第1話:世界の真理と、温かなボルシチ
【はじめに:執筆動機】
「宇宙の謎が解き明かされそうなこの時代に、爆弾を投げ合っている場合じゃないのでは?」
そんな思い立ちから、この物語の空想がスタートしました。
もし、物理学の先にある真理によって「あらゆる物質やエネルギーを生成できる」ようになったら?
答えはシンプルです。戦争や奪い合いをする意味そのものが無くなります。
かつて地球が回っているかどうかで揉めていた人類も、今では当たり前に宇宙を見上げていますよね。同じように、新しい真理を知ることで、人類は次の思考のレイヤーへと進化できるはずです。
超弦理論のその先にあるワクワクするような未来の世界を、エンターテインメントとして皆様にお届けします。思考のひとときとして、ぜひ楽しんでいってください!
すべての始まりは、黒海の上空に消えた一筋の光だった。
欧州合同原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で開催される国際学会。そこへ向かう渡航の途中だった。父が操縦する小型ビジネスジェット機には、父、母、そして天才と謳われた兄が乗っていた。
だが、過熱する周辺地域の紛争によって混乱状態に陥っていた防空網が、標的を見失った地対空ミサイルの接近に対し、誤って小型機を『敵機』と認識してしまったのだ。
追尾、着弾、撃墜。
黒海の冷たい海へと叩きつけられ、俺の家族は全員、一瞬にしてこの世界から消え去った。
「……理不尽だ」
四条亘は、薄暗い部屋のなか、幾重にも重なるホログラムモニターの光に照らされながら呟いた。
父と兄が遺した未完成の研究データ。
それは、既存の量子力学や超弦理論(ひも理論)の枠組みを根底から覆す可能性を秘めた、あまりにも巨大な『真理の欠片』だった。
ひも理論で言われる『振動する無数のひも』。
だが、その真の姿は違った。
『ひも』とは実体ではない。無限の速度で周回する、ただひとつの作用点の残像なのだ。
無限速で周回する作用点は、同時にあらゆる場所に存在し、同時にどこにも存在しない。粒子として観測されるものは、その残像が形成する外殻に過ぎない。重ね合わせも、量子もつれも、重力の影響も、光速制限の壁も——すべてはこの『無限速周回作用点理論』によって綺麗に解明できる。
世界のプログラムを解読した俺は、家族の遺志を引き継ぎ、ついにそれを現実の事象として干渉・上書きする次元波動量子計算システム——DW-QCS(ディメンジョンウェーブ・クォンタムカリキュレーションシステム)を完成させた。
このシステムを使えば、高次元の幾何学スピン式を『DWASチタンカード』に書き込み、かざすだけで、事象改変からあらゆる物質の瞬時具現化までを完了させることができる。
だが——俺の心と身体は、限界を迎えていた。
家族を失った悲しみ。食事も摂らず、不眠不休で没頭し続けた疲弊。
ボロクソになった精神を引きずり、俺は近所のコンビニで買ったペヤ〇グのソース焼きそばの袋を手に、ふらふらと自宅の玄関前まで帰ってきた時だった。
「……四条先輩?」
背後から、澄んだ、少し片言の残る声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは、学校の後輩であるユーリア・ヴァイスマンだった。
東欧のウクラインから母と共に日本へ疎開してきた16歳の少女。どこか透き通るような白銀の髪と、大きな瞳。学校でどこか寂しそうにしていた俺を、彼女は以前から気にかけてくれていた。カバンにつけていた小さなチャームをプレゼントした時の、弾けるような笑顔が脳裏をよぎる。
「ユーリア……? なんで、俺の家を……」
「やっぱり! 学校に来ないから、すごく心配してたんだよ!」
ユーリアは俺のやつれた顔と、手に持ったペヤ〇グを見ると、むっと眉をひそめた。
「ダメだよ先輩! そんなのばっかり食べてたら病気になっちゃう! ちょっとどいて!」
俺の制止を聞く間もなく、ユーリアは俺の手から鍵をひったくるように奪うと、ドアを開けて室内へと踏み込んできた。
「わ……なにこれ、すごい機械……」
部屋の中央で怪しい青白い光を放つ巨大な演算フレーム——DW-QCSを見て目を見開くユーリアだったが、すぐに首を振って台所へと向かった。買ってきた食材の手提げ袋を取り出し、手際よく包丁を握る。
30分後。
部屋の中に、芳醇で温かな香りが立ち込めた。
