5-2話 考えすぎと悩みすぎのお茶会(前編)
それの目前まで移動したプランはそのとんでもなさにただただ圧倒される事しか出来なかった。
――世の中には……こーんな巨大な建物があるのか……というか作る事が出来るのかー。
プランが見上げながらそんな事を思う位には王城は大きかった。
白のレンガ模様を基準にしたおとなしめの色合いとなっている城だが装飾と細工はとにかく激しい。
着飾った女性の様に美しくもあり同時に歴戦の戦士の様に雄々しくも感じる素晴らしい装飾ではあるのだが、あまりに素晴らしすぎて激しいという言葉が先に出る位だ。
とは言え、その所為で品がなく見栄えが悪かったり厭らしいという事は決してない。
その巨大な王城を一言で表すならば、豪華絢爛。
二言で表すならば、理想のお城。
そんな城だった。
「……はえー」
他に言葉が出てこず、茫然とした様子でプランはそう呟いた。
そんな御登りさん全開スタイルではあるのだが、城の周囲では同じ様にしている人やわざわざ観光に来ている人も時々いる為この城が凄まじいと感じるのは田舎者の自分だけではないようだ
「……凄いなぁ。ささ、こんな凄い物を見学してさあ帰ろう! って出来たら良いんだけどなぁ……」
そう呟いてからプランは城の正面にある入り口に向かう為の巨大な跳ね橋の方に移動した。
「……すいませーん!」
そう大きな声でプランが声をかけると背筋がきっちりと伸びた兵士が一人かけつけ、直立不動でプランの前に立った。
「はっ! どの様な御用でしょうか?」
「えっと……プランと言いますが……その……お呼び出し? の様なものを」
プランが名前を答えると兵士は頷いた。
「存じております。どうぞそのままお進み下さい」
そう言って兵士はすっと脇にどけ大きな跳ね橋の方に腕を向けた。
「あ、わかりました。……一人で行って良いんです? 用心の為に誰かが付くとか……」
「大丈夫です。必要ありませんから」
そう言ってにっこりと微笑む兵士を見て、プランは困った笑顔を浮かべながら頷き跳ね橋の方に足を運んだ。
――この特別扱いは……嫌な予感しかしにゃい……。
そう思わずにはいられなかった。
「えと……今の時間はーっと……」
跳ね橋を渡った後プランはきょろきょろと周りを探る。
目的の物はすぐに見つかった。
二メートル位の小さな時計塔。
剣の模様が刻まれた戦う王国に相応しい雄々しくも美しい時計塔。
銀色の輝きを放ち宝石を纏ったその時計塔の金の針は十時を指示していた。
約束の時間には少しだけ早いが、遅れるよりは良いだろう。
そうプランは考えた。
プランはまるで異世界に来たような錯覚に緊張と怯えを覚え、時計塔の前で無言、無表情となった。
兵士に道を尋ね、城の中に入り、紅い絨毯を出来るだけ汚さない様につま先立ちになり、おそるおそる進み目的の部屋前の方に移動する。
そしておそらく客間であろうその扉の前に立ち、プランは少しだけ困った顔をした。
ひどく場違いな自分がこのまま奥に行って良いのだろうか。
そう考えたからだ。
一応、最低限失礼のない程度の女性らしい恰好はしてきた。
桃に近い淡い色のドレス風の服装。
上下一体で安かったからとりあえず買った服であり、そして現在プランが持っている数少ない動きやすさを考慮していない服装である。
ただ……それでもここだと場違い感が酷かった。
「おや。どうかしましたか?」
ドアノブに手をかけたまま固まるプランを見て兵士の一人がそう尋ねて来た。
「いえ。入って良いのかなと……」
「もちろんです。ささ、もうお待ちになっていますよ」
「……今更の質問なんだけど……私に見張りとか付けなくて良いの? 家柄もわからない私が王城のこんな奥に入って良いの?」
プランはおそるおそるそう尋ねた。
