ep92:夏の宴
夏が終わりに近づく頃。
食材の宝庫と呼ばれるリシュ領で、宴を開催するときがきた。
季節ごとに催される宴は、その季節に合った料理を楽しむことを目的としている。
夏の宴では、暑い季節にピッタリなひんやりした食べ物が、ビュッフェスタイルのテーブルに並べられた。
「こちらは【ヒヤシウドン】といいます。パスタに似ていますが、麺には卵や油は使っていません」
宴の司会を務める領主様が、本日のメイン料理を紹介した。
通常のパーティなら肉系が主役だが、この城ではそうとは限らない。
今年の夏は、炭水化物である「うどん」が主役となった。
冷やしうどんは茹で上げてザルで湯切りした後、流水にさらして冷やし、氷水に浸してテーブルに並べている。
麺の傍らに置いた薬味は、青葱、生姜、唐辛子。
タレは鰹の血を粉末の状態で置き、冷水を隣に並べた。
お客さんは円筒形のカップに好きな量を取り、好みに合わせて薬味を入れ、タレの濃さを調節できる。
できればこの機会に「箸」を広めたかったが、貴族向けなら銀製品にする必要があり、作れる職人を確保していなかったので断念した。
「春の宴で食べたスープパスタも美味かったが、これも美味いね」
「冷たくてツルツルっと食べられて、暑さで食欲が落ちたときにピッタリだ」
夏バテ気味のオッサン貴族たちには、冷たい麺類は特にウケが良かった。
分かる。分かるぞ。その胃の不調。
オッサンになると胃が弱くなるからな。
「油を使っていないから、ダイエットに良さそうだわ」
「リシュ伯が少しスリムになられたのは、ヒヤシウドンの効果かしら」
一方、体型を特に気にする女性陣は、油を使わない料理のヘルシーさに目を輝かせる。
彼女たちが言うように、領主様は春に比べて体型が少しスリムになっていた。
……悪人面は、相変わらずだけどね。
夏の宴には、春以上にVIPなお客さんがいる。
国王陛下とその御家族だ。
「リシュ城の料理は久しぶりだが、昔よりも更に美味なる物が増えたな」
「お父様、唐辛子を入れ過ぎですわ」
辛い物好きの陛下は薬味の唐辛子を取り過ぎて、ヴィオレット様に注意されている。
そんな二人を、第一王子ヴェルデュール様に離乳食を与える王妃様が、微笑みながら眺めていた。
「ウォル、これに唐辛子は入ってない?」
「はい、入れてません」
僕はリュンヌ様に付き添い、アレルギーの原因となる唐辛子を避けるお手伝いをした。
まだ細いけど健康を取り戻したリュンヌ様は可愛いので、貴族の令息たちの注目の的となっている。
やがてダンス音楽が流れ始め、ソワソワする令息たちがリュンヌ様に近づこうとした。
……が。
「ウォル、踊りましょう。せっかく練習したんだから」
「はい」
リュンヌ様は無邪気な笑顔で僕の手を引っ張り、ダンスに誘う。
彼女はこのために、僕にレッスンを受けさせ、衣装を買ってくれた。
そこまでしてもらって、僕が断る筈は無い。
令息たちには申し訳ないが、姫様のファーストダンスは僕がお相手するよ。
この国では、ダンスの誘い方に性別は関係ない。
女性から誘うことはよくあるが、お姫様が料理人を誘うのは珍しいんじゃなかろうか?




