ep104:桜の妖精たち
「週に五回もここへ来てたらさすがに覚えてそうなのに、なんで僕は忘れてるんだ?」
「ラ・テール、あんた翔太郎の記憶を消したの?」
「そのわけを教えるわ。来て」
ラ・テール様が優しく微笑み、僕の手を引いて歩き出す。
イリキーヤ様が、その後に続く。
口頭で伝えるだけでは説明しきれないことなんだろうか?
流れるように周囲の風景が変わり、気がつくと桜並木の道を歩いていた。
今は秋の筈なのに、桜の木はどれも淡紅色の花が満開だ。
木々から離れた花弁が、雪のようにふわふわと舞う。
「ショウだ」
「ショウが来た」
どこかあどけなく澄んだ声が聞こえる。
淡紅色の花弁が、風に流されるようにこちらへ近づいてきた。
「でも、姿が違うよ」
「戻してあげよう」
花弁は僕の周囲で渦巻いて、淡紅色の微かな光を放つ。
まるで時を戻すかのように、僕の身体は六歳時の姿に変わった。
「へ?!」
「戻ったね」
「うん、いつものショウだ」
状況が理解できなくて変な声出ちゃう僕の周囲で、花弁も姿が変わっていく。
淡紅色の花弁に似た四枚の翅をもつ妖精たちが、空中に浮かんでいた。
「これでよし」
「よくないわっ!」
満足そうに言う妖精に、イリキーヤ様がツッコミを入れた。
僕はウォルクリスよりも小さくなった自分の手を、呆然としながら見つめる。
「あんたたち、奇跡レベルの【若返り】を、そんなお手軽に使うなっ!」
イリキーヤ様に叱られても、妖精たちはキョトンとしている。
なんかよく分からんが、奇跡レベルの力を使われたらしい。
若返りはオッサンにはありがたい力だが、若返らせ過ぎだ。
アラフォーからいきなり六歳児にされたら、仕事とか生活とかいろいろ困る。
「みんな、駄目よ。ショウに聞いてから使いなさい」
「本人了承有無の問題じゃないわっ!」
ラ・テール様は呑気に言う。
そちらにもイリキーヤ様のツッコミが入った。
「でも、あの子と会うなら、その姿の方が良いわね」
「あの子?」
微笑んで言うラ・テール様に問いかけると、笑みを浮かべたまま前方を指差す。
そこに、懐かしい建物が現れた。
昔の空襲で焼けずに残ったと伝えられる、古い建築物。
長い年月を経て木材が深みのある褐色に変わった、木造一階建て。
ベンガラが塗られた屋根は、深い赤茶色。
満開の桜の木々に囲まれて建つのは、僕が小学一年生時代を過ごした学校の校舎だった。
『久しぶり。また会えて嬉しいよ』
驚きで固まる僕の頭の中に、不思議な【声】が響く。
音声ではなく、言葉が心の中に伝わってくる。
それは、異世界でイリキーヤ様が時々使う念話のようなものに似ていた。
『おいで。君から預かっていたものを返してあげる』
更に言葉が流れ込んでくる。
預かっていたものとは?
いつ預けたんだろう?
考えている間に、周囲の風景は変わっていった。




