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第47話 役に立ちたい

 外交上の規則はしっかり守っていたようで、武装している気配はなかったが、本当に来るのも疑わしいと、安穏と構えていた城内の人間たちの緊張感は著しく上がっていた。

 ミゼルの部屋で自分が出て行く機会を図っていたリーゼは、今更ながら不安と恐怖に押し潰されそうになっていた。


(私は、本来、臆病で小心者なのよ)


 自分で言い出したくせして、土壇場になって、誰かに縋りたくて、仕方ない。

 ……だから。

 たまたまリーゼの支度を手伝ってくれていたエレキアに思いをぶつけてしまった。


「エ、エレキアさ……ん。その……今回のこと提案したのは私なんですけど……。でも……。いざ、その時を迎えると、本当に恐くなってしまって……ですね」

「ああ、そんなことどうだって良いのよ」

 

 早速、一蹴されてしまった。

 泣きたい。


「それよりも、ラグナスの宰相って若くなかった? ほら、ユリエット語も流暢に話していて、いかにも出来る男って感じだったわね。今の貴方なら、まあまあ、いけてるから、ラグナスの宰相でも、誘惑するってどう? 私も一緒に……」


 何だ。そっちの方の興味しかないのか。

 まったく人の話を聞かない恋愛脳のエレキアは、不安がるリーゼの肩をばんばん叩いていた。


(この国、終わるんじゃないかな……)


 ……しかし。

 何かが変だ。


「えっ? 待って下さい。エレキアさん。私、殿下から、ラグナスの宰相は年配の方だと伺っていましたが?」

「嘘? 私なんかよりは年上って感じたけど、全然、枯れてはなかったわよ。むしろぎらぎらした艶っぽい感じ。男の色気がむんむんしてて、渋い感じの良い男だったわ」


 彼女の見ていたのは、ラグナス国の宰相の顔だけなのか?


(若いって、素晴らしいけど。うーん)


「ほらほら。しゃきっとしたら、どうなの? おばあちゃん。晴れ舞台なんでしょ?」

「おばあ……ちゃんって、まあ、そうなんですけど、何かはっきり言われると、心が痛いです」

「だけど、今の貴方、本当に良い感じなのよ。どうして今まで、多少なりとも、身綺麗にしなかったのか、勿体ないくらいだわ」

「過剰なくらいの温かいお言葉」

「あのねえ……。私、嘘言わないから。鏡見たら、自分でも分かるでしょう?」


 ――確かに。

 鏡の中の自分は、お洒落に敏感な使用人たちのおかげで、別人のように美しくなっていた。

 元々、ミゼルが持っていたドレスも、衣裳部屋で埃を被っていたところを数日間干して、補修をして、輝きを取り戻している。

 光沢のある生地に、銀糸の精緻な刺繍が施された漆黒のドレス。身体の線は出ないようになっているが、所々が透けていて、大人っぽい作りになっていた。 

 古めかしさを感じないのは、仕立てが良いからだろう。

 リーゼとサイズがぴったりなのが複雑な気分だ。

 自分よりも、大柄の人だと思っていたのに、魔女は意外に小柄だったらしい。

 一見、質素な装いの中にも、必ず強調すべきものを置いておいて、強烈な印象を残すように……。

 何にでも意味を持たせて、工夫をしている人だった。


『人の中身は、見た目じゃないけれど、見た目で判断するような柔い輩には、見た目から入った方が、勝ちが得やすい時もあるのさ。女の鎧は、見目の良いドレスってことだよ』


 何の勝ち負けなのか、当時はさっぱり分からなかった。

 でも、今は何となく分かるような気もする。


(そうよね。六十八歳の私が……。あのミゼルと四十年も共に過ごすことが出来た私なのよ。今更、何を怯えているのよ)


 リーゼ自身の身の上に何が起きたところで、怖いことなど何もないのだ。


「いってきます」

「よく分からないけど、頼んだわよ。諸々」

「やれるだけ、やってみますけどって……。貴方、他人事だと思ってませんか?」

「うーん。いまいち、実感ないんだけど、王太子殿下が苦しむのは見たくないわね」 


 それが嘘偽りのない、本音なのだろう。


(そうかもしれないわね……)


 反乱が度々起こっていると、シエルは言っていたが、エレキアの暢気さからすると、すぐに制圧されてきたのだろう。

 他国との戦争が百五十年間もなかったユリエット王国で、この危機感を肌で感じろという方が無理なのかもしれない。

 リーゼとて、この城の中の世界がすべてになってしまったから、いまいち現実味が乏しいのだ。

 エレキアの言い分は、もっともだ。


(私だって、そうだわ) 


 政治的なことは、正直よく分からない。

 ……けど。

 あの夜のシエルの手の温もりを、リーゼは今も覚えている。


 ……あの人の役に立ちたい。

 ただ、それだけなのだ。

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