この周辺どころか王城の中には自分を除けば庶民らしき人は一人すら見る事はなく、忙しそうに駆け回る文官らしき人物と、雄々しく優雅に歩く武官らしき人物。
それに加えて集団で行動する兵士とメイド位しか城では出会わなかった。
「もちろんですよプラン様。そして見張りですが……必要ありませんよ。メリア王妃様ですから」
そう言ってにっこりと兵士は微笑んだ。
それは王妃様のお客様に見張りを立てるのは失礼と言う意味なのか、それとも……。
そう尋ねたい気持ちをぐっと堪え、プランは兵士に曖昧な笑みを浮かべた後意を決しドアを叩いた後、ドアノブを捻った。
「いらっしゃいプランちゃん」
たった一人でその部屋の中に待機していたその人物は、にっこりと微笑みながらプランを招き入れた。
プランは過去、一度だけその人物を見た事がある。
正門前でアルス国王を見送っていた時に話しかけて来た綺麗な人。
アルストロメリア・コンラート・ヴァルハーレ。
第一王妃にしてアルス国王唯一の后である。
「えと……お久しぶりでございます王妃様」
「前みたいにメリアで良いわよプランちゃん」
そう言ってメリア王妃はニコニコと微笑んだ。
「ではメリア様。お久しぶりです」
「ええ。三か月ぶり位かしら。とりあえず座って」
そう言った後王妃は対面のソファーの前にクッキーの入ったカゴを置く。
その席にプランはそっと静かに腰を下ろした。
「さて、さっそくだけど……銘柄で嫌いな物は何かあるかしら?」
メリア王妃はニコニコ顔のままプランにそう尋ねた。
「いえ、特にありませんし……銘柄とか気にした事もない程度の人間ですので」
「あらそうなの。だったら今日は私の好きな茶葉を用意するから付き合ってくれるかしら」
「喜んで」
プランは微笑みそう答えたのを見てから、メリア王妃はそっと立ち上がった。
「え? 王妃様自らで?」
「あら? これでも国王様にも美味しいって言ってもらう位の腕はあるわよ?」
そう言っていたずらっ子の様な表情で王妃は微笑んだ。
「いえ。そうではなくて恐れ多くて……」
「良いのよ。庶民派王妃目指してるから」
「は、はぁ……。それと、一つ尋ねて良いでしょうか?」
その言葉に王妃は立ち止まり、嬉しそうにしながらプランににじり寄って大きく首を縦に動かした。
「ええ、ええ。何でも聞いて頂戴!」
「で、では……。失礼かもしれませんが、このお部屋は王妃様の趣味でしょうか?」
プランは周囲の真っ白いフリフリのレースに塗れた乙女チック全開の様子を見ながらそう言葉を零した。
金時計を含めた豪華な調度品がもろもろ置かれているが、その全てが負ける位にはこの部屋はフリフリのレースに汚染されていた。
全部手作業のこれは一体幾ら位するのか、プランは考えたくもなかった。
「……女の子を招くお部屋なら可愛くしなきゃ! って思ったらちょっとやりすぎちゃった。でも可愛いでしょ?」
メリア王妃は大きな胸を張り、やけに自慢げな態度でそう言い切った。
「どう、美味しい?」
メリアの言葉にプランは紅茶を片手に頷いた。
「はい。茶葉とか良くわかりませんが、穏やかな香りに感じます」
紅茶というよりもハーブティーに近いそれは春の息吹の様であり、緊張して強張っていた心がじわりじわりと解きほぐされるようだった。
「ふふ。それは良かったわ。とりあえず、紅茶とクッキーを楽しみながらで良いからお話しましょう」
その言葉にプランは頷いた。
「そうねぇ……何を話しましょうか……。ああ、良い話題があったわね。プランちゃん。新聞とか読む方?」
手をパンと叩いた後、メリア王妃はプランにそう尋ねた。
「すいません。全く読みません」
「良いのよ謝らなくて。じゃあ、『二人の怪盗』って知らないかな」
