ep164:森の中の行き倒れ
エクラン領内に入り、領主館や街が見えてきた頃。
クルールが、街道脇の雑木林を気にするように顔を向け、匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせた。
「クルール、どうした?」
「ブルルッ」
クルールは言葉を話さないが、何かを見つけたんだと分かる。
隊列の最後尾を進んでいた僕は、クルールを停止させて魔法を起動した。
土属性・樹木系魔法:リエール・キ・セル・ラ・マルヴェイヤンス(悪意を封じる蔦)
もしも茂みの中に僕たちを害そうとする獣や人が潜んでいれば、茂みが蔦と化して拘束する。
安全確保をした上で、僕はクルールの背から降りた。
「ん? 何か見つけたのか?」
「クルールが茂みを気にしてるので、ちょっと見てきます」
「この辺りに危険生物はいない筈だが、気を付けろよ」
「はい」
前を進んでいた先輩たちが、下馬した僕に気づいて問う。
僕は事情を話しながら剣を抜き、警戒しつつ茂みに歩み寄った。
魔力を通した植物は、意のままに動かすこともできる。
僕は茂みを形成する蔓草を、左右に移動させて視界を広げた。
蔓草が退いた地面に、横たわる人が見える。
うつ伏せに倒れているのは、小柄で華奢な体格の人だった。
「行き倒れか?」
「それにしては、身なりが整っているな」
先輩たちが、僕の背後で様子を見ながら言う。
倒れている人の生死は不明だが、髪はサラサラの金髪で衣服は高そうなものを着ている。
僕は鑑定スキルを使ってみた。
名前 キュリユーズ・レネ・エクラン
性別 男
年齢 十二歳
身分 エクラン領主の息子
状態 瀕死。アマニット・ヴィルーズ(毒鶴茸)を食したことによる中毒症。二段階目。消化管出血による貧血状態。
(えっ、ここの領主様の息子?! って死にかけてるし!)
僕は剣を鞘に納めると慌てて駆け寄り、金髪の少年を抱き起した。
仰向けにして見えた顔は、王妃様やリュンヌ様に似ている。
吐血したのか、口元や頬が赤黒い血で汚れている。
倒れていた地面には、黒っぽい血溜まりがあった。
「うぅ……お腹……痛い……寒い……」
「キュリユーズ様?!」
目を閉じたまま呻き声を漏らす少年に、先輩たちも慌てて駆け寄る。
僕は左腕で少年の身体を抱えつつ、右手でマジックバッグからペリアの葉(紫)を取り出した。
紫の葉には、食中毒で死にかけている人を回復させる効果がある。
鍋で煎じている時間が惜しいので、僕は生活魔法を使って葉の薬効成分を抽出して水薬を作成した。
生活魔法:エキストレール(抽出)、オー・ポターブル(飲水)、メランジェ(混合)
空中で水薬が作られていく様子を、先輩たちが目を丸くして見つめている。
騒ぎに気付いて、ヴィオレット様、リュンヌ様、王妃様が慌てて駆け寄ってきた。
「キュリユーズ様、これを飲んで下さい。少しずつゆっくりと」
僕はマジックバッグから取り出したデミタスカップに水薬を空中から注ぎ入れて、少年の口元にそっとあてがう。
声は聞こえているらしく、少年の口が微かに動いて水薬を少しずつ飲み始めた。
キュリユーズ様は水薬を全て飲み終えると、ホッとしたように息を吐いて身体の力を抜いた。
「ありがとう。……凄いな、この薬。あんなに痛くて苦しかったのに、飲んだら楽になったよ」
「回復できて良かったです」
安堵の笑みを浮かべて言うキュリユーズ様に、僕もホッとして答える。
毒鶴茸は真っ白で美しい姿と裏腹に致死性の猛毒を持つことから、「アンジュ・ド・ラ・モール(死の天使)」 の別名で恐れられる茸だ。
中毒症状は食べてから二十四時間以内に腹痛、嘔吐、水のような下痢など胃腸系の症状を発症する。
翌日にいったん症状が治まり、回復したかに思わせる「偽回復期」があるのが、この茸の特異な毒性だった。
回復したかに思えた翌日~三日後に胃腸からの大量出血、黄疸、肝臓や腎臓肥大などの症状が出る。
最終的には内臓細胞が破壊され、二日から七日後に多臓器不全で死亡する症例が多い。
「キュリユーズ、何があったの?」
「お母様、それは叔父様のところへ向かいながら聞いた方がよいですわ」
心配や不安で涙目になって問う王妃様を、ヴィオレット様が宥める。
「ウォル、キュリユーズを馬車へ運んであげて」
「畏まりました」
リュンヌ様の指示で、僕は小柄な少年を横抱きにして馬車まで運んだ。
キュリユーズ様は、どうして毒茸を食べたんだろう?
誰かにコッソリ食べさせられたんだろうか?
そもそも、なんでこんな街はずれの雑木林で倒れてたんだ?
気になるけど、初対面の新米騎士が訊くことじゃないかもしれない。
僕は簡易ベッドに少年を寝かせると、馬車の外に出た。




