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4-9話 餌


 学園地下施設にて、がたいの良い男が堂々とした動作で、道の真ん中を歩いていた。

 屑と屑がひしめき合う地下においては暗黙のルールが幾つも存在する。

 その一つが、決して一人で行動しない事。

 深い理由はない。

 ただ単純に、一人でいると誰かに殺されるからだ。

 誰かが狙っているとかそういう話ではなく、単独行動を取れば誰もがその人物を狙う。

 一人でいるという事は獲物であると自分をアピールしている様なものだった。


 だが、その男は堂々と一人で行動し、それどころか集団を組んでいる団体の方が男に道を譲っている始末だった。

 男は学園を自分の庭の様に悠々と、そして堂々と歩いていた。

 不敵な笑みを浮かべながら――。


 男の名前はダグダラズ。

 学園地下にいるべき特級の屑であり、そして最低の無法者である。


 この地下施設でダグダラズにはとある呼ばれ方があった。


『仲間殺しのダグ』


 学園地下にての臨時パーティーでダグダラズと組んだ者は、少なくとも五割の確率で帰ってこない。

 それはつまり、ダグダラズのパーティーは安全な依頼であっても死亡率五割を超えるという事だ。

 幾ら学園地下が魔境であると言っても、あまりに高すぎる確率だと言って良いだろう。

 そして戻って来たダグダラズは毎度はぶりが良さそうだった。


 ダグダラズが何を行っているのか、考えるまでもない。

 だが、それを学園が窘める事はない。


 ダグダラズという男はこの学園地下において、いや学園において最大のルールを深く理解していた。


『力ある者は好き勝手やっても良い』


 実際、ダグダラズが臨時パーティーを募集するとかなり高い確率でダグダラズを知らない者と組める。

 それは学園側が手を貸していると考えて間違いないだろう。


 だからこそ、ダグダラズは己の力を信じ、自分の思うがまま好き放題生きて来た。

 地下施設であっても、力と金、そして権力さえあれば何でも出来る。

 酒、飯、女。

 全てが思うままだった。


 だからこそ、ダグダラズはもう何年も、自分の意思で地下施設に残り続けていた。

 普通の屑にとっては地獄としか言えないこの環境でも、ダグダラズにとってはまさしく至上の楽園であった。




 ――トレーニングとか、鍛えるとか、馬鹿な奴らだ。

 ダグダラズはトレーニングルームでストイックに体を鍛えている周囲の屑を見て、そう思った。

 それをどうしてもやりたいから行うのであれば、ダグダラズは納得出来る。

 だが、ここにいる奴のほとんどはそんな真面目な奴じゃあなく、目的の為に苦労しているに過ぎない。


 それが間違いなのだ。


 飯が食いたいなら食う。

 酒が飲みたいなら飲む。

 女を抱きたいなら犯す。


 それだけで良い。

 やりたい事をやる。

 それこそが、強くなる最も最短の道である。

 ダグダラズはそう思っていたし、実際その様にやってここまで強くなってきた。

 だからこそ、欲望という最短で強くなる方法を無視し、力を得る為に遠回りをする周囲の人間を最高に愚かな奴らだと思い、同時に愚か過ぎてダグダラズは同情さえしていた。

 そして、今日もまた己の欲望を満たす為、そして己の糧となる餌を探す為、ダグダラズは地下の道を自由に歩き獲物を探し歩き回る。


 ダグダラズという男は、人の形をしているという点を除けば、ケダモノと区別が付かなくなっていた。




 何かわからない液体とタバコの吸い殻、明らかな刃物傷に赤い血痕。

 そんな路地裏でさえもう少しマシな様子の道で、ダグダラズはだた一人道の真ん中を歩き続ける。

 それには撒き餌の意味も兼ねていた。

 もしダグダラズの事を知らない者が見れば、たった一人偉そうに歩いているダグダラズを見れば間違いなく餌であると思うだろう。


 ダグダラズは今日冒険に出た時、情報が広まっておりパーティーの誰も殺せずイライラしている。

 その為、今ダグダラズの中にある一番大きな欲望は、殺人欲だった。


 殺人と言っても、一言では済ませられず様々な要因が絡んでくる。

 強敵と戦い最後に勝ち取るのも悪くはない。

 だが、今の気分は一方的に嬲り殺す事の方に楽しみを感じていた。


 だからどこかの雑魚が何も知らず絡んでくるのを待っていたのだが……誰一人ダグダラズに絡んでこなかった。

 その理由には二つある。

 一つは『仲間殺しのダグ』『欲望の獣ダグ』という名前がこの地下施設においてダグダラズが思っている以上に有名になったという理由。

 そしてもう一つは、ダグダラズが自分の思うよりも強くなっているという理由である。


 ダグダラズが独りで歩くその姿は、まるで虎が歩いていると錯覚する様な恐ろしささえ他者に与えている。

 ダグダラズは、自分が思う以上に獣に近づいており、そして自分が思う以上に力に溢れていた。


「何かつまんねぇな……」

 誰一人絡んでこない現状にダグダラズはそう言葉にした。

 

