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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた  作者: 坂東太郎
閑話集 14

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閑話 ある掲示板住人のお話 十一人目

 人を撮らなくなったのは、いつからだろう。


 人を撮るのが好きだった。

 何気ない日常も、旅先のひとコマも。

 表情を切り取る写真に魅せられた。


 写真が好きで、仕事にしたくて専門学校に入った。

 運良く有名なスタジオのアシスタントに潜り込めた。

 学生の頃から付き合っていた彼女と結婚した。子供も産まれた。


 朝も昼も夜もなく、心身をすり減らす仕事。

 いつ帰れるか、いつ休めるかわからない激務だった以上、しょうがなかったのかもしれない。

 後輩のアシスタントが入って、スタジオでも古株になって、写真を撮らせてもらえるようになって。

 その頃にはもう遅かったのかもしれない。

 離婚した。


 人を撮らなくなったのは、いつからだろう。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「納品は三日後か……まあ時間はあるな」


 ブツブツ呟きながらパソコンに向かう男。

 撮影から帰ってきてデータを取り込んでいるところである。

 この後待っているのは、いわゆる現像作業。

 といっても、男がフィルムカメラで撮影したわけではない。

 男はフィルムで育った世代ではあるが、いまや主力機はデジカメ。

 フィルムからデジタルに移行したせいで、撮影後に現像所に放り込んでほぼ終了ではないのが現状だ。


「今日の撮影は雑誌だから……この辺で仕上げるか」


 デジカメでの撮影が主流になって以降、撮影したデータの仕上げはたいていカメラマンの仕事となっていた。

 修業してきたスタジオから独立した、男のようなフリーランスのカメラマンにとっては特に。


 撮影したデータを取り込み、とりあえずPhoto○hopのアクションを走らせる男。

 これで大雑把に調整して、納品するカットを選んで最終調整する。

 データを依頼主に渡してOKが出れば終了。

 まあ依頼主によっては、グダグダと細かいことを言って画像を加工することになるのだが。

 デジタルのマイナス面である。


「ちょっと時間が空くな。掲示板でも覗くか」


 メインのパソコンは作業中で、これが終わらなければ次の作業をはじめられない。

 特に忙しい時期でもなかったのか、男はノートパソコンを取り出して起動する。

 どうやらヒマつぶしにネットサーフィンをするらしい。

 遊んでいるわけではない。

 ネットでいろいろな画像を見て、最近の撮り方や加工の傾向をチェックしているのだ。

 遊んでいるわけではない。

 なぜか掲示板サイトを開いているが、遊んでいるわけではないのだ。


「なんだコイツ? ……異世界?」


 そして、男は見つけた。

 異世界だと言い張る画像が上がる、謎のスレを。


『【引きニート】10年ぶりに外出したら自宅ごと異世界に来たっぽい【脱却?】』


 ユージが立てた最初のスレである。


「とりあえずダウンロードしてEXIF見てみるか。電線が空中に消えてるって加工下手すぎだろ……は? なんだコレ? EXIFが文字化け? そんなことあり得るのか?」



 本多 康太、38才。

 コテハン・カメラおっさん誕生の瞬間である。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ユージが立てた最初のスレを見つけて以来、男は掲示板の常連になっていた。というかコテハンである。