「はい。聞いた事もないですね。新聞という事は最近の事ですか?」
「ええ。最近どころかまだ捕まっていないから現在進行形の話よ」
そう言葉にした後、メリア王妃は二人の怪盗について説明を始めた。
その二人の怪盗は王都内のあらゆる新聞が取り上げる程度には社会現象になっていた。
窃盗の為に侵入し目的の物を盗んでは逃げていく泥棒。
当然の話だが、ただの泥棒では有名になる事なんてあるわけがない。
その二人は泥棒ではなく、怪盗と呼ばれるだけの理由を幾つも持っていた。
誰一人殺していない事。
盗む対象は金持ちでかつ警備の厳しい場所のみである事。
にもかかわらず必ず盗む事に成功している事。
そして、盗まれた人物は大体後ろ暗い事があるような人物だった事。
最後に、兵士、武官相手であっても捕まる事なく、現時点で正体すら判明していない事。
これらの情報により、二人の怪盗は義賊、民の味方、悪しき者への裁きを与える者として王都でちょっとした有名人となっていた。
「ちなみにこの二人はコンビというわけではなくそれぞれ単独で行動してるわ。だからか知らないけどターゲットも微妙に違うの」
「へー。役割分担ですかね?」
「新聞の方では偶然同時期に発生した同じ様な怪盗だっていう話になってるわね」
「ほほー。まるで本物の義賊みたいですね」
そう楽しそうに言葉にすると、メリア王妃は困った顔で頷いた。
「そうなのよ。だから問題でねぇ」
そう言って小さく溜息を吐いた。
ノスガルド王国は正義という言葉、正しい行いを国の屋台骨として掲げている。
だからこそ、今回の怪盗は非常に面倒であると言えた。
被害にあった人物は全員後ろ暗い部分持っていた。
そして逆に怪盗はその人物を除くと誰にも被害を与えていない。
強いて言えば追い掛けて来た兵士と武官位だろう。
最後に、怪盗二人共金銭が目的ではないらしく、ターゲットの被害にあった人物への補填に盗んだ金の大半を還元している。
それ以外にも、通行の邪魔をした等ちょっとした邪魔程度でも賠償としてしっかり金をバラまいていた。
ただでさえ悪人に罰を与えてくれる上に自分達には金をバラまく。
市民達からの評判が悪くなるわけがなかった。
それは正義を掲げている国として考えるなら、本腰を入れて捕縛に乗り出す事が難しいと言わざるを得ない状況としか言いようがなかった。
「捕まえたいけど……これ場合によっては兵士に協力者がいてもおかしくなくてね。……困ったものよ。プランちゃんはどう思う? やっぱり良い事しているし捕まえない方が良いと思う?」
メリアがそう尋ねるとプランは首を横に振った。
「いえ。捕まえられるなら捕まえるべきだと思います。人の気持ちで見れば確かに悪い事してませんが、法律で見ると泥棒さんですし。法律を蔑ろにするのはあまりよろしくないと。ああでも、罪は軽くして欲しいかなって言う気持ちはありますね。」
そう答えるプランにメリア王妃は少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「……ごめんなさい。思ったよりも真面目な答えに驚いちゃった」
「その一言で、私がどんな印象だったかわかりますね。そしてその印象は残念な事に間違っていません」
そうプランが返すとメリア王妃はきょとんとした顔をし、その後二人はくすくすとお互い笑いあった。
「あら。失礼。お客様に対してのマナーがなっていなかったわね」
メリア王妃はプランの空いたカップに紅茶を注いだ。
「さて、喉を潤してもらいながらで良いから次はプランちゃんの事を教えてくれるかしら? アルスマグナ冒険者学園生活はどう?」
メリアはニコニコしながらそう言葉にした。
「えっと……大して面白くないかと思いますけど……良いですか?」
