閑話18-1 シャルルくん、王都の上級学校に入学する
副題の「18-1」は、この閑話が第十八章 一話終了ごろという意味です。
ご注意ください。
「シャルル様、もう間もなく到着です」
「……そうか。ありがとう、ドニ」
「俺たちは中に入れません。安全だとは聞いていますが……くれぐれもお気をつけください」
「うん。ボクがいない間、しっかり鍛えておくように。卒業してからが始まりだから」
「……はい。ユージさんからもらったこの武器も、まだまだ使いこなせてませんから」
春の王都・リヴィエールを行く一台の馬車。
主従が言葉を交わしていた。
一人は赤髪の少年。
アリスの兄・シャルルである。
祖父のバスチアン侯爵に保護されて以降、貴族として生きていくことを決めた少年。
領民を守るために、盗賊やモンスターを殺し、自分たちのような不幸を生まないために。
シャルルはこれまでバスチアンの館で勉強を続けてきた。
今日、貴族となるための最初の一歩を踏み出す。
もう一人は、隻眼の狼人族。
シャルルと同郷の狼人族で、元狩人のドニである。
仕草を見ると、右腕は思うように動かないようだ。
この武器、と掲げた左腕には、手首に武器が固定されている。
短く、幅広の刀身。垂直に伸びる柄を握ると、自然と拳の先に刀身がくる。
カタール、ジャマダハル、ブンディ・ダガー。あるいは国民的RPGシリーズに登場する、ドラゴンキラーと呼ばれる武器。
左手の指のいくつかを欠いたドニにとって、普通の剣を振るうことは難しい。
そのため、突き刺すことに特化したこの奇妙な武器を使うようになっていた。
シャルルの身を守る、護衛として。
馬車は徐々にスピードを落とし、やがて止まる。
シャルルは足下に置いたトランクを手に外に出る。
「シャルル様、俺はここまでです」
「うん、ありがとうドニ。じゃあ行ってくる」
「はい。お帰りをお待ちしています」
ドニに見送られて、少年は踵を返す。
目の前には門があった。
王都・リヴィエールにある上級学校。
12才から15才までの貴族の子弟と貴族の家臣たちの子、そして成績優秀な平民が通う学校である。
今日、シャルルはこの学校に入学する。
少年が貴族となる、第一歩の日であった。
門にかかったアーチには、装飾の中に一文が刻まれていた。
その文字を目にしたシャルルが口を歪める。
「ふふ、ここを卒業しなきゃこの国の貴族とは認められないのに。皮肉、なのかな」
門に書かれていたのはシンプルな一文。
“この門をくぐる者は一切の身分を捨てよ”
「敷地に入ったら身分は関係ないってことなんだろうけど。ユージさんやアリスが見たらなんて言うかな」
ポツリと呟かれたシャルルの独り言に、返事をする者はいない。
まあアリスはともかく、ユージは『あれ、なんか聞いたことある。元はなんだっけ?』と言うぐらいであろう。残念な男である。
ともあれ。
シャルルは足を進めて、門をくぐるのだった。
全寮制の上級学校に入学して、卒業して貴族となるために。
ちなみに。
学校制度の発案者は過去の稀人にして初代国王の父・テッサであり、とうぜんこの門の一文を入れさせたのもテッサである。
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この国の大きな街には、9才から12才の子供が通う共通の学校がある。
といっても貧しい環境であればあるほど、子供を通わせる親は少ない。
授業料は格安で昼食も出るが、問題はそこではない。
貧しい環境であれば、9才の子供は労働力にカウントされてしまうので。
それでも王都では、共通の学校に通わせる者は多い。
この学校では、基本的な読み書きや算術が教えられる。
たとえば商家ではなく農家でも、農作業と天候の記録を取れるだけでも後々の仕事に役立つのだ。
また共通学校を卒業した者は、希望して試験に通れば各種ギルドが運営する専門学校に入学できる。
