよ!」

「先ほど言ったとおり。召喚した魔人に戦ってもらう」

「魔人!?」


 幾何学模様の中で寝ている女の子のことか。

 俺は納得した。納得はしたが……。


「……どうやって起こすんだ?」

「それは自分で考えることだ」


 あんまりだ。

 そう思うのもつかの間。あっという間に別の部屋の壁に追い詰められた。もう後がない。


「……まあいいだろう。魔導書はその契約者が死ねばまた新たに眠りにつく。私はそれを回収しよう」


 血の気が引いた。

 じょ……冗談じゃねえぞ!?

 俺は渾身の一撃を放ったつもりで、無我夢中で手元にあった物を投げた。

 …………。

 俺は今、重大なことに気づいた。

 今、俺の手元にあった物は何だ?

 家に無尽蔵においてある置物とかじゃない。


 そう、俺の手元にあったのは……ベブズ。


「僕を投げてどぉーするんだぁぁぁぁ――――――――――――――……」


 ベブズの悲痛な叫び声が妙に耳に残りながら、くるくると縦回転しながらそのまま奥に行ってしまった。


「……呆れたな。自ら生きる道を絶つとは」


 馬鹿にしたような口調で少女はこちらを見た。と同じ時に背後からまたあの黒い腕を出してきた。


「最後に言い残したい事はないか?」


 慈悲のつもりなのか。少女は優しい顔で俺に向かって語りかけてきた。


「……カップ麺は、伸びてるだろうな……悪いが食っててくれ」


 一言、ぽつりと漏らした時と、黒い腕の拳がこちらに向かってきた瞬間は、同時だったと思う。

 更に。

 少女の体が、横に飛ぶのも。

 また、同時だったと思う。


「あたたた~……ホント、痛かったですよ~……」


 目の前に、


「でも、マスターの無事を確認して、それに敵も撃退。うん。何とかなったですね」


 夕焼けと同じ色の髪を持った、


「さて……よくもマスターをいたぶってくれやがりましたですねぇ?」


 よくできた人形のようにキレイな、真珠色の肌を持った、


「マスターの痛みは、私の痛み。ですから」


 透き通るように、美しい声を持った少女が、俺の目の前で立ち上がったのも。


「この痛み、千倍返しにして差し上げるですよ!」

今回の没ネタ。

「よろしい――ならば戦争だ」


そう言った魔導書は高らかに叫んだ。


「我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ

だがこの暗い闇の底で半世紀もの間 堪え続けてきた我々に ただの戦争では もはや足りない!! 大戦争を!! 一心不乱の大戦争を!!」

「するかボケェ!!」


 俺は渾身の力を持って魔導書を床にたたきつけた。

 ――そしてそこで俺の意識は途絶えた。覚えているのは、呆れた顔をして殴るような動作をしたボブカットの少女の姿だった……。

――BAD END――

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