「あら? プランちゃんは学園生活や友達と過ごすのが楽しくない?」
その言葉にプランは少しだけ驚き、そして微笑を浮かべた。
「……訂正します。少々以上に変な人ばかりで愉快な話になるけれど良いですか?」
その言葉に、メリア王妃は微笑んだ。
「是非聞かせて頂戴」
そう言われ、プランは楽しい事を選りすぐり学園生活の話をした。
ガサツではあるが気遣いが出来る竹を割った様な性格のサリス。
貴族としてあるべき姿を求める馬が好きなエージュ。
いつも寝ていて甘えてくるミグ。
凡人普通と言葉にするが何でも器用にこなせる努力家のテオ。
変という言葉以外似合わないがいざと言う時は何故か頼りになるヴェインハット。
冒険者に対しての憧れが誰よりも強いクコ。
そんな友達達に名前が恥ずかしい事を気にしている先輩や吟遊詩人兼用の先輩、死んだ魚の様な目の担任と共に学園生活を楽しんでいるとプランは伝えた。
「……バーナードブルー伯爵家と言えば私達の方でも有名ね」
メリア王妃はそう言葉にした。
「エージュのお家ってそうなんですか?」
「ええ」
「どうして有名なんです?」
「んー。そちらにいるご息女もたぶんそうだけど、とても真面目で人の為に前に立つ性格してるでしょ?」
「はい。もうそれは間違いなく。困っている人がいたら助けるだけでなく激励して強引に立ち上がらせ、同時に自分はその倍苦労を背負う様な感じですね」
「ええ。そして一族皆そんな感じのなの。そりゃ有名になると思わない?」
「……思いますね」
幾ら真面目で正義の為というお題目のある国として考えても、普通そこまで真面目というわけではないだろう。
プランは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「でしょ? ……ああ、そう言えば美味しいお菓子があるの忘れてたわ。パイ生地が美味しいんだけど明日になると油が回っちゃうし……。食べるの手伝ってくれないかしら? 何なら持って帰ってくれても良いわよ」
「ありがとうございます。是非是非」
そう言ってプランはにっこりと微笑むと、メリア王妃はぺこりと会釈をし、そのお菓子を取りに行った。
メリア王妃が件のお菓子を取りに離れてから、プランは笑顔のまま……人知れずそっと冷や汗を掻いた。
プランは貴族的な行動が得意なわけではない。
むしろ苦手な部類である。
敬語は当然苦手であり、礼儀作法は覚えるのが苦手。
テーブルマナーは悪くはないが一般の人よりマシ程度。
そして当然、顔色隠して遠まわしな貴族的会話、要するにお互いの探り合いというものはとことん苦手な部類である。
強いて言えば小市民的な交渉、値引き、値上げ交渉なら何とかなるが、所詮その程度であり、腹芸などと言う行動はとる事すら出来ない。
そう言った裏側、貴族同士の戦いであるならプランの武器は一つだけ……。
他人の感情、気持ちを読み取る力位である。
そして、そんな力の所為でプランはわかってしまった。
メリア王妃は、プランに対して決して好ましい感情を持っているわけではないと――。
それがどんな感情なのかはわからない。
嫌悪や憎しみといった恨みの感情というわけではなく、また同時に好意的な感情も感じている。
あの笑顔でした会話が全て嘘であるという事はないはずだし、プランはそう信じたい。
だが、メリア王妃がプランに見る根本的な感情はマイナス面である事だけは、残念ながら間違いではなかった。
悪い意味での貴族との語らいというプランにとって最も苦手な部類の交渉が待ち受けている事に気づき、プランは笑顔を張りつかせたまま頭の中で混乱と困惑の極地に至り、てんやわんやとまるで踊り狂っている様な気持ちになっていた。
ありがとうございました。




