4月。学校での理事長のこと。
パン買ってこい山田ァァァァ!
「ここだ」
つかの間の木之絵馬との散歩の後、連れてこられたのは、
「……校長室?」
他の部屋とはひと味違った、モダンかつ、重厚そうな作りの扉。
ここは糸氏高校学校長室。
つまりは校長の仕事部屋である。
「なんでまた校長室なんかに? 校長とお前は何か接点でもあるのか?」
「……まぁ、な」
木之絵馬は言葉を濁し、校長室にノックも無しに入った。
「ヒサゴ、いるな」
おいおい。校長を呼び捨てかよ……。
一応俺は「しつれいしま~す」と遠慮がちに入った。
歴代校長の写真。
なんか高そうなお皿。
校長室によくあるふわふわの椅子。
と、いった感じの物を俺は想像していたのだが、どうやら違ったらしい。
文字通り、何もない。
殺風景、といっても足りないだろう。
あるのは部屋に似合わないこぢんまりとした机と椅子、年期の入った黒電話。それだけだった。
その机のとなりにはじいさんが一人、週刊誌を読んでいた。
しかも立って。
近くに椅子があるというのに、わざわざ立って読んでいた。
見るからにうちの校長ではない。
うちの校長は何ていうか、バーコードはげに脂ぎった顔、他の男子からは「飛べるわけもないブタ」とまで言われるほどのでっぷりとした体を持った人物のはずだ。
それなのに、今目の前にいるのはすらりとした長身の、口周りに少しヒゲを蓄えたじいさんであった。地味なスーツを着てはいるが、高いスーツを着たら金持ちのご老人に見えないことはない。
このじいさんはうちの学校の関係者か何かか?
そんなことを思った。
木之絵馬はそのじいさんを見るやいなや、
「こっちを向け、ヒサゴ」
蹴った。
しかもすねだ。
一番いたいところを蹴られた。しかも老人なのでダメージも半端ではないはず……と思っていたらじいさんはそのまま何事もなかったかのように週刊誌を読みふけっていた。
唖然。
俺はそれを見ながら、じいさんの週刊誌への情熱を垣間見たような気がした。
やがて読み終わったのか、週刊誌を机の上に置いて、
「おや、木之絵馬君。早かったですね。もう少し時間がかかると思っていたのですが」
「私を舐めるなよ、ヒサゴ。それに貴様、立ちながら読むのは止めろとあれほど言っていただろう」
「いやはや。なぜだか週刊誌を読むときにはこうしないと落ち着いて読めないのです。……ところで少しすねが痛いのですが。いつもよりか少し強く蹴りませんでしたか?」
愕然。
なんだ。
なんだこのおっとりのほほんとした本屋の店員とたちの悪い立ち読み客との会話のようなものは。
というより、いつも蹴られてるのか。じゃあ止めろよ。
その光景をぽかんと見つめていたらじいさん……さっきからヒサゴと呼んでいたのだからおそらくはヒサゴという人物名なのだろう……が俺に気づいたのか、
「ああ、ああ。そう言えば君を呼んだのですよ。本屋君」
「お、俺?」
「そうそう」
ヒサゴさんはにこりと笑った後、会釈をした。
「初めまして。彰君。糸氏高校理事長、観綴瓢と申します」
理事長。
言ってみれば学校のとんでもなくえらい人じゃないか。
と、いうか……。
「瓢先生はここにいつもいるんですか?」
我ながら間の抜けた質問だと思う。
瓢さんはきょとんとこちらを見て、またにこりと笑い、
「先生はいいですよ。私はこの学校を作っただけですし、君たち生徒に『先生』なんて呼ばれることもないです。『瓢さん』でいいですよ」
「はぁ……瓢……さん……」
「それでよろしい。若者は年長者の教えには従うべきだ」
「時には破ることも必要だがね」と付け加え、今までのにこりとした笑みではなく、いたずらっぽい笑みをこちらに向けた。
俺はそれにはただ苦笑いで返すしかなかった。
「さて。すこし寂しいところを見せてしまったね。元来、校長室とは名のみでね。ここはもともと理事長室なのですよ」
「あれ? でも校長は朝礼とかで出てきてたはずじゃぁ……」
いやでもしかし。
ここは間違いなく「校長室」と書かれていた。
「校長室」と書かれているのだから、理事長がいるのはおかしいだろう。
「彼は雇われ者ですよ。私は表舞台に出るのは好きじゃないんです」
「はぁ……」
意外、としか言えない。
ここには校長はおらず、代わりに理事長がいる。
と、言うことは……。
「実質的な校長はあんたじゃないかっ!」
「だから校長ではありません。理事長です」
「その呼ばれ方がされたいだけだろ!」
「それも一理ありますね」
「一理どころの騒ぎじゃねぇ!」
「やれやれ。人の揚げ足ばかりをとるとは……どのような育ち方をしたのですか?」
「少なくともあんたよりかはまともだ! というか、それは俺が聞きたい!」
「さて、ここに君を呼んだ訳なのですが……」
「今までの流れを覆すかのようなこの話題転換は何だ!」
さておき。
瓢さんが椅子に座って「楽にしてかまいませんよ」といった後、瓢さんは指を鳴らした後、物騒な物音が聞こえてきたり、揺れが出てきたりしていた。
「ああ、少し揺れたり落ちてきたりしますから、気をつけてくださいね」
のんびりと瓢さんは言って、木之絵馬は何もないかのようにそのまま静かに、微動だにせずに立っている。
やがて音が鳴りやむと、
かたん。
あっけない音が響いた。
その音がした所を見てみると、壁が一つ回っていた。
回った壁からは本棚が出てきた。
遠くからでも分かるくらいだが、背表紙から見る限り、どこか遠い外国の本だと思われる。
忍者屋敷とかで忍者が壁から一回転して出てくる所を、誰もがテレビ等で見かけたことがあるだろう。
それの要領で、壁が一つ。また一つといった要領で、全て本棚に変わっていった。
全ての壁が本棚に変わった後、瓢さんは、
「さて。……まずは何から説明すればよろしいですかね?」
イタスラっぽい、というのでもなく、かといって子供っぽい笑みでもない。
狐が相手を化かした後に出てくる笑い、そんなイメージが強かった。