 最初は意地だったのかもしれない。

 風景や食べ物の写真はともかく、ゴブリン、保護した幼女アリスの魔法。

 動画は専門外だが、写真に関してはプロなのだ。

 男は画像加工の跡を探す。

 だが。

 男がどれだけ探しても、加工した画像であるという証拠を見つけられなかった。


 いつしか男は、異世界かどうか疑うのではなくただ楽しむようになっていた。

 料理写真を現像する作業の合間に、自宅の一階を改装したスタジオでブツ撮りする合間に。

 なんであれ、楽しませてくれるならいいじゃないか。

 でもまあ手抜き加工だったり、加工の証拠を見つけたら突っ込むけど。

 そんなスタンスで。


 だからだろう。

 なぜか通じない音声検証のために、東京で場所を探している。

 その話が出た時、男は自宅兼スタジオの場所を提供することを決めていた。

 まあスタジオといっても、モノを撮影するために改装した10畳ちょっとのスペースなのだが。

 物知りなニート、名無しのトニー、名無しのニートが二人。

 音声検証のためのオフ会はあっさり終わった。

 むしろその後の飲み会のほうがはるかに長かったほど。


 たがいの本名も知らない、どこの誰かも知らない。

 それでも、ユージの話を肴に飲み会は盛り上がったようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「キャンプオフか……蔵前から出て向島から首都高。あとは高速乗りっぱなしで宇都宮まで2時間ぐらい。オフ会も楽しかったし、そりゃ行くだろ! まだ先だから仕事の調整も楽勝だしな!」


 元々一人暮らしをしていた男が独立する前に、両親は別の場所に引っ越した。

 ちょうどいいわ、二人じゃこの家は広すぎたもの、康太の好きにしてちょうだい、と。

 これ幸いと、男は元の実家の一階を簡単なブツ撮りができるスタジオに改装していた。

 いまは一人で住んでいる自宅兼スタジオに、男の声が響く。

 でかい独り言を発するおっさんである。危ない。

 危ないが、仕方あるまい。

 それだけ男はワクワクしているのだ。

 セーフである。


「写真も撮りたいし、機材もあるから車だな! 迷ってるヤツらは拾ってもいいぞ?」


 ブツブツ言いながら掲示板に書き込むおっさん。アウトである。

 勢いのまま、男はフリーメールのアドレスを晒す。

 機材を積むからいつものワンボックスだし、機材の量はたいしたことないから2〜3人は拾えるだろうと。

 親切なバツイチおっさんである。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 第一回から第三回のキャンプオフまで、男はすべて参加した。

 時に機材の準備を頼まれ、参加してみればアメリカ組のCGクリエイター・ルイスの肩書きに驚き、検証スレの動画担当と意気投合し、キャンプオフの様子を撮影して。


 これまで通り雑誌に掲載する料理や小物を撮影しながら、男は充実の日々を送っていた。

 仕事もさておき、ユージの話と写真は男のプライベートの時間を充実させたようだ。

 たまに『俺も撮りてえ!』などと発狂していたようだが。


 気づけば、男は自然とまた人を撮り出していた。

 自ら参加したキャンプオフで、仕事とは関係なく。


 そして。

 男にとって転機となったのは。

 参加者が増え、規模が拡大されたテスト開催のキャンプオフだった。

 このキャンプオフで、ついに男はNPOから『仕事として』発注されたのだ。

 キャンプオフの様子を撮影してほしい、撮影した写真はID&鍵付きのサイトにアップしたい、と。

 どうやらコテハン・検証スレの動画担当は、さらに面倒な仕事を発注されていたようだが。


「仕事か。イベントを撮影するのは専門外だし……それに……」



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 いつから人を撮らなくなったかなど、男にもわかっている。


