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5-1話 面倒事は大体来てほしくないタイミングで来る


 アルスマグナ学園にある多数のクラスの内の一つ、少ない人数ながら少数精鋭であり学園からも期待されるそのクラスの新入生達に、今小さな危機と呼べる程度の試練が訪れた。

 命がかかわるわけではないが、真剣にしなければ大事になる。

 その程度の試練。

 と言っても、その試練は既に起きる事が決まっていた事であり、むしろ予定よりも少し遅い位だった。

 その試練の名前は、月課題。

 より正しく言えば、三度目の月課題である。


 この学園に訪れる者の大半は三か月で卒業を迎える。

 それは三か月学べば十分生きていける知識が身に付くという事もあり、また道具類や食費、滞在費、学費の無料期間が過ぎるという理由もある。

 だが、一番の理由はもっと根本的な物だった。


 この程度も出来ないならば、学園に滞在するに相応しくない。

 そう言った意味も込めて卒業という名目で余分を追い出すのが、この三か月目の月課題の本当の意味である。

 逆に言えば、この三か月目の課題を乗り切った時こそ本当の意味でこの学園の生徒であるとも言えた。


 テオとクコを中心にして対策会議を行い、普段連絡を取らないダルクとすらパーティーは組めなくとも共に協力する手筈を取った。

 事前にどの様な内容の課題なのか過去の話から十中八九ダンジョンアタックとなるだろうという推測も立てた。

 プランはムーンクラウン商会にも相談し必需品人数分の手筈も整え、同時にこの前壊れた盾も修理に出し代わりの盾を盾部から貰った。


 準備はこれでもかという位に済ませ、後は新入生しか待機していないクラスに担任が訪れ詳しい条件が説明されるのを待つだけである。


 かちっかちっと時計の音だけが流れる。

 当然の話だが、皆緊張していない訳がない。

 あのヴェインハットですら緊張を隠しきれていなかった。

 この中で緊張していないのはいつも通りすやすやと眠っているミグ位である。


 プランには学園に滞在する理由が――しなければならない理由がある。

 力を得て助けたいもの皆を助けるという理由だ。

 そして理由があるのは何もプランだけではない。

 サリスにも、エージュにも学園に滞在する理由がある。

 それが何なのかプランは知らないが、生半可な気持ちではないという事を理解していた。

 他の人皆もそうだ。


 テオも、エージュも、適当ではあるがミグもそうだし、ダルクも緊張をする程度には残りたいと思っているらしい。


 クコに至っては恐らく誰よりも、それこそ護るものの為に残り続け強くなろうとしているプランに匹敵するほど強い意思を持っている。

 一度折れたからこそ、クコの冒険者になるという願いは強く輝いていた。


 皆それそれが無言だが、それでも誰かの緊張が伝染しあい息苦しくなる様な空気が伝わり続けるという中――ついにその人物は姿を見せた。

 このクラスの担任であるグライブル・ラスカディが……。


「……あー。うん……。新入り全員……揃っているよな……うん。そうだな。俺が呼んだんだし当然だよな」

 好き放題席を動かし好き放題にしている新入生達を見て、指で生徒の数を数えながらそう呟いた。

「何かあいつ……やけに歯切れが悪いし変な様子だな」

 サリスは怪訝な顔で隣にいるプランに聞こえる様そう呟いた。

「うん。そうだね。しかも……何だかとてもめんどくさそう」

「徹夜で酒でも飲んでたかね」

「んー。どっちかと言うと……何だか、とても面倒な仕事に出会って逃げたいけど逃げられない様な表情に見えるかな」

「……あぁ。外の気配はその面倒事か……」

 サリスは教室の外を見ながらぽつりとそう呟いた。

「ん? 誰かいるの?」

 そうプランが尋ねた瞬間、グライブルはわざとらしく咳払いをして注目を集めた。


「えー。新入生にだけ集まって貰った事によりわかると思うが、三か月目の月課題についての発表……なのだが、その前に伝えないといけない事がある」

 そう言ってグライブルは溜息を吐いた。


「あー。これは先生の独り言でーす。先生は金とかコネとかに特別弱い事は周知の事実だと思いまーす」

「ええ。羞恥の事実ですわね」

 エージュが苦笑いを浮かべながらそう呟いた。

「おう。だからな。繰り返すが先生は権力とかにもめっぽう弱いです。つまり……すまん。そして頑張れ」

