第十八章 プロローグ
プロローグなのでちょっと短めです
「アリス、今年も桜がキレイだね」
「ユージ兄……うん!」
縁側に座ったユージがポツリと呟く。
アリスは一瞬ためらってぎゅっとユージの手を握った後、同意の言葉を返す。
座るユージのヒザの上では、コタローが丸くなっていた。
ユージがこの世界に来てから6年目の春。
激動の5年目を終えて、ユージとアリスは日向ぼっこをしていた。
アリスにとって、他の開拓民にとってはただキレイな花を見せる桜。
ユージにとって、桜は望郷の念にかられるものであるようだ。
「アリス、ちょっと開拓地を見に行こうか」
「はーい!」
落ち込んでいるユージの気持ちを察して、アリスは元気よく返事する。
ワンッ! と、ユージのヒザから庭に降り立ったコタローも。
ユージ35才、アリス10才。
ユージがこの世界に来てから、6度目の春である。
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「ブレーズさん!」
「おおユージさん。もういいのか? ちょうどよかった、マルセルが話があるってよ」
「あ、はい。どうしたマルセル?」
家の敷地から外に出て、開拓民たちが作業をしている農地へ。
雪は日陰にうっすら残っているが、日なたの雪は溶けている。
雪に降りこめられる長い冬を終えて、開拓地の農作業はすでにはじまっていた。
「ユージさま……その、私の身分を買い戻す件と、その後についてです」
「ああそっか、もうすぐお金が貯まりそうだって言ってたっけ」
「はい。冬の間、工場で働いて、ニナもユキウサギ狩りで貢献してましたから、おそらくこの冬の賃金でお金は貯まるかと」
この国の奴隷はお金が貯まれば自分を買い戻すことができる。奴隷から平民へと。
そもそもこの国では、奴隷の主は衣食住を提供する必要があり、過酷な労働に従事させることは禁じられている。
奴隷を労働力として買うことは可能だが、基本的にはホワイトな職場なのだ。
まあ四六時中、主の監督下にあることは間違いないのだが。
「おお! おめでとうございます!」
ユージ、自分の奴隷が奴隷でなくなることを喜んでいるようだ。素直か。
だがこの国の奴隷の主は、おおむねこのような反応らしい。
保障制度が充実していないこの世界において、奴隷はお金に困った時に生きていくための最後の手段なのだ。主にとっても周囲の平民にとっても他人事ではないので。
「ありがとうございます。ユージさまやケビンさん、ブレーズさんたちのおかげです。それで、私は、いえ、少なくとも私とニナは……」
マルセルが続ける言葉を、ユージはじっと待っている。
隣にいるブレーズも。
というか、農作業している元冒険者たちも作業の手を止めて聞き耳を立てていた。
「このまま農民として、開拓地に住まわせてもらえないでしょうか。ニナもこの地が気に入っているようですし、私も一から作った畑が気になるんです。その、できれば」
「もちろんですマルセルさん! あ、話してた通り、家もそのまま使ってくださいね! これまでがんばってくれたお礼ってことで! よし、よし!」
「いよっしゃあ! 助かるぜマルセル! ああいや、マルセルさんって呼んだほうがいいのか?」
マルセルの決断に、ユージと元冒険者たちが沸き上がる。
何が嬉しいのか、コタローも小走りで。
「マルセルおじちゃん! これからもよろしくね! もと冒険者のおじちゃんたち、畑のことなんにも知らないんだから!」
横で聞いていたアリスも、そんなことを言いながら喜んでいた。
ホウジョウ村開拓地は、農業危機を乗り越えたようだ。
アリスの言葉通り、この開拓地で農業のことに最も詳しいのはマルセルだったので。
これまで農作業の指揮をとってきたマルセルが離れることを決めたら、ホウジョウ村の農業は立ち行かなくなるところだった。
ユージが開拓をはじめたのは2年目、マルセルたち獣人一家を迎えたのは3年目のこと。
ユージに続いて開墾に取りかかったマルセルは、この地に愛着を持っていたようだ。
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「ユージ兄、マルセルさんよかったね!」
「そうだねアリス。いやあ、ほんと助かった! 俺からもお祝いとかあげたほうがいいのかなー」
「ユージさん、そのまま家に住まわせるっていうのは充分お祝いになると思うぞ? ああ、でも本当に良かったぜ。ちょっとは覚えてきたけど、マルセルがいなきゃ細けえとこはわからねえからな」
そんなことを言いながら開拓地を歩くアリスとユージ、ブレーズ。あとコタロー。
散歩である。
いや。
開拓団長で村長で、これから文官、ゆくゆくはこの地の代官になる予定のユージと、副村長のブレーズ。
ホウジョウ村開拓地の見まわりであった。
「缶詰工場は順調だってよ。狩ってきた分のユキウサギは缶詰にしたそうだ。ユージさんがソリで往復してくれたおかげで、ほかの缶詰もけっこうな量が造れたらしい」
「そうですか、よかった!」
「ああ。あとは春になった以上、俺たちがこっちを手伝えなくなるからな。ケビンさんが移住者を連れてくるんじゃねえか?」
「そっか、そうですよね。服も順調に売れてるから、針子も増員したいって言ってましたし」
「おう、それはまた賑やかになりそうだな」
「雪も溶けましたし、トマスさんにまたいろいろ建ててもらわないと。ケビンさんももうすぐですかね?」
「どうだろうなあ。日陰には雪が残ってるし、森の中の道はぬかるみがヒドいんじゃねえか? 身ひとつならともかく、荷馬車となったら辛そうだが」
ホウジョウ村開拓地に建てられたケビン商会の缶詰工場。
秋から試運転をはじめた工場は、冬には手すきになった開拓民たちを臨時の工員として操業をはじめていた。
4人の鍛冶師たちが容器を作り、料理ができる者は料理を。
ユージが犬ぞりでプルミエの街まで往復したことで、素材の追加もできた。
春からの本格稼働を前にして、けっこうな量の缶詰を作れたようだ。
一方で、針子たちは冬の間もチクチクと針仕事。
こちらも材料が補充されたため、昨年の冬より生産量が増えていた。
まあ単純に針子見習いたちの腕が上がった、という理由もある。
それに去年の冬と違い、ケビンが婚約者に贈る絹のドレスは作らなくなったので。
今年作ったドレスは、秋の収穫祭で新婚花嫁たちが身にまとったドレスの型と、プルミエの街で手に入る布を使ったものであるらしい。
農業、そして保存食作りと衣料品生産は順調。
去年の秋、エルフたちの協力により水路も完成し、開拓地の外周のほとんどは頑丈な土の壁で守られている。
ホウジョウ村の開拓は順調であるようだ。
今年は工員や針子として、新たに移住者を迎えることになるだろう。
ユージがこの世界に来てから6年目は、飛躍の年になりそうだ。
領主の庇護下に入るために文官となり、ゆくゆくはこの地の代官になるユージにとっても。
まあそれ以前に、ユージはすでに元の世界で『時の人』となっているのだが。
今年の春のキャンプオフは、事務局側が悲鳴を上げるほど盛況であったらしい。
ユージの話が動画配信サービスで配信されて、これまで以上に関心を持った者たちが増えたので。
あいかわらず本人の実感は薄い。
ユージ本人には、元の世界の喧噪は届かないので。
いままでより頻繁なメールと、人が増えた掲示板ぐらいなのだ。
静かなものである。
ユージ本人だけは。





