100話
「幸吉殿……まだまだ手前は未熟です。幸吉殿の想いを踏みにじる愚か者です」
清は頭を垂れ、迷いを打ち消した。
「幸吉殿には花紋様の痣が出ています」
「花紋様の……痣?」
聞き慣れない言葉に戸惑う幸吉。
「はい、それは逃れられない死の告知。左手の甲に……今はまだ淡くですがはっきりと……」
幸吉は清の言葉に呼応するように左手を翳した。
「何もないではないか? 儂の左手に痣など……」
「それは手前ども花仕舞師にしか見えぬ異なる痣。逃れられない運命の印。そして、それはお雪殿にも現れておりました」
「ふっ……虚しいものよなぁ、清殿。これから稚児が生まれる、お雪婆の意思を継いで学舎をここに建てようなんぞ、考えた矢先にこの運命か。虚しさより、笑けてくる」
「言葉もありません……幸吉殿」
幸吉の無念を想うと悔いが残る。
「あと、どのくらい刻があるんじゃろうか?」
「わかりませぬ。花紋様の痣は色彩で判断するしかないのです。急に色づくこともあればゆっくりと……ですから、手前どもは幸吉殿に同行する他、方法がありませんでした……」
「ほうか……納得できなくても……それは来るか……現世は人を弄ぶかのようじゃな」
幸吉は哀しい笑みを浮かべた。藁葺きの庵に辿り着いた時は天に燦々と陽が輝いていたが今は赤みを空に広げ沈みかけている。しかし沈みかけた天道はそれでも二人を灯した。
「それでも清殿……安心されい。儂はまだ生きとる。明日かも、数日……いや、もしやこの日かもしれん。じゃけど、だからこそ後悔はせんようにしたい。儂と朱鷺との間の稚児の顔はもう見れんじゃろうが、やるべきことをぎりぎりまでやる、それが儂のお雪婆への恩返し孝行じゃ……」
幸吉はそう言い残すと藁葺きに戻って行った。幸吉は屋内を見渡した。命の限りを知ると余計にお雪との想い出が蘇った。しかし、感傷に浸る暇はないと、部屋の隅に置いてある竹で編んだ行季を見つけ開ける。中に櫃があり、木の蓋をカランと開けると茶色く変色した古びた和紙を見つけた。筆らしきものがないか探したがどこにもなく、仕方なく囲炉裏に残っていた棒切れを削ぎ筆にした。墨は囲炉裏の灰を水で溶きなんとか文字を描けるようにした。
「まだ生きとりゃいいが……」
当時世話になった村長が生きていることを願い、筆を認めた。そして、最期の願いとして兵之助宛に文を描いた。
「お館さま、幸吉最期の願いじゃ。朱鷺と稚児を幸せにしてやれんかった不幸は許してつかんさい。じゃが、これだけは譲れん」
涙で和紙を濡らしながら兵之助に想いを綴り描き上げた。