 ただ歩くだけで何の楽しみもない。

 気分が萎えて来る。 

 これが、ダグダラズにとって最も恐ろしい事である。

 モチベーションが下がり、欲が見えなくなる。

 欲望を解消して強くなっているダグダラズにとってそれは修行をサボっている事と同等だった。


「……ちっ。適当に女でも見つけてヤってからとっとと寝るか」

 そう言って帰ろうとした時、ダグダラズは面白い存在を見つけた。


 その細身の男はこの地下という汚い空間にもかかわらず身なりの良い恰好をしていた。

 ダグダラズが面白いと思ったのは身なりが小奇麗でそこそこ良い羽織ものをしているだけでなく、その男が独りでいる事である。

 この地下施設ではよほどの実力がない限り単独行動は死を意味する。


 にもかかわらず一人で、そして一切の強さを見せずおどおどとした様子をしている。

 それはこの地下施設に連れてこられた直後であると意味しており、同時に何の力も持たない餌である事を意味していた。


 ダグダラズは思わずニヤリと笑い、舌なめずりをした。





 ダグダラズに絡まれた男はされるがままとなり、気づけば誰もいない裏路地の様な場所に連れていかれていた。

 この地下施設にはその様な人の目が入らない様にした場所が、故意的にスラム化した場所が幾つも唯され?ている。

 そしてここはダグダラズの縄張りの為、人が入る事は滅多にない。


 そんな場所に連れてこられた男はガタガタと震え、見上げる様にして巨体だる?ダグダラズに怯えた目を送った。

 ダグダラズが欲しかったのはその目だった。


 一方的に怯えている草食獣をより怯えさせ、恐れさせ、自分の満足感の為にのみ殺す。 

 今の殺人欲を満たす為にまさに完璧な餌が見つかりダグダラズは笑いが抑えられなかった。


「あ……あの……私、お金は……もう……」

 そう言って男は怯えた様子のまま、必死に空になった財布をひっくり返して一銭もない事を示してみせた。

「ああ。ここに来る前にもう取られたのか」

「は、はい……。で、ですので私はもう何も……」

 会話が通じたからか男は安堵したかのように微笑み早口でそうまくしたてた。


 ダグダラズは男の様子をじっと見つめた。

 顔付きで見れば、歳は十代後半くらいだろうか。

 ただ、背も低いし体も欠食児童のように細い為顔立ち以上に雰囲気が幼い。

 体を鍛えている様子もなければ魔法使いの雰囲気もない。


 典型的な一般人で、そして今までダグダラズが刈り取って来た良くある鴨でしかなかった。


「そうかい。そりゃ大変だったな。んでお前さん。名前は?」

「あ、はい。コーダです」

「そうかい。覚えやすい名前で良かったわ。んでコーダ。何でこんな場所に来たんだ?」

「えっと……その……お腹が空いてて……」

「はぁ?」

「お腹が空いて……お腹が空いて……それで……こんな場所に……」

 そう言葉にするコーダの様子に嘘はなさそうである。

 だが……たかだか食い物の窃盗程度でここに来る事は本来ならありえない。

 となると考えるのは……お貴族様に目を付けられる様な状況になったのだろう。


「……なんつーか、運が悪いやっちゃなお前も」

「……本当にそう思います。どうして私ばかり」

 そういってコーダはうじうじとしだした。

「ああ。全く運が悪いな。たかが窃盗程度でここに連れてこられて、金をとられて、しかもこれから俺に殺されるんだからな」

「……ころ……え?」

 コーダはあっけにとられた顔でダグダラズを見つめた。


「選べ。腕か足。どっちを犠牲にする?」

 拳をポキポキと鳴らせ、ダグダラズは尋ねた。

「え? え?」

「せめて好きな方を選ばせてやるよ? どっちを殴られたい?」

「……あの……その……」

 そう言って困惑している最中に、ぐーと、コーダの腹が鳴った。

「ご、ごめんさい。お昼食べてなくて……」

 時間で言えば午後の六時。

 昼飯どころか夕飯時である。


「そうかそうか。そりゃ腹減るよな……。じゃあ腹だ」

 そう言って、ダグダラズは容赦なくコーダの腹をぶん殴った。

 まるで紙切れの様にふわっとした挙動で宙に浮きあがり、そのままコーダは壁に背中を叩きつけられガマガエルが潰れた様な声を出し、地面に墜落した。

「がっ! がはっ! ごほっ!?」

 自分に何が起きたのかすらわからず、コーダは蹲ってむせ、そして痛みと苦しさから胃液を吐き散らした。

