閑話17-26 サクラ、関係者と一緒にドキュメント番組を見る
副題の「17-26」は、この閑話が第十七章 終了後で「25」のキャンプオフの後、という意味です。
ご注意ください。
アメリカ、ロサンゼルス。
比較的暖かなこの街でも、冬は冷え込む。
といっても朝晩で10℃を切る程度で東京よりよほど暖かいのだが。
それでも広葉樹は葉を落とし、寒々しい姿を見せている。
この家のオーナー夫婦自慢の庭園も、冬は寂しい景色となっていた。
『さあ、いよいよね』
『緊張しているのかい、サクラ?』
『そりゃそうよジョージ。だってこんな、ねえ』
ロサンゼルスの超高級住宅街、ビバリーヒルズ。
ハリウッドでも有名なプロデューサーと脚本家のコンビの自宅に、何人もの人が集まっていた。
『はは、サクラさん、ジョージ! こっちの掲示板はもう大騒ぎだよ! SEIZAで待ってるってさ! まだ放送前なのに!』
赤子を抱いたユージの妹・サクラ、その夫のジョージ。
ソファに座ったジョージの友人・ルイスはノートパソコンを持ち込んでいた。
英語の掲示板を覗き、リアルタイムで反応を楽しむつもりらしい。
『サクラさん、いまから緊張してもしょうがないわ』
『そうそう、これはただのはじまりにすぎないんだから』
そうサクラに声を掛けるのは、この家の主人である初老の夫婦。
ユージが異世界に行った物語のドキュメント番組、映画を企画するプロデューサーと脚本家である。
二人はいつもと変わらずにこやかに、悠然とソファに腰を沈めていた。
『よかった、間に合った!』
『あら、もう仕事はいいのかしら? 日本とのやりとりは?』
『ばっちりです! いやあ、秋に完成したドレスが評判みたいで! うふふ、世界が違っても通じるなんて……それにあの子、掘り出し物ですよ!』
『あらあら、うれしそうね』
『そりゃそうですよ、だってこの業界、作品にふさわしい世界観を教え込むのが一番大変なんですから! 自己満足な人ばっかりで!』
初老の夫婦の家は広い。
リビングもダイニングも広いが、そもそも部屋数が尋常ではないのだ。
アメリカ組の衣装担当は提供されたゲストルームで仕事をしていたようだ。
仕事、というかユージにパターンを教えてあちらの世界で縫えるようにしていただけ。
金銭が発生していないので、仕事と呼べるかは微妙である。
『それにしてもベイビーが大人しくってよかったです。私もちゃんと見られそう!』
『あら、だからシッターを呼びましょうか? って聞いたのに』
『いいんです、私が自分で面倒見たかっただけですから!』
『そう、ならいいんだけど。それにしても大きくなったわねえ』
『そうなんですよー。なんかちょっと他の子より大きいみたいで。寝返りはうてるんですけどまだ元に戻れないんですよねえ』
『まあ! うふふ、でもかわいいわねえ。健康そうでいいじゃない!』
サクラは初夏に産まれた我が子を抱いていた。
いまは冬。
八ヶ月になったユージの甥は順調に成長しているようだ。順調すぎてずっしり重いほどに。
『さあみんな、そろそろ時間だ』
きゃいきゃい騒がしい女性陣に向けて、宣言するようにプロデューサーが告げる。
ハッピーホリデイシーズンを終えたある冬の日。
週末ごとにプレーオフで盛り上がっているが、スーパーボウルはまだ先。
普通のアメリカ人にとっては、なんということもない普通の日。
だが、この日は。
ある人たちにとって、特別な日でもあった。
今日。ユージが異世界に行った話の、ドキュメント番組が放送されるのだ。
同日。
その番組が終わり次第すぐに、アメリカと日本の有料動画配信サービスにアップされる予定となっていた。
掲示板住人たちが言うところの「祭り」のはじまりである。
『お兄ちゃん……』
『さあて、どんな番組になったのか楽しみだ! サクラさん、ジョージ、もうこっちの掲示板は大騒ぎだよ。日本の掲示板はいまいち読めないんだけど、すごい勢いだからきっとあっちも大騒ぎなはず!』
じっとリビングのテレビを見つめるサクラ、ヒザの上のノートパソコンを操作しながらハイテンションなルイス。
ついに画面が切り替わる。
放送が、はじまった。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
『お、お兄ちゃんがそれっぽかった……』
『それっぽいって! まあボクらがアレだけポーズの指導したからね』
『それどころじゃないよサクラさん、ジョージ! こっちの掲示板は大騒ぎだ! みんないいリアクションしてるよ!』
『ちょっと見せてくれルイス……おお、すごい勢いで書き込まれてる。でもみんな半信半疑か』
『そりゃそうだよジョージ! まあ面白がってくれてるのは確かだね! サクラさん、日本の掲示板の様子を訳してほしいんだけど』
