第一話 天国天国天国 ①
もくもくと、アイスを食べる。
真っ正面からアイスと向き合ってる、という訳でもなく。
なんなら意識の大半は、スマホを流れる動画の確認に割かれてる。それでももくもく、食べ進める。
駅の自販機から転がり出て来たアイスの食感は、ちょうどそんな感じだ。最中の皮がアイスにしっとり、張り付いてるせいで。パリパリとはいかない。
......チョコミントは好きだけど、最中との相性はそこまで......?
アイスに意識を移した瞬間、五月の風が駅のホームを通り抜けた。
そこそこ伸ばした黒い髪と、ノーブランドのTシャツとジャージがバタバタ、忙しなく揺れる。
数ヶ月前まで中学のかっちりとした制服に、校則通りに結んだ髪でここに立っていたのが信じられない。
今日なんて特に、ぺらっぺらのトートバッグと簡単なメイクを除けば、家のソファーに転がってる格好とほとんど変わらない。
おまけに手にはアイス。平日の昼間で駅にはまるで人気がない。なんていうか、すごく——
「栞ちゃんは、自由だね」
「......心の中、読んだ?」
ベンチに座っていたはずのおじさんが、いつの間にか横に立っていた。それもこっちが呆れるくらい、ニコニコしながら......
「嫌だなぁ、何度も言ってるじゃないか。死神【リセクター】にそんなチカラは無いってさ」
「死神全般にあるか無いかなんて、どうでもいいから! おじさんにあるか無いかを聞いてるの!」
「栞ちゃんにとって、おじさんがちゃあんと特別みたいで嬉しいな」
おじさんの言葉は無視して残りのアイスを咥えると、空箱を片手で握り潰した。
余裕綽々のおじさんを睨みつけながら、ゴミをバッグに放り込む。
「ていうか、人のこと言えないくらい自由そうに見えるけど......」
おじさんはモノトーンのアロハシャツに、ベージュのパンツ。雑誌や店に比べたらマシだけど、まあまあ気が早い。
「自由? むしろ、反対だよ」
続けながらおじさんは、向こうが半分透き通る腕と、トロピカルな花の模様を広げて見せる。
「夏の計画に浮かされたジュンくんと響子さん、二人の出力がコレなんだから! もちろん、ボクも嫌いじゃないけどね」
「ふーん......」
私の適当な返事を吹き飛ばすみたいに、電車がやって来て止まった。
流石は発展も衰退も逃したみたいな県庁所在地。先頭の車両におばあさんが一人乗っているだけで、あとは無人でスカスカだ。
目の前に来たドアのボタンを押して、乗り込んだ。誰も座っていない椅子には目もくれずに、車両の真ん中で仁王立ちする。
振り返ると、おじさんはドアの上を押さえて必要以上に屈みながら、ゆったりのったり入って来る。
そっちに手を伸ばしながら、声に出した。
「お手!」
「はぁい」
おじさんはクスクス笑いながらやって来て、私の手首を掴んだ。
「まどろっこしい!」
手をくるりと返して、平たい手をギュッと握り込む。ひゃー! とか言っておじさんが戯けるのと同時に、ドアが閉まった。
電車はおじさんに負けないぐらい、のっそりと動き出した。
田舎なのに、田舎だから? 窓の外は結構窮屈だ。緑で縁取りされてるみたいな景色に、スッと意識を集中する。握ったおじさんの手から流れてくる力も、少し増したような気がする。
乾いた畑——いない。
古びた工場——いない。
雑草だらけの駐車場——いない。
どこにも、化け物——【セクト】は見当たらない。
「ハズレだね」
「うん......」
おじさんに言われる前から、もうすっかり気は抜けていた。
とんでもなく広くて長いパチンコ屋を通り過ぎると、パッと景色が開けた。一瞬ちょっとの住宅街。ここなら、注意しなくても【セクト】が目に付く。
連なった屋根の上。きちんと並んだ家の間。異常は無い。
良いことのはず。でもつまらなくて、おじさんの顔を見上げた。
外を見つめる銀色の目は、ほんの少しだけ細くなっていた。笑ってるというより何処か、遠くを見ているみたいに——
「......思い出す? 元いた場所のこと」
おじさんは静かに手を離して、こっちを向いた。わぁ驚いた! みたいなポーズ付きで……
「やだなぁ栞ちゃん、おじさんの心を読んだの?」
「そんな力は、微塵も、御座いません!」
「それはよかった! おじさん助かっちゃったな〜」
派手な音を立てて電車が止まった。今歯軋りしたら、こんな音が出ると思う......
駅にはやっぱり人はいないけれど、スマホを耳に当ててから降車する。おじさんと会話しても、不自然じゃないように。
改札と駅を抜けると、隣を歩くおじさんは不意に、ビルやマンションの方を指差した。
「元いた場所——世界はそうだね、あんなに整然としていなかったよ。こんな風に、何処もかしこもバラバラだった」
「へぇ......」
気の抜けた返事が気に入らなかったのか、おじさんは無駄にでかい体を曲げて、私の顔を覗き込んできた。亜麻色の髪が、ふわっと怪しく目に掛かってる。
「なんてったって——人の精神世界だからね」




