第十九章 プロローグ
ちょっと短めです
『サクラ、まだ起きてるのかい?』
『あ、ジョージ。うん、ベイビーがやっと寝たからね。いまのうちにまとめておこうと思って』
『そんなの向こうにやらせればいいじゃないか。まったく、日本人はマジメなんだから』
『そうなんだけどほら、いい機会だから』
アメリカ、ロサンゼルス。
郊外の一軒家のベッドルームで、ノートパソコンを開く女性。
ベッドのヘッドボードにもたれかかりながらキーを叩くのは、ユージの妹のサクラである。
夫のジョージは、深夜に作業をする愛妻のことが気になったようだ。
ベビーベッドで寝ている赤ちゃんを気づかって、二人ともささやき声の会話である。
『ユージさんの物語か……最初は掲示板だったね』
『ジョージにとってはね。私は恵美からの電話がはじまりだったもの。それですぐに掲示板のURLが送られてきて……』
遠い目をして振り返るサクラ。
はじまりは5年前の一本の電話。
サクラの友達・恵美からかかってきたその電話で、サクラは実家があった場所に何もなくなっていること、ユージが書き込んだらしき掲示板を知った。
『それですぐにサクラが日本に行ってね。ふふ、サクラが行動派だって知ってたけど、次の日に行くんだからビックリしたなあ』
『ごめんなさいジョージ。でもほら、家がなくなったのよ? ジョージ、いきなり実家がなくなったって聞いて落ち着いていられる?』
『うっ、たしかにムリだ、落ち着いてなんかいられないよ』
恵美からの電話を受けたサクラは、真偽を確かめるためすぐに日本に飛んだ。
そこで目にしたのは、ただ空き地となった実家の跡地。
その後は恵美の協力もあって、掲示板に書き込んでいるのがユージであると確信を得た。
ユージの黒歴史がさらけ出されたが、特定のためには仕方のないことである。
ユージの性的嗜好やキープくんだった過去が明かされたが、仕方のないことだったのだ。
『あれから本当にいろいろあったわね……こんな騒動になるなんて』
『はは、だから最初からボクとルイスが言ってたじゃないか! すごいことなんだって。二人ともすごく興奮してたでしょう?』
『うっ、たしかに。ルイスくん、大はしゃぎだったもんね……』
アメリカに帰ったサクラは、夫のジョージに『兄のユージが異世界に行った、しかもネットが通じる』ことを報告した。
半信半疑だったジョージだが、画像や動画を見るうちに次第に真実だと信じていくことになる。
ジョージの仕事は広告や雑誌のデザイナー。
写真や動画の加工技術について、それなりの知識があったのである。
サクラの許可を得て、ジュニアハイスクールからの友人・ルイスに画像と動画の検証を頼んだジョージ。
ハリウッドで活躍するCGクリエイターのルイスが出した答えは、『加工ではない』だった。
以来、サクラよりもジョージとルイスの方がユージの話へ食いついている。
ゾンビを求めているのはご愛嬌である。
『ボクたちだけじゃないよ! キャンプでは日本人も興奮しっぱなしだったじゃないか!』
『そうね。お兄ちゃんが知られていったのはあの頃からかあ』
第一回ユージ家跡地キャンプオフ。
ユージが異世界に行ったと思われる日に、ユージとサクラの家の跡地で行われたオフ会。
第四回を数えたいまでは参加者は100人単位となっているが、第一回の参加者は27名であった。
そしてこの後。
ユージの物語は徐々に広がってく。
日本ではネット、掲示板を通じてゆっくりと。
アメリカではルイスの伝手を辿ってひっそり、だが重要な人物に。
異世界で服を作るためのパタンナーを紹介してもらうはずが、紹介されたのは映画の衣装スタッフ、そしてプロデューサーと脚本家の老夫婦であった。
『こっちでもね。あれから一気に動き出したから!』
『そうね……はあ、お兄ちゃんじゃないけど時々信じられなくなる』
『はは、まあ気持ちはわかるよ、異世界だもんね!』
『うん。それに、お兄ちゃんが有名人なんだもの』
横に置いた紙をチラリと見やるサクラ。
そこにあったのは、ユージが撮影した写真を使ってデザインされた雑誌の表紙案。
LIF○誌の確認用データをプリントしたものだった。
『ほら、この話を聞いたみんなは大騒ぎするって言ったでしょ? LI○Eの表紙になったってことは、ユージさんは立派に有名人の仲間入りだね』
『お兄ちゃんはわかってないみたいだけど。暢気な顔して、もう』
細い指先でピシッとユージの顔を弾くサクラ。
キリッと格好をつけるユージの表情は変わらない。ただの印刷物なので。
『検証番組の視聴数はすごいことになってるって。今度、お二人がまたいろいろ説明に来るって言ってたよ』
『ほんと、知らぬは本人ばかりなり、ね。やっとお兄ちゃんもわかってきたみたいだけど……』
『まあユージさんがわかったところで異世界だからね。どうしようもないのは変わらないよ!』
『そうよねえ……』
『サクラ、そろそろ日本行きの日程を決めないと』
『そうねジョージ。ベイビーも変にむずがらなくなってきたし……でも日程はプロデューサーと脚本家のお二人に相談してからかなあ』
『そりゃそうだよ、ボディガードのこともあるし!』
『はあ、それもあったんだ……』
ボディガードの存在には慣れないサクラだが、現状では仕方ないと理解しているようだ。
なにしろ異世界に行ったユージの妹として、その存在が知られているので。
熱心なファンや研究者ならまだいい。
だが、コトがコトなのだ。
どっぷりオカルトにハマっている者、神が創り賜うたのは唯一この世界のみという宗教者、別の世界に行き来できるならと機会を窺う者。
下手な有名人よりも狙われる状況なのだ。
『大事なサクラとベイビーだからね。サクラはイヤかもしれないけど、しっかり守ってもらわなくちゃ』
サクラが座っていたベッドに上がり、キスをするジョージ。軽いキスだが、愛情がこもった口付けである。
『もうジョージ、ベイビーが隣で寝てるんだから』
『ふふ、そうだったね。ああ、はやくベイビーに自分の部屋を準備しなくちゃ!』
『アメリカンスタイルね。ヨーロッパもそうだったかしら? ジョージ、日本じゃ大きくなるまで同じ部屋で寝るのよ?』
『ええっ! それはかわいそうに! ベイビーもだけど……両親はどうするんだい?』
価値観、あるいは習慣の違いを話すサクラとジョージ。
話し合いながらも二人の距離は近づく。
『さあ? どうするのかしらね?』
そう言いつつジョージの胸に頭を預けるサクラ。
二人はこの後、滅茶苦茶セッ……しなかった。
ベイビーが泣き出したので。
ともあれ。
ユージがこの世界から家ごといなくなって6年目。
ユージの妹のサクラのまわりは、というか日本もアメリカも、大騒ぎになっているようだ。
知らぬはお兄ちゃん本人ばかりね、などとのたまうサクラの想像すら超えて。どうやらサクラもイマイチ実感が湧いていないようだ。
さすが兄妹である。
短めですが、プロローグですので……
次話、明日18時投稿予定!
ということで今章はアメリカと日本サイドのお話!ですが、本編です。
「もうしばらくお付き合いください」だの「500話は届かなさそう」だの言っておりましたが、
このあたりの話のせいで伸びそうな予感。