商人ギルド、鍛冶ギルド、石工、木工、農業、船頭などのギルドが運営する専門学校では、それぞれの基礎が叩き込まれる。
卒業後は紹介制度もあって血縁関係がない工房にも入れることから、上昇志向が強い平民の味方となっている。
学校自体は有料だが、卒業後にギルド所属の工房で働きながら返済する奨学金制度があるというのも、王都で入学者が集まる理由であった。
家業以外の職業に就きたいのであれば、共通学校に通ってその後、専門学校に通えばよいのだ。
そして。
共通学校に通う平民の中で特に優秀な者は、王都の上級学校に通う資格が得られる。
上級学校を卒業した平民には、役人や騎士団への道が開かれる。
エリートコースである。
しかも上級学校は貴族からお金を取っているため、平民は無料なのだ。
『学校の敷地の中では身分の一切を問わない』ため、貴族と友人関係になる平民もいた。
能力を買われて貴族の家臣団の末席に、という出世物語もよくあること。
平民にとって、上級学校に通うことはエリートへの登竜門であった。
貴族の子弟、貴族が抱えた家臣団の子、平民。
上級学校に通う生徒の出自はさまざまだ。
だからこそ、実際は当たり前のように意識されて、それが建前にすぎないとしても、『この門をくぐる者は一切の身分を捨てよ』という一文が門に刻まれているのだろう。
「はじめまして。シャルルです。キミが同室かな?」
「その可能性は聞いてたが……マジかよ。ジェラルドだ、ああいや、ジェラルドです。王都出身の平民です」
「畏まらなくていいよ。『この門をくぐる者は一切の身分を捨てよ』でしょ?」
「そう言われましても……」
「それに、寮は身分ごとの成績順って聞いてる。ってことは、ボクは貴族の中のビリで、キミが平民の中の一番だよね?」
「貴族のほうはわかりませんが、平民の中では一番です」
「ほら。じゃあよけいに気にしなくていいよ。ボクのほうがいろいろ教えてもらうから」
「……調子狂うな。わかった、まあ学校の中だけならな」
「うん、それでよろしく。……貴族も平民も関係ない。罪を犯した者は等しく罰を負うべきだから」
「うん? 何か言ったか?」
上級の学校は全寮制である。
通いとなれば、貴族の子弟が毎日決まった場所を通ることになるのだ。
目的地は変わらないため、通る道のパターンは限られる。
どう考えても襲撃には狙い目である。
そんな理由で、上級学校は開校当初から全寮制となっていた。
決してテッサの憧れを具現化したわけではない。
男女共学で全寮制というラッキースケベ環境を欲したわけではない。きっと。
そもそも男子寮と女子寮はきちんと分かれており、基本的に往来は認められていない。
それぞれの寮から、敷地内の学校に通うシステムである。
幼なじみの異性が起こしにくる展開も、時間を間違えて女風呂に入る展開もない。テッサの望み虚しく。
それにしてもシャルル、ちょっと危ない発言である。
幸いジェラルドと名乗った平民には聞こえなかったようだ。
「シャルルさ……シャルルくん。その、身分を聞いてもいいか? 学校の中では畏まらないとしても……」
「ああ。ボクはバスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵の孫だよ」
「……マジかよ。超大物じゃねえか。なんでまたこの成績で……」
「はは、ボクは病弱でね。ずっと領地で療養してたから、共通学校にも行かなかったんだ。容態が落ち着いて勉強をはじめたのは季節一巡り前からだから」
「なるほど、それで。いい家庭教師をつけても、季節一巡りじゃ追いつかないか」
王族以外は、貴族の子弟であっても二人一室。
貴族の子弟は爵位に関わらず成績順で、続いて平民の上位から成績順に部屋が割り振られる。
貴族の子弟の数が奇数の場合、平民と同室になることもあるシステムであった。
『学校では身分を問わない』と言いつつ、最低限の配慮はされているようだ。