 スタジオに入ってアシスタントになってから。

 激務に追われて、心身ともに余裕がなくて。


 『ブラック企業』という言葉が生まれる前からブラックな業界なのだ。

 モタモタすれば拳が飛ぶ、蹴りが飛ぶ。それでも優しいほうだったりする。

 スタジオに寝泊まりして、というか睡眠時間が確保できればいいほうで、トップの言うことは絶対で。

 いまではそんなことも少なくなり、デジタル化して機材も減った、とは男も聞いている。

 ひょっとしたら男は、フィルムからデジタルの過渡期を現場で過ごした最後の世代かもしれない。

 ブラックな超体育会系を体験した最後の世代かもしれない。


 ただ、それはなんの慰めにもならない。

 いまでこそ独立して仕事にもありつき、安定して生活を楽しめているが、男の生活はすでに一度壊れていたのだ。

 学生時代からの恋人だった妻は、子供とともに去っていった。


 男は、人を撮らなくなっていた。

 料理撮影ついでにシェフやスタッフを撮ることはあったが、メインでもなければ好き好んででもない。


 他人の表情を、感情を、直視できなかったのだ。

 失ったものを目の当たりにするから。


 だが。

 気づけば、男は自然とまた人を撮り出していた。

 自ら参加したキャンプオフで、仕事とは関係なく。

 それでもこれまでのキャンプオフでは、趣味で撮影しただけ。

 写真はどこにもアップしなかった。

 撮影してデータは残しているものの、男は現像すらしていない。


 そして。

 テスト開催のキャンプオフで、男は仕事を受ける。

 キャンプの様子を撮影する仕事を。

 データを納品することまで含まれた仕事を。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 男は泣いていた。

 泣きながらカメラを構えていた。

 危ないおっさんである。

 違う。違わないが、そうではない。


 人を撮ることが好きだった。

 だから写真にハマって仕事にしたのに、人を撮らなくなっていた。


 いま。

 男は、テスト開催のキャンプオフでカメラを持ってウロウロしていた。

 男のカメラの先には、ファインダーの先には、様々な人がいた。


 自分なりに勇気を出して、おそるおそる店員に話しかける若者。

 服を買って着替え、チャラいおじさまに髪をカットされ、鏡を見て驚く男。

 ユージの話をしつつBBQを楽しむ男たち、無言でパンケーキを焼く集団。

 スケッチブックに描かれた絵を見て爆笑する男女、堂々と性的嗜好を語り合う男たち。

 ためらいながら待避所から足を踏み出す少年。


 男は、背面モニターで画像をチェックして涙を流していた。


 表情を、感情を切り取れたことに。

 ()()()()()()()ことに。



 人を撮れなくなったのは、スタジオに入ってアシスタントになってから。

 激務に追われて、心身ともに余裕がなくて。


 また人を撮れるようになったのは。

 テスト開催されたキャンプオフで、それぞれの感情を捉えられたから。

 たぶん、心に余裕ができて。

 ユージと、参加したそれぞれの人に共感して。


 誰かに聞かれたら、男はそう答えるだろう。



 ID&鍵付きのサイトにアップされた写真は、好評だった。



「ひさしぶり。俺から連絡してごめん、でも見せたい写真があって。あとでURLとIDとか送るから。うん、うん。じゃあ身体に気をつけて。あの子にもよろしく。……もしよかったら、二人で見てほしい。それじゃ」




 コテハン、カメラおっさん。


 専門学校を卒業し、そこそこ有名なスタジオのカメラマンアシスタントとして働く。

 学生時代の彼女と結婚して子供が産まれたものの、激務のためすれ違いが続いて離婚。

 カメラマンとしては軌道に乗り、独立してフリーランスになる。

 グルメ誌やタウン誌の仕事を中心に安定した稼ぎを得る。

 現像の合間のネットサーフィンでユージが立てたスレを発見。

 以降『カメラおっさん』と名乗ってユージが撮った写真の加工の跡を探す担当に。

 カメラの使い方、撮り方をユージに指導する担当でもある。

 検証スレの東京オフ、全三回のキャンプオフ、テスト開催のキャンプオフすべてに参加。

 テスト開催のキャンプオフでは、仕事としてその様子を撮影することに。

 この仕事がきっかけで、得意な写真は料理から人物へとシフトしていく。


 ユージが異世界に行ったことをきっかけに、好きなことを思い出した男。

 ある掲示板住人の、ちょっとした物語であった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ユージが異世界に飛んだ事で色んな人の心が回復していくのが面白いんだよねぇ [一言] カメラおっさんも前向きになってきた!
[一言] この作品、もっと有名になって欲しいよね
[良い点] デジタルになる数年前にスタジオでアシスタントやってました。書いておられる通りブラックな業界だった事、いつのまにか好きな人物写真を撮らなくなった事、思い出し苦笑いしました。私は他業種に逃げて…
感想一覧
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