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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
4章 時喰い

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9 ここにいる、ということ以外に何が?


 ノルヴァの冒険者ギルドに帰還早々、サラを待ち受けていたのは例のごとくギルドマスターのハリー。そして昇級打診だった。


「ならんか。Aランクに」

「いやよ、無理! これ以上宿を留守にしたくないわ」

「まぁ、そうだろうけどなぁ」


 ギルドホールの丸テーブルを挟んでぴしゃりと断る養女に、のらりくらりと勧める養父。

 傍目には平和な義親子(おやこ)喧嘩に見えるかもしれない――






(昇級って……断れたんだ!!?)


 ちらちらと彼らを横目に、ディエルは受付カウンターに肘を置く。

 物慣れた受付嬢は提出された書類に目を通し、そつなくチェックを終えた。


「はい、ディエル・クラークスさん。ゲイル村での依頼(クエスト)完了ですね。お疲れ様です。こちらが報酬です。ご確認を」

「! すご。こんなに?」


 ディエルは目を瞬いた。渡された袋の閉じ口をひらくと、紛うことなき金貨のきらめき。それが三枚もある。


 ――Cランク冒険者が単独(ソロ)で受けられる討伐報酬の相場は、程度の差はあれど銀貨で数十枚。支払いが金貨になるのはAランクだ。指名を受けたサラだって、ランクはBなのに。破格が過ぎる。


 驚きを口笛でごまかしたディエルは、受付嬢に苦笑でたしなめられた。


「欲深い連中の夜討ちが怖ければ、あまり騒がないことですよ、クラークスさん。何しろ辺境伯様の指名依頼ですし」

「俺、たんなるサポートだったんだけど」

「正当ですよ。金額を指定されたのはサラさんですから」

「そうなんだ……」


 改めて小袋の重みを実感し、ディエルは丁重に腰のポーチへとそれを入れる。

 振り向くと、サラとハリーは未だに喧々囂々(けんけんごうごう)とやり合っていた。


 ディエルは頬を緩め、ふと、ゲイル村からの帰り道、サラが話したことを思い出した。




   ◆◇◆




『他言は無用よ』


 もう一晩休んでは? という村人たちの願いを辞し、サラは村を発った。全身ずぶ濡れのディエルの着替えを待ち、軽食も持たせてもらってからだ。


 西日に目を細め、中継地点となる町に着くのは夜になるだろうとこぼしていた。

 野営もできなくはないが、どうせなら地面ではなくベッドで寝たい、というサラにディエルが全面同意。


 やがて緩やかな丘にのぼり、眼下に町をみとめての馬上の会話だったように思う。


 ――今にも沈みそうな鬱金(うこん)色の光が印象的だった。

 それが、彼女の整った横顔と地平を彩っていたから。


 サラは、自身もあの(もや)に時間を奪われたひとりだと告げた。

 いかにも彼女らしい、あっけらかんとした口調と声で。


『実年齢は、今年六十七。第二次ノルヴァ戦役って知ってる? そのとき、ごっそり()られたの。鍛錬に用いた時間と、培ったスキルを。そのあとも戦う力や魔法を使うたび吸い取られて。去年、やっと宿敵を倒したのよ。偶然にもそいつはアルゼの夢に取り憑いていた。だから、正式名称は“黒靄の夢魔”』

『なん…………!? え、それ』

『だからね』


 ふう、と一息ついたサラは、瞬きはじめた天頂の星を見上げたあとディエルに流し目をくれた。


『だから、私のことは過去の幻か何かだと思ったほうがいいわ。生きてるから幽霊ではないにせよ――サラ・オルタネイルなんて、本当はどこにもいない。年齢を取り戻しきれなかった以上、かつての私ですらないのよ』





 ――――――


(なんで、サラさんはあんなこと)


 回想を経て現実の喧騒に立ち返り、ディエルは目を据わらせる。

 色々。

 もろもろ、言いたいことはあった。が、衝撃と感情が言葉を封じさせた。


 だが、これだけは言わねばと、ふたりのテーブルに歩み寄る。

 こんなとき、やたらと口の回る王子殿下がいれば一緒に言いくるめられるのに、と。

 悔しげに、ほんの少し舌打ちした。


 気づいたサラとハリーが、怪訝そうにディエルを見つめる。


「ディエル? どうし……」

「あのさ、俺、村を出る前に湯を使わせてもらっただろ? あそこにウィルとエリオットもいたんだよ」

「え、ええ。そうね。知ってるわ。エリオットもずぶ濡れだったものね」


 気圧されたサラは、それはそれでめずらしい。

 ディエルはいったん息を止め、そこから一気にまくしたてた。


「俺が剣士だから勘違いしたんだと思う。真っ先に礼を言われたよ。弟を助けてくれてありがとうって。また焼き物を作れるように頑張るって。当分は誰も普通に接してくれないだろうけど、『おれがこいつを育てる』って宣言してた。『どっから見ても弟だもん』って」

「……」

「『姿が変わっても、何も変わらない。生きててくれて良かった』って。俺も同感だよ。サラさん」

「…………そう」

「うん」


 ぱち、ぱちと瞬きを繰り返すサラはひたすら同年代の美少女で、けど、中身は伝説の冒険者。


 でも、そんなのはどうでもいい。

 今ここに居てくれて、あれやこれやと皆に世話を焼く彼女が好きなんだと伝えたかった。


 むろん、そんな度胸はないが。


「ふーーん? いい新弟子を持ったじゃねえか、サラ」

「うるさい。ハリー」


 心なし、赤くなったサラにハリーがにやにやとする。それから、ほれ、と一枚の紙をテーブルの上に広げた。「似たことを言いそうな坊っちゃんから手紙だ」


「「は?」」

「ランク昇格への提案は、坊っちゃんの父上からだよ。受けりゃいいのに」

「!? あの子……? まさか、その手続きのためだけに戻ったの? 素直に??」

「らしいな」

「ばっかじゃないの……」


 こちらは、らしくなく若者を罵倒するサラ。

 すべすべとした頬には『信じられない』と如実に書いてある。それくらい感情が透けて見えた。



 ――“王家は決して恩知らずではない。必ず貴女の尽力に報いよう。現在の貴女のランクは、あくまでも一面的な戦闘力への評価と察する。これ以上推薦による昇格を認めていただけないのであれば、さらに金貨の山や爵位、宝物下賜を父にすすめる。ご一考まで”



「いやだ、脅しじゃない」

「良かったなぁ」

「良くはないでしょう」


 はぁ、と嘆息して目元を覆ったサラが天井を仰ぐ。

 ディエルは複雑な面持ちで腕を組んだ。



 文末には追伸。


 几帳面だが弾むような筆跡で、“もし、そのどれもを拒まれるのであれば、再び赤毛のコックが戻るので宜しく”とあった。




これにて4章を終わります!

お読みくださり、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
4章完結おめでとうございます。 遅くなりましたが、感想欄に伺いました。 生きてきた時間のすべてを奪われたら……存在がなくなってしまいますよね。 エリオット、どうなっちゃうのかと思ったので、サラの活躍…
4章完結おめでとうございます! 5章も楽しみにしております♪
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