ep158:噂と真実
夜の図書館。
オッサンはまた小難しい言語の翻訳をしている。
そこへいつものようにヴィオレット様が来て、向かいの席に座った。
「座学は順調そうですわね」
「はい」
ヴィオレット様は優しい笑みを浮かべて言う。
弟の勉強を見てあげる姉みたいな雰囲気が漂っている。
「そういえば、ウォルが魔獣を乗りこなしたと聞きましたわ」
「クルールですか? 凄く賢くて良い子ですよ」
ふと思い出したように、ヴィオレット様が言う。
僕はしばらくペンを走らせた後、顔を上げた。
「クルールは賢いけれど気まぐれで、【ル・フエ・ドゥ・ラ・スミスィヨン(服従の鞭)】を使わなければ、乗りこなせないと言われてますのよ」
「僕が乗ってみたときは、乗り手の意思を読み取って動いてくれる素晴らしい馬でした」
「クルールはそもそも人を乗せる気が無くて、普段は小さな姿で過ごしていますわ」
ヴィオレット様の話は、僕が知るクルールとは随分と違う。
鞭と聞いて、豚鼻男が持っていた短鞭を思い出す。
最初に見たポニーの姿のクルールは、全身に強く鞭打たれた傷があった。
もしも人々に誤解されていて、日常的に鞭を振るわれているのなら、改善してあげたい。
「クルールの担当者は、どなたですか?」
「ヴィシューですわ。でも彼は乗馬が苦手で、乗ったりはしませんの」
「騎士団に所属していない人が世話をしてるんですか?」
「ええ。軍馬の世話係は、騎士団とは別で雇用してますのよ」
話を聞いて、何故豚鼻男が馬をすり替えることができたのか理解した。
豚鼻男がクルールを虐待していることも想像できる。
「僕をクルールの担当に推薦してもらえませんか? クルールは鞭なんか使わなくても従ってくれる子です」
僕はヴィオレット様にお願いしてみた。
賢くて従順なクルールが、罪もなく鞭打たれるなんて許せない。
「近衛騎士に推薦ではなく、クルールの世話係に推薦することを望みますの?」
「はい。近衛騎士は、実力でなります」
「ウォルは面白い子ですわね。わたくしが推薦すれば、近衛騎士にもなれますのに」
「夢は自分で叶える方が、喜びが大きいんですよ」
ヴィオレット様が不思議そうに問う。
十六歳の彼女は成人した王族であり、発言力は未成人のリュンヌ様よりも高い。
でもオッサンは、少年の夢を叶えるためにその発言力を頼る気は無かった。
今望むことは、自分を慕ってくれるクルールを助けることだけだ。
「少しお待ちになって」
ヴィオレット様はそう言うと椅子から立ち上がり、図書館から出ていく。
しばらくして戻ってきた彼女は、二通の書類を僕に手渡した。
書類は同じ内容で、こう書いてある。
『ウォルクリスを魔獣クルールの主とする』
……あれ?
思ってたのと、なんか違う。
しかもこの書類、国王陛下名義だし。
所謂、王令というやつだ。
「お父様に頼んできましたの。今このときから、ウォルはクルールの主ですわ」
「パルフロニエ(厩務員)ではなく、プロプリエテール(馬主)に任命されたのですか?」
「ええ。鞭を使わずにクルールを従えたウォルこそが主にふさわしいと思いますもの」
まさか、騎士になる前に国王陛下から馬を下賜されるとは思わなかった。
でも、これで堂々とクルールを守ってあげられる。
僕は自分の控えとなる一通をマジックバッグに収納した。
もう一通は軍馬全体の管理者である調教師に提出だ。