そもそも通常、高位の貴族が平民と同室になることはない。高位の貴族ほど、いい家庭教師をつけて幼いうちから勉強させているので。
これまで平民と同室になることがあっても、家庭教師をつけられない貧乏貴族だった。そのためこのシステムが問題になったことはなかった。
シャルルが学校に行くために勉強したのはおよそ一年。
必死になっても、入学した貴族の中ではビリだったようだ。
「そういうこと。まあこれから取り返すよ。というわけで、いろいろ教えてね」
「あ、ああ。そりゃ俺にとっちゃ願ってもない話だが……マジか」
学校内で身分は問わない。
だが、卒業すれば当然そんなルールは関係ない。
平民にとって、上級学校に通う間は貴族とお近づきになるチャンスである。
ジェラルドという平民の少年は、あっさり侯爵の孫と握手を交わすのだった。
それが吉と出るか凶と出るかは、まだ誰も知らない。
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上級学校の授業はいくつかの必修科目と選択制の科目に分かれている。
例えば国語や数学、地理や歴史などの科目は必修、ダンスや音楽は選択。
実技系の科目も戦闘訓練は必修で、逆に魔法は使えない者もいるため選択制。
貴族と平民が混ざった学校であるため、当然と言えば当然である。
「このように、この国の建国直後は貴族の数は少なかった。王家、公爵家が二つ。そして侯爵家が四つ。あわせて六宗家と呼ばれ……聞いておるかダヴィド?」
「うん? ああ、聞いてなかったぜ?」
「堂々と言いおって! お主の家のことでもあろうが!」
「ああん? 学校の中じゃ関係ねえんだろ?」
「だあああ! うるさいわい!」
教壇からチョークが飛ぶ。
白髪の講師が投げたソレは、窓際の生徒にあっさりとキャッチされた。
二本の指で。
「おっ、戦闘訓練か? よっしゃあ!」
「ええい! もう座っておれ! これだから『獣神』の家系は……」
「ははっ、そりゃ褒め言葉だぜ!」
ニヤリと笑う口から鋭い牙がのぞく。
もしユージが元いた世界の人間がダヴィドと呼ばれた彼の姿を目にすれば、一目散に逃げ出すことだろう。
というか、ユージも逃げ出しそうだ。
ダヴィドは獅子人族。
見た目、二足歩行するライオンである。
「初代国王の父、テッサ様とともに戦った仲間と妻と子供たち。それが六宗家だ。この学年は珍しく四家もいる。隣のクラスに公爵家から一人、『賢神姫』の一人。このクラスは『獣神』『炎神姫』の二人。まあ歴史は覚えやすいだろう。ちなみにあと一つの侯爵家は『剣神姫』だ。次の春に入学するらしいな」
貴族が集まる上級学校において、歴史の授業は簡単だ。
なにしろ教えられるのは建国前のわずかな期間と、建国記、それから現代にかけて。
いまなお続く家が多く、生徒たちにとっては身近なことである。
「シャルル、『炎神姫』がおまえの家だろ? なあなあ、魔法使えるんだろ? あとで模擬戦しよーぜ!」
「ダヴィド……戦闘訓練の授業の時にね」
「おっしゃあ!」
「ええいダヴィド! せめて静かにしておれ!」
「うっす!」
シャルルが、というか新学年の生徒たちが春に入学してからおよそ一ヶ月。
ようやくそれぞれが新しい環境に慣れてきていた。
シャルルは最初こそ『出来が悪い侯爵家の子弟』として注目されたが、日々の努力とルームメイトのジェラルドの教えによって、徐々に勉強は巻き返している。
平民として育ったシャルルが、貴族になるための学校生活。
それは血塗られた道を行くと決めたシャルルにとって、最後の平和な時間なのかもしれない。
次話、明日18時投稿予定です!
…新作を書きたい熱をぶつけたわけではありませんよ?
使わなかった設定がもったいないと思ったわけでもありませんよ?
次章でシャルルくんが登場するので、これまで何してたのかなー的な、ね?





