73話
──村を守るという名のもとに。
ついに、村長、岩松常影が蒼真をひとり呼び寄せる。古びた囲炉裏の前、真っ直ぐに男を見据え、重く口を開いた。
「朝比奈蒼真とやら。……お前が何者か、儂にはわからん。ただ、ここは人ひとりが疑われただけで、明日を失う村じゃ。いかに秋架殿が庇おうと、村全体の『信』を傾けることはできぬ」
囲炉裏の炎が、静かに揺れる。
「今すぐ、村を出よ。それがこの高杜の『信』──村を守る唯一の証しじゃ」
その言葉に、蒼真は目を伏せた。
「しごく当然のことでござる。致し方なし……」
蒼真は頭を垂れた。
ガタンッ──
障子が勢いよく開く。そこには息を切らし、髪を乱した秋架の姿があった。
「村長……何を話されていらっしゃいますか?」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ秋架。二人の顔を見る限りよからぬ話しと勘を働かせる。
「秋架殿も聞いておるだろうが、この静かだった村も今では物騒な出来事が起こっておる。村の貯蔵庫が襲われたということはこな村にとって一大事。しかしあの貯蔵庫を誰も気付かずに襲うとは誰かの手引きがないと無理……」
「まさか……その手引きをしたのが蒼真殿と……!?」
奥歯を強く噛み拳を握り締めた。
「今まで何もなかった村に、この蒼真殿が来ていざこざが増えた。誰が見ても明らか……この小さな村が生き残れてきたのは『信』を誇りに思っておるからじゃ。秋架殿……お主がそのことを一番わかっておるだろう?」
「そ、それは……しかし、しかし……蒼真殿はそのようなお方ではありませぬ。この方がそのような……それに私も余所者ではございませんか!?」
秋架は一瞬怯んだが、それでも抗った。
「な、何を、そなたは大切にお預かりした……」
突然の秋架の言葉に常影は口走りそうになる。
「二人とも待たれよ。もう、よい……秋架殿。もうよいのだ……それで収まるのなら、この村の『信』が守られるなら、我が身を退くのが当然……」
「しかし……」
秋架が何を想い、どれほどの覚悟で信じてくれたかは、蒼真には痛いほどわかっていた。だからこそ、それ以上は何も言わなかった。炎が揺れるたび、蒼真の影が床に伸び、そして消えていった。
「明日にでもここを出ていきます。常影殿、それに秋架殿……お世話になったでござる。ごめんつかまつる」
蒼真は立ち上がり、振り向きもせず二人の元を去った。その背中は秋架の想いを裏切り、悔やみが滲んでいた。やり直したいと一刻でも心に湧いた気持ちを恥じる蒼真だった。
「村長……なぜ? 私こそ……この村にとって災いではないですか! ならば私こそ、こそ村の『信』を脅かす存在」
秋架は言葉を震わせた。
「違う……秋架殿は断じて違う。そなたは大切な預かりし子。真実をねじ曲げてでも守らねばならん」
「そんな……ならば、彼を……蒼真殿を信じてはくれまいか?」
「それとこれとは別物……儂はこの村を守る長としての責がある!」
二人の心は平行線を辿る他なかった。