 そう言ってグライブルは何とも言えない味わい深い表情を浮かべた。


 それは罪悪感にも近いが罪悪感とは違い、落胆にも見えるが諦めたわけでもない。

 絶望というほどに深くはないが、決して幸福な感情ではない。

 感情が入り交じり泥の様に混ぜ込まれているが、その感情を一言とするならば……こうなるだろう。


 同情と……。


 しかも、その同情は何故か自分に向けられている様な……プランはそんな錯覚に陥った。


「はいというわけで独り言終わりで皆さんに大切なお話がありまーす。今日からこのクラスに皆さんと共に学ぶ生徒が入ってきまーす」

 その言葉に新入生一同……ミグ以外の新入生一同はざわめきを覚えた。

「それって俺達の後輩が入るって事か?」

 サリスがそう尋ねると、グライブルは首を横に振った。

「違いまーす。皆さんと共に学ぶ三か月目として、つまり共に三か月目試験に臨むお友達という事になりまーす」

「……先生。それって他のクラスで二か月ほど滞在したという事ですか?」

 クコがそう尋ねると、グライブルは再度首を横に振った。

「いいえー。入学したのは昨日ですけど三か月目という扱いになりまーす。所謂特別扱いという奴ですねー」

 そこまでグライブルが言葉にしてから、ようやくプランは理解した。


 ――まぁた厄介(いつもの)事か……。

 悲しみ五割に緊張四割、そしてほんの少しの期待をプランは胸に秘めた。





 その人物は非常に堂々とした様子で教室に入って来た。

 男性は常に胸を張り、自慢げな笑みを浮かべ、緊張など微塵も見せない。

 その威風堂々たる姿は正しく貴族的な礼儀であり、一般市民にとっては少々嫌味に見えてもおかしくない程に驕った態度でもあった。


 その人物は着ている物は恐ろしく豪華であり、金糸を含んだその衣服はこの教室全員の服の値段よりも遥かに高いだろう。

 プランには礼服の様に見えるのだが、恐らくこの人物にとってはこの服は礼服などではなくただの私服なのだろう。

 そしてその人物の後ろには当然の様にお付きの人間が付いていた。


 メイド服を着て剣を腰に携えた二十台前半位の小柄な女性と、執事服に似た衣服を着た二十台後半から三十代位の得体に恵まれた大柄な男性。


 二人共非常に個性的であり、興味を引く部分が多い。

 だがそれ以上に気になる部分が一つ……。

 それは主人らしき先頭の貴族らしき男性にはあった。

 その男性は……どこからどう見ても少年の様にしか見えない。

 プランの様に幼く見えるというわけではなく、どこからどう見ても純粋に幼いのだ。

 おそらくだが、十二、三歳位なのだろう。


 高貴なる少年とそれに従う二人の従者。

 彼らは自分達がこの世界の主であるかのように不敵な笑みを浮かべ、プラン達新入生の方を見た。


「余は公爵家ロスカルの長男であるマルクドゥール・ロスカルである。共に学ぶ間位は余に対しての無礼を許そう。故に余をマルクと呼ぶ名誉を与える。よろしく頼むぞ皆の者」

 そう言って少年マルクは腕を振るってマントを翻し、優雅な姿勢のまま従者の用意した椅子に座った。


「あー、ちなみにだが、ロスカル家というのは由緒正しき公爵家であると同時にヴァルハーレ一族、つまり王族とも親戚関係に当たるお家柄だ」

 グライブルは追加で説明するようにそう言葉にした。

「お主その様な本当の事を申すな。彼らがロスカルの栄光に委縮してしまうではないか」

 そう言ってマルクは高笑いを上げた。


 賑やかな主と異なり、従者の二人は目を閉じ主人からの命令が来るのを静かに待っていた。


 プランはきょろきょろと自らの周りにいる人達を見た。

 エージュは困惑と緊張の色を見せていた。

 貴族であるだけでなく、爵位が上であり最高峰に位置する公爵である為だろう。


 逆にサリスは嫌悪と怒りの色を見せている。

 元々貴族らしい事が苦手なのもあるが、単純に馬が合わないのだろう。

 ミグは……安心のミグらしくいつも通り寝ていた。


 ただ、他の誰を見ても彼ら三人を好意的に捉えている様な人はこのクラスにはいなかった。


 プランは自分にとってあまり好ましくない厄介事の予感を強く感じ……そして、その理由を唐突に理解した。

「……あぁ……そうか。そう言う事か……」

「どしたプラン? やるか?」

 サリスはプランの独り言に反応しそう言葉にした。

「何をするのよ。何もしないわよ。ただね……うん。マルク君……マルク様はウチが面倒見る事になりそうだなと思って」

