第48話 ラグナス王国の宰相
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ラグナス王国の宰相を一目見た瞬間、シエルは激しい目眩を覚えた。
それは、レイモンドも同様だっただろう。
魂が抜けそうな姿を、シエルも横目で捉えていた。
(……嘘も大概にして欲しい)
「随分、お若い宰相ですね」
そんな話を朗らかに噂している者がいたが、全力で諌めたくても、シエルは呆然としすぎて、声が出なかった。
ここにいる使用人には、分からないかもしれない。
だが、シエルとレイモンドが気づかないわけがなかった。
「お久しぶりです」
城門前で彼のことを出迎えたシエルは、作法通り、最上級の礼を尽くして腰を屈めた。
この人物と比べたら、シエルが格下になる。
この男こそ……。
「五年ぶりになりましょうか。ラグナス国王陛下」
挨拶にも、語気が強くなってしまった。
ラグナス王国の若き国王、アルフェイド=サイ=ラグナス。
通訳を介して、シエルは話したにも関わらず、彼はユリエットの公用語で流暢に話しかけてきた。
「すまないことをした。自ら行くと手紙に書いたら、友好的にここを訪れる機会が失われてしまうのではないかと思って。少しばかり嘘を吐かせてもらったんだ。お会いできて嬉しいよ。シエル王太子殿下」
ユリエットの言語が分かるなんて……。
(……まさか、こんなことが起きようとは)
面倒なことになると思って、今回のことを王都の人間には話さないでいた。
ラグナス王国の宰相は、シエルも一目見たことがあって、父よりも年上の老人だからと、油断していたのだ。
リーゼの提案を渋々受け入れたのも、それが理由だった。
(あの老人なら、上手く騙せるのではないかと思ったんだけど)
確実に、父にも叔父にもバレる。
……というより、この男の判断如何で戦争に突入する。
シエルは、肝を冷やした。
全身硬直状態のシエルに、アルフェイドは朗らかに握手を求めてきた。
恐ろしい。
(無視しても良いのだが……)
困惑と緊張のあまり、躊躇っていると……。
「俺はこんな大切な時に、安易に貴殿を殺しはしないから、安心してくれよ」
苦笑されてしまった。
ばつが悪い。
シエルは、渋々手を取った。
(出だしから、最悪だ)
格が違う。
確か、アルフェイドの年齢は二十代後半くらい。
この男の即位式には、ユリエット王国を代表して、シエルが参列していた。
その頃は、ここまで両国の関係も冷え込んではいなかったのだ。
(この男が即位してから、戦争が拡大したんだ。それで、今、こんな状態になっているのに……。どうして?)
アルフェイドは、穏やかだった。
今も機嫌良さそうに、にこにこと笑っている。
浅黒い肌に、彫りの深い顔。熱を孕んだような赤毛。
武道に長けているという評判通り、筋肉隆々としていて、ラグナス特有の紺色の長い外套を纏っている。
ラグナス王国は月を崇拝している宗教が盛んで、彼もまた銀色の三日月を象った耳飾りと、首飾りをぶら下げていた。
「今回ここを訪れたのは、政治的な理由ではない。お忍びで来ているんだ。大魔女ミゼルに誓って、おかしな真似は絶対にしない。押しかけて来て何だが貴殿もそのつもりでいて欲しい。俺は、ずっと魔女に興味があったんだ。……とはいえ、未だにミゼルは、百五十年前、我が国を追い詰めた禁忌の存在だからな。俺が即位して、国が安定するまで、なかなか、こちらに来ることが出来なかったんだ」
あっさり、とんでもないことをアルフェイドは告げた。
「陛下は、ミゼルに会いたかった……と?」
「もちろん。伝説の大魔女ミゼルだからな。直にお会いしたかったよ」
驚いた。
敵国の王のほうが、ミゼルを敬愛しているなんて……。
ユリエット王国では、ミゼルという魔女をいない存在にしようとしていた。
魔法なんて、最初からなかった。
ただ、ありもしないものを畏れていただけだったと、祖父も父も喧伝していた。
陰では、ミゼルにへりくだってたくせに。
「ミゼルが戦場に出たことに関しては、我が国にも伝わっていますが、実際どのようなことをしたのかは知りませんでした。ラグナスは彼女によって苦しめられたのに、どうして、そんな……?」
「ミゼルは強い魔女だ。尊敬しない方がおかしいだろう? 彼女には彼女なりの正義があった」
意味深なラグナスの言葉に、首を傾げていたら、彼の肩越しに見えるシエルの臣下が、深く頷いていた。
アルフェイドの近くに、怪しい人物はいないという合図だ。
(やはり、ラグナス国王の言っていることは、本当なのか)
彼は本気でミゼルのために、少人数でここまでやって来たのだ。
(もし、不審な振る舞いがあるようだったら、戦闘準備をさせている一隊を盾に、皆で逃げようと思っていたのだが……)
シエルはひきつった笑みのまま、アルフェイドをサロフィン城の中に招き入れた。
その最中にも、アルフェイドのミゼル語りはずっと続いていた。
「貴国で、ミゼルは誤解されているようだが。彼女は清廉で、嘘と虚飾が嫌いな人だった。我が国に是非来て欲しいと、極秘裏に勧誘したこともあったが、彼女は決して靡かなかった。酷い話だ。魔法の起源は、ラグナス王国なのにな」
「ん?」
待て。
それは変ではないか?
(……まさか?)
シエルは上擦った声で、アルフェイドに尋ねた。
「あの……陛下は、ミゼルと会ったことがあるのですか?」
「もちろん」
即答されてしまった。
(まずいな。これは駄目だ。ミゼルに化けるなんてこと、リーゼには、即刻やめさせないと)
ミゼルが亡くなったことを、アルフェイドは知らないのかもしれないが、リーゼが化けたところで別人であることは確実にバレる。
……しかし、リーゼの居場所がわからない。
とにかく、至急、彼女を捜すように言伝て、シエルは時間稼ぎのため、仕方なく、アルフェイドを伴い、サロフィン城を一周ぐるりと回ってみることにした。
(それにしても、殺風景な……)
庭には特別な花もない。
景観だって、ありふれている。
(この城の何をどう説明したら良いのか?)
必死に、話題を考えていると……。
高らかな鐘の音が、周辺一帯に響き渡った。
一日二回、勝手に時を報せる鐘。
これが鳴ったということは、そろそろ日が沈む。
日暮れを教えているのだ。




