第49話 シエルの動揺
「珍しいな。城の中に鐘塔があるとは……。誰かが突いているいるのかな?」
「いえ。これは。……魔法で」
「魔法?」
アルフェイドの過剰な反応に、シエルは初めて自分が異常だということを悟った。
(この日常を、私は普通に受けて入れていたんだな)
あの鐘を、突く者は誰もいない。
最初は鐘をつく人間が何処かに隠れているのではないかと疑ったりもしたが、魔力で動いていると、リーゼから説明されて、今は自然とそれを受け入れている。
「面白いな。彼女の死後も魔法は活きているなんて……。時を刻む「鐘」に魔力を託すとは、ミゼルも粋なことをする」
「それは……」
――時を刻む?
引っかかった一言だった。
「時」という単語に、リーゼの「時」が止まった呪いが重なってくる。
(ミゼルは私相手に、謎かけでもしているのか?)
前々から、シエルは考えていたことがあった。
リーゼは魔法を使うことが出来ないのに、どうして、ミゼルの死後もリーゼにかかった呪いは解けずに、使い魔のルリは存在し続け、城の怪異は起こり続けるのだろうか……と。
(おそらく、城内の何処かに、ミゼルの魔力が詰まったモノが存在しているんだろう。それを原動力に魔法が発動しているんじゃないか?)
城の横に聳え立つ、円柱型の鐘塔。
見張り塔とは違う。
ただ時を奏でるだけに造られた高い塔。
(不自然……ではないだろうか?)
――もしも。
そこに、シエルが求めるモノがあったのなら……。
そうしたら、自分は?
「おや? 蒼い顔をして、どうされたのかな? 王太子殿下?」
意味ありげに一瞥されて、シエルは冷や汗をかいた。
まだ、リーゼは見つかっていない。
余所事に、思考を傾けている暇なんてないのだ。
(これ以上、引き伸ばせないか……)
リーゼのことは、やむを得まい。
腹を括って、ラグナス国王一行を接待するしかないのだ。
襤褸を出さないよう、シエルは魔女が応接に使っていた部屋に、アルフェイドを通した。
彼は、ずっとにこやかではあったが、好戦的な王という評判通り、皮肉めいた事実を指摘するのも忘れてはいなかった。
「ああ、そうそう。一つ分からないことがあって……。貴国はミゼルが死ぬまで、ずっと放置していたではないか。……にも関わらず、彼女の死後十年目にして、急にサロフィン城に王太子がやって来るなんて、おかしな話ではないか。何か意味でもあるのかな? 王太子殿下」
「それは……」
「まあ、こんなふうに問いかけて、まともに答えてくれるは思ってもいないが」
機会を見計らって、運ばれてきた茶を「美味い」と、ためらいなく口に含んだアルフェイドは、自信に満ち溢れていた。
シエルだったら、敵地で出された茶など、口にするのも憚るだろう。
そして、彼は牽制しながら、シエルの答えを待っているのだ。
「私は……」
「そうだな。貴殿がここにいる理由。まず、対ラグナスではないだろうな。貴殿が危地にわざわざ赴く必要はない。平和ボケしているユリエットだ。いきなり、王太子が軍勢を率いて、ローム山脈を越えて来るという心配はしていなかった。では、何だろうな?」
完全に尋問されている。
(叔父上の言う通りだった)
シエルがここに滞在することによって、ラグナスに怪しまれてしまったのだ。
(たとえば、魔女が遺した「宝珠」を探しにここに来たのだと正直に伝えたら、ラグナス国王の方が夢中になって、それを探すのだろうか?)
……だとしたら、益々、言い出せなかった。
彼の方が「宝珠」を見つけてしまいそうな予感がしたのだ。
この男は、シエル以上に魔女ミゼルを知っている。
しかも、ミゼルを好意的に見ているのだ。
「私は十年前、魔女に会ったことがあったのです。十年後にまた来るように言われたので、約束を果たしに」
「約束?」
突っ込まれると痛い。
……が。瞬間、空気が一変した。
「私が呼んだんだ」
その女性は、既に室内にいた。
漆黒の衣裳が、大きなステンドグラスから差し込む光で、多彩な色に染まって見えた。
真っ赤な口紅と白皙。
雪のように真白い肌だったなんて、今までシエルは知らなかった。
背中まであった髪は、蝶形の髪飾りで綺麗に束ねて、左側から垂らしている。
彼女の肩に止まった青い鳥が
「まったく、勝手に人ばかり増えて……賑やかなものだよ」
中性的な声で、ぶつぶつ文句を言った。
(リーゼ……。君は本当に……)
いつものように、下を向いて、自信なさげに猫背になっている彼女ではなかった。
胸を張って、顔を上げて、毅然とアルフェイドを睨みつけている。
空色の大きな瞳が蠱惑的に細められたのと同時に、シエルの全身がカッと熱くなって、心音が跳ね上がった。
(一体、私はどうしてしまったんだろう?)
絶望的な状況にいるにも関わらず、まるで、媚薬でも飲んでしまったかのように、シエルはリーゼから目が離せなくなってしまったのだ。