『あらジョージくん、じゃあパソコンの画面をテレビに映してくれない? 英語と日本語、どっちもね』
『了解です! いやあ、コード持ってきてよかった!』
ルイス、用意周到なことである。
ユージのドキュメント番組は2時間。
30分は再現VTRでユージの物語、15分はユージのインタビュー、残った時間で識者と画像加工のプロの見解が語られていた。
番組内で識者の結論は出ていない。
ただ過去にルイスが言ったように、画像も動画も加工の跡は見られないうえに、ゼロから創った映像であれば異常なクオリティだとコメントされていた。少し前までルイスが働いていたスタジオのトップが。
『え、でもまだ日本じゃ配信されてないんでしょ?』
『サクラさん、アメリカ在住の日本人もいるし、日本語がしゃべれるアメリカ人だっているんだよ! それにほら、この番組はすぐに動画配信サービスに提供されますって番組内でも言ってたでしょ? 評判なら第二回もやるって』
『まあたしかに』
『だからきっと日本の掲示板でも書き込みがはじまってるよ! というかボクが書き込みたいぐらいだ!』
『落ち着けルイス』
ユージの話を知っていて、製作に関わったメンツでこの大騒ぎである。
初めて知った視聴者の反応たるや。
実際、プロデューサーのスマホは番組の途中から鳴りまくっていた。
リビングから出て、書斎で見ることにしたほどに。
『うふふ、二人とも、テレビ局の電話も鳴りっ放しみたいよ? いま嬉しい悲鳴だーってメールが来たわ』
この初老の夫婦、二人ともスマホを使いこなしているようだ。
脚本家の女性はスマホの画面を見てサクラやジョージに報告していた。
『あ、郡司さんから電話だ』
『ほらやっぱり! もう日本でも大騒ぎになってるんだよ!』
『ルイス、落ち着けって。ベイビーがビックリしてるだろ? サクラ、電話に出るならベイビーを預かるよ』
「『ありがとジョージ。じゃあちょっと電話に出るね』もしもし郡司さん? どうしました?」
子供をジョージに渡して郡司からの着信に対応するサクラ。
八ヶ月ともなれば、充分に首はすわっている。
産まれた当初こそおっかなびっくり抱いていたが、いまやジョージの抱っこも堂に入ったものであった。
「トラブルですか? あ、じゃなくて問い合わせの電話が掛かってきてると。えっと、前にお話しした通りの対応でお願いします。ええ、はい、警備会社にも伝えてください」
日本からの電話は、ユージの著作権・肖像権を管理する会社へ問い合わせが来ているという連絡だったようだ。
中には怪しげな電話もかかってきているため、責任者であるサクラに報告がきたらしい。
それにしても、プロデューサーやルイスの助言に従って、プロに自宅跡の警備を依頼していたのは正解だったようだ。
ちなみに本物の警備会社への依頼である。
自宅警備員への依頼ではない。
募集したら喜んで泊まり込んでくれたかもしれないが。
『ふう、やっと落ち着いたよ』
『あなた、どうだったのかしら?』
『反響は上々だな。今回の特番で終わりではなく、ひとまず一時間ずつシリーズ6回でドキュメント番組を放送することが決まった』
『え? こんなにすぐですか?』
『まあその可能性は最初からあったからね。それにスポンサー候補のみなさんの反応も上々だ』
『あなた、じゃあ』
『ああ、春から正式に映画製作に入る』
『おおっ! いやあ、楽しみだなあ。プロデューサー、もうクリーチャーのモデリングはいくつかできてるからね!』
『ルイス、先行しすぎだろう』
『あら、衣装も順調よ? コンセプトアートがまだだけど!』
『二人とも張り切っちゃって。先行しすぎたってムダになるんだから、もうちょっと待ってなさい』
ルイス、そして衣装担当の女性は先走りまくっているようだ。
製作がはじまる、製作に関わると決まる前から進めていたらしい。暴走である。
『お兄ちゃんの物語が……ホントに映画に……』
『よかったじゃないかサクラ。こうして世界に公開されれば情報が入ってくるかもしれない。それにほら、研究者も手を貸してくれるだろうしさ』
『ジョージ。うん、そうよね』
『それでユージさんはなんて? ルイスがテレビに映したんだ、掲示板に何か書き込んでいないかい?』
『それが……お兄ちゃん、森に出かけてるって。大事な日なのに! もう! もう!』
郡司の電話を切ったサクラはリビングに戻ってきていた。
ジョージから子供を受け取ってソファに沈み込む。
『あはは、ユージさんらしいね!』
『はあ、ホント、こっちがどれだけ大騒ぎになってるか理解してないんだろうなあ』
子供の温もりを胸に、サクラは遠い目をしていた。
困った伯父さんだねー、などと我が子に話しかけながら。
元の世界ではじまった大騒動。
当事者であるユージは、蚊帳の外であるようだ。
『違う世界の話』なので。言葉通りに。





