59.翠が差し出した手
山口の前に立った立花が、口を開く。
「聖君の葬儀には自分も参列しました。テロ犯として射殺されたのではなく、事故で亡くなったことになっていましたが。その葬儀に、あなたもいましたね。偽名を使っていらっしゃったようですが」
驚きを押しさげ、彩子は山口を横目に見る。山口は無反応だった。立花はさらに続けた。
「ウチの課員に、あなたを目ざとく見つけた者がおり、『海軍の大佐がいた!』と騒ぎになりました。まあ、ひとり息子を失った石倉の心労をくんで、そんな騒動はすぐに立ち消えましたが」
立花は一呼吸あってから続けた。
「当時大佐だったあなたが、警察官の息子の葬儀に参列する理由など、近親者だからということ以外はありえません。石倉灯は、あなたの従兄妹なのでは?」
山口は沈黙したが、富士がしびれを切らした。
「なにをしている! 警部補殿の質問に答えてやらんかっ!」
「母の弟の娘になります」
少しの間があってから、山口は抑揚なく答えた。
「やはりそうでしたか」
そう頷く立花を、富士が睨めつける。
「従妹だからなんじゃ! 山口はゆくゆくは海軍大将になる逸材ぞ! たとえ親兄弟が人質になったとしても海軍を裏切ることはないわっ!」
富士の激高にさらされてしばし沈黙した立花だが、やがてゆっくりとした口調でいった。
「少将、ご子息は今、どこにいらっしゃいます?」
山口にはもうすぐ三歳になる息子がいる。若くに結婚したにもかかわらず、五十歳前になってやっと授かった命だ。
なるほど、そうきたか。
彩子は額に手を当て山口の回答を待ったが、返事はなかった。
一分ほどの沈黙があり、富士が「早く答えろ!」と怒鳴った。それでも山口は無言だった。
「少将!」立花はさらに一歩、山口のほうに進む。「昨晩、相馬さんの潔白を証明するために大将閣下から電話をいただきました。警察庁長官にかけた電話を最後に取りついだのは石倉です。追い詰められていると感じたのか、それから石倉の所在がつかめていません。今日も無断欠勤です。今までこんなことはなかった。それに、あなたも知っているはずだ。今日が聖クンの命日だということを! なにか起こるなら今日の可能性が高い!」
山口は青くなり、天を仰いでから、立花に顔を向けた。
「灯に……連れ去られた……」
立花は頷いてから、こちらに視線をやる。彩子は薄く息を吐きながら頷き、口を開いた。
「ママの協力者は『姫』などではなく、アナタだった。それでいいですか? 山口少将」
「かまわない」
「石倉灯と黒鉄を結びつけたのも、諜報部や私の情報を持ちだしたのも、全て少将が原因ということでいいのですね」
「かまわない。相馬君の調査で重点に置いている海軍情報セキュリティの穴は、全て私に起因する」
「そうですか……」彩子は横目で富士を見た。へそを曲げた子供のように、むっつりとしている。
「少将、聖クンの名を改竄さたのもあなたですか」立花がいった。
「同期だった陸軍大佐と話をつけて、別の名に……。念の為に石倉灯が近親者とわからないように、戸籍台帳や関連資料にも手を加えました」
「なぜですか? まさか、あの葬儀の時点で石倉灯のために準備をはじめていたとは思えない」
「近親者がテロ事件を起こしたとなれば、私の経歴に傷がつくからです」
山口はそのように返したが、彩子は本当の理由に気づいていた。
山口がこの事件を改竄したのは、海軍と陸軍の衝突を抑えるためだ。一年前の富士は、海原陸軍大将と大いに揉めており、一触即発状態だった。
次に戦うなら陸軍だ! そんなジョークが海兵の間で蔓延しているが、あの頃はジョークですまない状況となっていた。
海軍のミサイルは陸軍駐屯地にいつでも発射できる状態となっていたし、陸軍もスサノオ制圧のための部隊編成を内密に行っていた。
そんな状況下で、富士が我が子のように大切にしている山口の近親者が、陸軍に殺されたとあっては何がおきるかわからなかったのだ。
彩子は話をこじらせた原因の一端を担う富士に視線をやった。不機嫌そうに眉をつりあげ、口をヘの字にしている。
ため息を呑み込み、山口のほうを見た。
「山口少将。石倉灯はどこにいますか? 居場所さえわかれば、レスキュー隊を突入させて少将のご子息を――」
「誰がレスキューをだすといった! この案件は山口を更迭し、黒鉄はミサイルで破壊。それで終わりだ!」
山口はなにもいわず、力なくその場に膝をついた。
その山口に手を差しだしたのは、翠だった。
「ねえ、山口さん。海軍少将の命令だったら耳をかしませんが、父親の願いというのであれば、ヒノマル戦隊リクレンジャーは全力で応じますわよ」
しばしの沈黙のあと山口は顔をあげ、翠の手をつかんだ。




