9 ここにいる、ということ以外に何が?
ノルヴァの冒険者ギルドに帰還早々、サラを待ち受けていたのは例のごとくギルドマスターのハリー。そして昇級打診だった。
「ならんか。Aランクに」
「いやよ、無理! これ以上宿を留守にしたくないわ」
「まぁ、そうだろうけどなぁ」
ギルドホールの丸テーブルを挟んでぴしゃりと断る養女に、のらりくらりと勧める養父。
傍目には平和な義親子喧嘩に見えるかもしれない――
(昇級って……断れたんだ!!?)
ちらちらと彼らを横目に、ディエルは受付カウンターに肘を置く。
物慣れた受付嬢は提出された書類に目を通し、そつなくチェックを終えた。
「はい、ディエル・クラークスさん。ゲイル村での依頼完了ですね。お疲れ様です。こちらが報酬です。ご確認を」
「! すご。こんなに?」
ディエルは目を瞬いた。渡された袋の閉じ口をひらくと、紛うことなき金貨のきらめき。それが三枚もある。
――Cランク冒険者が単独で受けられる討伐報酬の相場は、程度の差はあれど銀貨で数十枚。支払いが金貨になるのはAランクだ。指名を受けたサラだって、ランクはBなのに。破格が過ぎる。
驚きを口笛でごまかしたディエルは、受付嬢に苦笑でたしなめられた。
「欲深い連中の夜討ちが怖ければ、あまり騒がないことですよ、クラークスさん。何しろ辺境伯様の指名依頼ですし」
「俺、たんなるサポートだったんだけど」
「正当ですよ。金額を指定されたのはサラさんですから」
「そうなんだ……」
改めて小袋の重みを実感し、ディエルは丁重に腰のポーチへとそれを入れる。
振り向くと、サラとハリーは未だに喧々囂々とやり合っていた。
ディエルは頬を緩め、ふと、ゲイル村からの帰り道、サラが話したことを思い出した。
◆◇◆
『他言は無用よ』
もう一晩休んでは? という村人たちの願いを辞し、サラは村を発った。全身ずぶ濡れのディエルの着替えを待ち、軽食も持たせてもらってからだ。
西日に目を細め、中継地点となる町に着くのは夜になるだろうとこぼしていた。
野営もできなくはないが、どうせなら地面ではなくベッドで寝たい、というサラにディエルが全面同意。
やがて緩やかな丘にのぼり、眼下に町をみとめての馬上の会話だったように思う。
――今にも沈みそうな鬱金色の光が印象的だった。
それが、彼女の整った横顔と地平を彩っていたから。
サラは、自身もあの靄に時間を奪われたひとりだと告げた。
いかにも彼女らしい、あっけらかんとした口調と声で。
『実年齢は、今年六十七。第二次ノルヴァ戦役って知ってる? そのとき、ごっそり盗られたの。鍛錬に用いた時間と、培ったスキルを。そのあとも戦う力や魔法を使うたび吸い取られて。去年、やっと宿敵を倒したのよ。偶然にもそいつはアルゼの夢に取り憑いていた。だから、正式名称は“黒靄の夢魔”』
『なん…………!? え、それ』
『だからね』
ふう、と一息ついたサラは、瞬きはじめた天頂の星を見上げたあとディエルに流し目をくれた。
『だから、私のことは過去の幻か何かだと思ったほうがいいわ。生きてるから幽霊ではないにせよ――サラ・オルタネイルなんて、本当はどこにもいない。年齢を取り戻しきれなかった以上、かつての私ですらないのよ』
――――――
(なんで、サラさんはあんなこと)
回想を経て現実の喧騒に立ち返り、ディエルは目を据わらせる。
色々。
もろもろ、言いたいことはあった。が、衝撃と感情が言葉を封じさせた。
だが、これだけは言わねばと、ふたりのテーブルに歩み寄る。
こんなとき、やたらと口の回る王子殿下がいれば一緒に言いくるめられるのに、と。
悔しげに、ほんの少し舌打ちした。
気づいたサラとハリーが、怪訝そうにディエルを見つめる。
「ディエル? どうし……」
「あのさ、俺、村を出る前に湯を使わせてもらっただろ? あそこにウィルとエリオットもいたんだよ」
「え、ええ。そうね。知ってるわ。エリオットもずぶ濡れだったものね」
気圧されたサラは、それはそれでめずらしい。
ディエルはいったん息を止め、そこから一気にまくしたてた。
「俺が剣士だから勘違いしたんだと思う。真っ先に礼を言われたよ。弟を助けてくれてありがとうって。また焼き物を作れるように頑張るって。当分は誰も普通に接してくれないだろうけど、『おれがこいつを育てる』って宣言してた。『どっから見ても弟だもん』って」
「……」
「『姿が変わっても、何も変わらない。生きててくれて良かった』って。俺も同感だよ。サラさん」
「…………そう」
「うん」
ぱち、ぱちと瞬きを繰り返すサラはひたすら同年代の美少女で、けど、中身は伝説の冒険者。
でも、そんなのはどうでもいい。
今ここに居てくれて、あれやこれやと皆に世話を焼く彼女が好きなんだと伝えたかった。
むろん、そんな度胸はないが。
「ふーーん? いい新弟子を持ったじゃねえか、サラ」
「うるさい。ハリー」
心なし、赤くなったサラにハリーがにやにやとする。それから、ほれ、と一枚の紙をテーブルの上に広げた。「似たことを言いそうな坊っちゃんから手紙だ」
「「は?」」
「ランク昇格への提案は、坊っちゃんの父上からだよ。受けりゃいいのに」
「!? あの子……? まさか、その手続きのためだけに戻ったの? 素直に??」
「らしいな」
「ばっかじゃないの……」
こちらは、らしくなく若者を罵倒するサラ。
すべすべとした頬には『信じられない』と如実に書いてある。それくらい感情が透けて見えた。
――“王家は決して恩知らずではない。必ず貴女の尽力に報いよう。現在の貴女のランクは、あくまでも一面的な戦闘力への評価と察する。これ以上推薦による昇格を認めていただけないのであれば、さらに金貨の山や爵位、宝物下賜を父にすすめる。ご一考まで”
「いやだ、脅しじゃない」
「良かったなぁ」
「良くはないでしょう」
はぁ、と嘆息して目元を覆ったサラが天井を仰ぐ。
ディエルは複雑な面持ちで腕を組んだ。
文末には追伸。
几帳面だが弾むような筆跡で、“もし、そのどれもを拒まれるのであれば、再び赤毛のコックが戻るので宜しく”とあった。
これにて4章を終わります!
お読みくださり、ありがとうございます。




