ep166:キュリユーズ様の依頼
エクラン城の庭園は、左右対称の幾何学模様を描く生垣が特徴的な庭だった。
生垣に使われているのは、小さく艶やかな葉を密につける常緑低木。
歩道のあちこちにかかるアーチには、蔓薔薇が絡められている。
庭の中央には、ドーム状の屋根をもつ象牙色の東屋があり、その柱の一本一本にも蔓薔薇が絡められていた。
白い建物と生垣の緑、咲き誇る花の深紅が美しい。
甘い花の香りは、蔓薔薇から漂っていた。
「待たせてすまなかったね」
王妃様たちが二杯目のお茶を飲みながら談笑している頃、エクラン侯爵様が庭に出てきた。
彼の後ろから、御子息と御令嬢も歩いてくる。
侯爵様は柔和な笑みを王妃様たちに向けているが、後ろにいるキュリユーズ様がションボリしているので、かなり厳しいお説教タイムだったのかもしれない。
「息子を連れ帰ってくれてありがとう。腹痛で動けなくなっていたところを見つけてくれたそうだね」
侯爵様が僕に笑みを向けて言う。
僕は身分が高い人への礼儀として、右手を胸に当てて会釈した。
侯爵様の話しぶりだと、キュリユーズ様は大量に吐血して死にかけたことは言ってないらしい。
まあでも嘘は言っていないな、腹痛で動けなかったのは確かだろうし。
僕は余計なことは言わずに、黙して会釈するのみにした。
◇◆◇◆◇
庭園でのティータイムを終えた後。
リュンヌ様が寛ぐ客室を、キュリユーズ様が訪れた。
「リュンヌ、入ってもいい?」
「どうぞ」
ノックをして入ってきたキュリユーズ様は、古い革張りの本を抱えている。
【世界の茸図鑑】、表紙にはそう書いてあった。
キュリユーズ様は、リュンヌ様の傍らに立つ僕に本を差し出す。
「ウォルクリス、君はイリキーヤ様の加護をもっているそうだね。この本の文字は読める?」
手渡された本を開いて見ると、手書きのカラーイラストと共に様々な茸の説明が書いてあった。
その全ての文字を、僕は難なく読める。
言語理解のパッシブスキルが無かったとしても読めただろう。
本に書かれている言語は、日本語だったから。
「はい、読めます」
「じゃあ、このページの内容を教えてくれる?」
キュリユーズ様は慣れた手つきで本を繰る。
広げて見せたページには、真っ白い茸のイラストと説明文があった。
◆パンス・ダンジュ(天使の絵筆)
美しい純白の茸。
のどの痛みや傷を癒やす薬になる。
フワフワモチモチした食感、砂糖菓子のように甘く、生でも食べられる。
「やっぱりそうか。美味しそうに食べている人の絵があるから、そうだと思ったんだ」
本の文章を読み上げると、キュリユーズ様が目を輝かせて言う。
しかし彼はすぐにションボリしてしまった。
「僕が食べた白い茸は違うものだったんだな。全然甘くなかったから」
「キュリユーズ様が食べた茸は【アマニット・ヴィルーズ(毒鶴茸)】です。アンジュ・ド・ラ・モール(死の天使) の別名がある猛毒の茸ですよ」
「……そ、そうだったのか……」
誤食したものが何か教えたら、キュリユーズ様は一気に青ざめる。
僕は本の読み聞かせに戻った。
天使の絵筆はエルフの森に自生する茸。
手に入れるには、エルフたちから譲ってもらうか、森へ招かれて自力で採集するしかない。
「そこらの森に生えてるのかと思ったのに、違うのか。エルフの知り合いはいないし、エルフの森なんてどこにあるのか分からないよ」
「ウォルに採ってきてもらえばいいわ」
ガックリ気落ちするキュリユーズ様に、長椅子で寛ぎながら話を聞いていたリュンヌ様が言う。
途端に、キュリユーズ様が目を輝かせて僕を見た。
「ウォルクリス、君はエルフの森へ行けるの?!」
「は、はい」
「パンス・ダンジュを採ってきてもらえない?」
「女王様に訊いてからになりますが、採ってもいいと言われたら採ってきますよ」
「お、お願い!」
キュリユーズ様に圧される形で、僕は依頼を引き受けた。
「エルフの森はリシュ領にあるので、今すぐは採りに行けないですが」
「うん、待ってる。今度ここへ来るときに、お土産に持ってきてくれたら嬉しいな」
「分かりました」
エルフの森にはいつでも行けるけど、ここまで戻ってくるのに時間がかかる。
まさかここの城の転移魔方陣を登録させてなんて言えないし。
今度エクラン領へ来るときって、いつだろう?
王妃様の里帰り次第かな?