 グライブルの同情の理由は恐らくこれだろう。

 プランはそっと溜息を吐いた。

「は? どうしてだ?」

「サリス。貴方のお家はどんな場所?」

「あん? ここから遠い場所で……えっと」

「いやそうじゃなくて、爵位的な意味で」

「伯爵だな。それがどうした?」

「エージュは?」

「同じく伯爵だな。あっちはガチで真面目で評判良く、こっちは不真面目な馬鹿の所為で苦労しているから同じ爵位でも全然違うけどな」

「それはまあ置いといて。現在うちのパーティーは三人中爵位持ちのお家から生まれた人が二人います。そしてクラスメイトは他にそういうお家柄は人はいません」

「……つまり……」

 言いたい事が理解出来たサリスは顔を顰めた。

「はい。三か月課題は十中八九、同様の貴族である私達がマルク様とパーティーを組む事になるでしょう。うん……だから先生は私に同情した様な瞳を向けてたんだね」

 プランは困った顔でそう呟いた。


 お偉いさんで、しかも少年。

 そんな彼らを連れて危険地帯に向かう。

 そう考えるとそれは、まごう事なき厄介事である。


「まじかよ……」

 サリスはそう呟く事しか出来なかった。


「余は将来偉大なる公爵家を継ぐ者として、そして栄光をより高め我がロスカル家を大公家とする為この学び舎を訪れた。学びに来たというよりも、箔を付けに来たという方が正しいがね。故に安心せよ。多少歯ごたえのある冒険が待ち構えようとも、諸君らには余が付いておる」

 そう言ってマルクは剣を抜き、天にかざした。

 その堂々たる姿と立ち振る舞い、そして恐ろしく美しい剣を持つ姿は非常に様になっている。


 だが……それでも、マルクが強い様に見える者は一人もいなかった。


 確かにマルクの動きは美しいと感じる程に洗練されており、たった一瞬の動きでもわかるほど剣技は冴え渡っている。

 そして武器も恐ろしいほどの業物であり、場合によっては魔剣である可能性が高く、例えそうでなくても何等かの魔法が込められていると考えて間違いないだろう。

 だが、それでも……小さな背丈に短い腕である事が大きなマイナス点となっていた。

 その練度を見れば同世代であるなら誰にも負けないだろう。

 そう思える程には確かに強そうなのだが、それは典型的なお座敷剣法での強さでしかなく、しかもその細身の体では体力が溢れているとはとても考えられない。

 回りがおべっか塗れである為助長したのだろうという事は想像に難しくなかった。




「プラン……。すまないが……」

 グライブルがプランに近寄り、申し訳なさそうにそう言葉にした。

「はい。わかっています。マルク様のパーティーに加入すれば良いんですね?」

 グライブルが考えるのは貴族同士のパーティーである為、目的はサリスとエージュである。

 だからプランは関係ないと言えなくもないのだが、二人と組んでいる自分が無関係であるという発想などプランにはない。

 いや、それどころか一番重要なのは自分であるとさえプランは思っていた。

 エージュも爆発する可能性がある為心配だが、それ以上にサリスが不味い。

 マルクという存在が自己紹介通りの人間だとすれば、サリスとは水と油という言葉すら足りない位に相性が悪いと言わざるを得なかった。


「いやプラン。それもなんだが……実はそれだけじゃないんだ」

 グライブルは言い辛そうにしながらそう呟いた。

「へ?」

「この前厄介な依頼受けただろ? それがらみの事でお前に呼び出しがかかった」

「んん? 難しい事はシュウさ――シュウ町長が行う事になっているはずですが……」

「いや。報酬絡みの話……だけじゃないんだろうなぁ……。とにかく、お前直々にお呼び出しが来たぞ」

「へー。それで、どこに行けば良いですか?」

「王城」

「……はい?」

 グライブルの顔は同情一色に染まっていた。

「ちなみに、お前を呼び出したのはアルストロメリア・コンラート・ヴァルハーレ第一王妃だ……すまん……」

 何に対して謝罪しているのか自分すらわからず、グライブルはそう言葉にした。


 プランは少しだけ胃が痛くなった。

 そしてほんの少しだけ、大昔無茶ぶりをし続け胃にダメージを与え続けた腹黒狸に対し今更ながら罪悪感を覚えた。


ありがとうございました。

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