「おーおー。ガチで何も食ってないんだな。液しか出てこねぇ。そりゃ腹減ってるわな」

 そう言ってダグダラズはコーダの髪を掴み、そのまま持ち上げた。

 ぶちぶちと髪の毛が切れながらコーダは痛みから体を無理やり起こされ、暴力の主であるダグダラズと対面させられた。

「好きにわめいても良いぞ。どうせ誰も来ないからな」

 そう言ってダグダラズは延々と、すぐに死なない様手を抜いてコーダを殴り続けた。


 ただ痛めつける為だけの攻撃はじわじわとコーダの体力を奪い悲鳴を上げさせる以外に目的はない。

 しかし、そのわめき声もたった二、三分しか持たず声を上げる気力もコーダには残されていなかった。


「……思ったよりも弱ってたか」

 そう思い攻撃を止めトドメを刺そうとするダグダラズの耳に、何かが聞こえた。 

 それはコーダの口からだった。


「……た……い。……か……た。お…………た。……か……いた。お腹……空いた……」

 ただただ空腹の辛さを訴えるコーダ。

 殴られる痛みよりも、疲労とダメージが重なった状態での空腹のひもじさの方がコーダには堪えていた。


 求めても得られない苦しさはいつも満たされぬ欲望を持っているダグダラズは理解出来、そして同情もしている。

 だが、それはそれとして助けるつもりは微塵も湧かず、ただダグダラズは殺したかった。

 特に意味はないのだが……それでも、とにかくこの殺意を解消したかった。


「きっと、俺は人ではなく獣なんだろうな」

 そう言って、ダグダラズは己の牙の一つである片手用ハンマーを取り出し――蹲るコーダに向け、振り下ろした。


 ごとっ。


 頭蓋骨が砕ける音の代わりに聞こえたのは、何かが落ちた音。 

 それがハンマーであるとダグダラズは少し経ってから気が付いた。

 だから落としたハンマーを拾おうとするのだが……何故かハンマーは拾えない。

 それどころか自分の体のバランスが異常なほど悪く、何かに足を滑らせダグダラズは地面に倒れた。

 受け身も取れず、顔を強打し、そしてようやくダグダラズは自分の肉体の違和感に気が付く事が出来た。


 右腕がない。


 ハンマーを掴めないのも、バランスが悪いのも、受け身が取れなかったのも、全部右腕が根元からない所為である。

 いや、右腕は最初から見えていた。

 右腕は最初から、ずっとハンマーを握りしめているのが見えている。

 ただし、その愛すべき暴力の象徴である右腕は、何故かダグダラズの体を離れていた。


 嗅いだころのある、馴染みの臭い。

 鉄臭い香りと同時に、肩の付け根に強烈な痛みが走った。


 右腕が根本から切断された事を理解した瞬間、傷口の痛みはより強くなり、更には本来ないはずの右腕の部位に幻痛が走る。

「うぐっ! 何が起きやがった……」

 とりあえずコーダが怪しいと思い離れようと後ろに下がった瞬間、コーダはタックル気味にダグダラズに迫り、そのままダグダラズを転倒させ覆いかぶさる恰好となった。

「てめぇ……猫被ってやがったな……」

 そう言ってダグダラズがコーダの顔を見て、絶句した。


 コーダは怯えた表情のまま、涎の流しうわ言の様に同じ言葉を呟いていた。

「お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いた。お腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いた……」

 そう繰り返すコーダの顔には、殺意はもちろん敵意も害意も宿っていない。

 というよりも、殺しを行っているという自覚すらなく、未だコーダの中ではただ苦しいひもじい空腹を訴えているだけである。


「おいおいまじかよ……」

 ダグダラズは生まれて初めて、本物を見た。

 自分なんて二流であると理解した。

 ダグダラズは殺そうと思って、そしてただ快楽の為だけに今まで殺しを行って来た。

 目の前の本物の殺人鬼は、長めの短刀を持ちながらも何の自覚も何の感慨もなく、空気を吸うのと同様な様子で自分を殺そうとしている。


 そしてダグダラズは後悔を人生を振り返る暇すらなく、二度と目覚めぬ闇の中に落ちていった。


ありがとうございました。

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