「はい、できたよ! ウクライン風のボルシチと、できたてのピロシキ!」
テーブルに並べられたのは、鮮やかな深紅のスープと、香ばしく揚がったピロシキだった。
促されるまま、スープを一口口に含む。野菜の甘みと肉の旨味が、冷え切っていた俺の胃と、ボロボロだった心にじわっと染み渡っていく。
「おいしい……」
「でしょ! お母さんに教わったんだから!」
ユーリアは嬉しそうに胸を張る。
久しく忘れていた人のぬくもり。家族を失ってからずっと止まっていた俺の時間が、温かいスープと一緒にゆっくりと動き出すのを感じた。
「……なんで、うちの場所を知ってたんだ?」
「前に先輩が落とし物したとき、後ろついて行ったことあるから! ……それに、私、先輩に何か返したかったの。いつも優しくしてくれたから」
照れくさそうに微笑むユーリア。
しかし、彼女の視線が、テーブルの脇に置かれていた一枚のカードに留まった。
「それより先輩……これ、なに? すっごくきれいなチタンカード。……なんか、光る模様が書いてある?」
「あ、ユーリア、触るな——」
俺が制止しようとした瞬間、ユーリアの細い指先が、DWASチタンカードに触れた。
DWASとは、Dimension Wave Activation System(次元波動活性化システム/顕現システム)の略であり、チタンの薄板に顕現式を次元波動式を記入したものだ。
『——生体認証コード:ユーリア・ヴァイスマンを確認。DW-QCS、マスター・ワタルからの優先権限委譲プロセスを開始します』
部屋の中に、透き通った女性の音声が響き渡った。
DW-QCSのメインサーバーから溢れ出た光の粒子が瞬時に収束し、俺たちの目の前に、幻想的な美しい少女のホログラム——実体化AI『ルナ』が顕現した。
「初めまして、ユーリア様。私はDW-QCS統括AI、ルナです」
「きゃあ!?? え、ロボット!? ホログラム!?」
ユーリアが飛び上がって驚く。
だが、その騒ぎを切り裂くように、ユーリアのポケットに入っていたスマートフォンが甲高いアラーム音を鳴らした。
緊急通信。送信元は——ウクライン南部の都市、ムイコラーユ。
「あ……お姉ちゃんから!?」
ユーリアが慌てて画面をタップし、ハンズフリーで接続する。
モニターに映し出されたのは、激しい砲撃音と絶叫が飛び交う、崩壊寸前の医療施設だった。
『ユーリア! 聞こえる!?』
画面の向こうで、白衣を血と埃で汚した美しい女性——ユーリアの姉、アリアーナ(18)が悲痛な声をあげていた。
『病院の防衛線が突破されたわ! 徴兵されたお父さんの消息も掴めない……ミサイルが、すぐ近くに……っ! ユーリア、愛してるわ、お母さんを頼むわね——』
『お姉ちゃん!? お姉ちゃん!! 嫌だ、嫌だよお姉ちゃん!!』
ユーリアが叫び、崩れ落ちる。
画面の向こうで、轟音と共に天井が崩落していくのが見えた。
理不尽な暴力。
国にいるというだけで、ただ懸命に生きているだけの人間が殺されていく現実。
黒海に沈んだ家族の顔と、泣き叫ぶユーリアの姿が、俺の中で激しく重なった。
——胸の奥で、何かがぶち壊れる音がした。
「ルナ」
『はい、マスター・ワタル』
俺は歩み寄り、ユーリアの肩を抱きしめると、テーブルの上のDWASチタンカードを握り締めた。
「カードコード【Aerial Fortress & Rescue Unit】を展開。権限をユーリア、並びに現地のアリアーナへ一時委譲。カードに記録された全事象改変プログラムを起動しろ」
「え……先輩……?」
ユーリアが涙に濡れた瞳で俺を見上げる。
俺はユーリアの目を真っ直ぐに見つめ返し、静かに、だが絶対の確信を込めて言い放った。
「安心しろ、ユーリア。俺が、君のお姉ちゃんを助ける。……いや、それだけじゃない」
俺の前に、DW-QCSが弾き出した幾千の幾何学スピン式が、光の帯となって舞い踊る。
「俺は地上のありとあらゆる紛争を無くしてやる。その国にいるだけで苦しんでいる人たちを、全員解放してやるんだ。この俺にはDW-QCSがある。もう絶対に……理不尽に家族を失わせたりしない!!」
『コマンド承認。巨大空中戦艦、自立型防御AIロボ、ならびに基幹インナー《ユールスーツ》・汎用強化外装の具現化プロセスを開始します』
ルナの厳かな声と共に、上空数万メートルの雲が押し開かれ、圧倒的な光が世界を照らし始めた。
絶望の戦場へ向け、最強のカードと二人の少女を伴った、俺たちの圧倒的無双劇が、今幕を開ける。
---




