プロローグ「貧民街の少年たち」
衣類の縫製や刺繍、加工や染色が盛んな山の国・ナパラ王国。
その国の片隅にある貧民街の一角で暮らす二人の少年、リトとバンリ。
見た目は細身で小柄、まるで女の子のような印象を与えるリト。
だが中身は正反対で負けず嫌いで、お節介焼き。
何にでも首を突っ込まずにはいられない性格。
十四歳にしては、まだ声変わりをしておらず、高い声がコンプレックス。
本人は「男らしさ」を強く意識しており、かわいいと言われるのを何よりも嫌う。
数年前、母親を病気で亡くしてからは、父親と二人暮らし。
だがその父親も、母の治療費の借金を返すため炭鉱に出稼ぎに出ており、年に一度帰ってくるかどうかという生活だった。
そうした状況で学校へも通えず、リトはその日暮らしで街をぶらつきながら、日々をやり過ごしていた。
リトが今でも大事に持ち歩いているのは、母が最後に作ってくれた刺繍入りのハンカチと、小さな巾着袋。その中には、お守りのようにボタンや糸、古びた鍵のようなものが入っている。
そんなリトの隣に、六年前に引っ越してきたのが同い年の少年、バンリだった。
背が高く、整った顔立ち。頭も良くて運動神経も抜群。
けれど、その心には人を寄せ付けない壁があった。
幼い頃、父に捨てられ、母と二人でこの街へ流れ着いた彼は、「どうせすぐ居なくなる」と誰とも深く関わろうとはしなかった。
そんな彼に、リトは容赦なく声をかけた。
「お前、名前は?」
「……鬱陶しいな」
「俺、この辺めっちゃ詳しいぞ? 貧民街、案内してやってもいいけど?」
最初は無視していたバンリも、毎日のように話しかけてくるリトに根負けする。
いつしか二人は言葉を交わさずとも並んで歩く。
そんな“いつもの関係”が出来上がっていた。
夢も目標もないまま、ただ今日を生き延びる日々。
――だがある日、その均衡が崩れる。
町の掲示板に、縫製工場の求人が貼り出されたのだ。
「未経験者可」「住み込み可」「年齢不問(※要相談)」という文字に、リトの目が輝いた。
「なあバンリ! これ、俺らでも応募できるんじゃね?」
「よく見ろよ。年齢“要相談”って書いてある」
「少し上に書いたってバレなきゃいいんだよ、バレなきゃ! な?」
二人は年齢を偽って履歴書を書き、何とか仕事にありつこうとする。
そして面接当日。
現れたのは、鋭い目つきと分厚い腕、どこか軍人のような威圧感を持つ大柄な男、親方・タゴスだった。
タゴスは二人を見るなり、履歴書を一瞥し、すぐに嘘を見抜く。
「……この身長で十八歳ねぇ。お前、米袋より軽いんじゃねぇか? しかもその顔。まるでお嬢ちゃんじゃねぇか!」
顔を真っ赤にしたリトが叫ぶ。
「俺は男だーーっ!!」
隣でバンリが吹き出した。
「ぷっ……ごめ、ちょっと今の、ツボった……」
その様子を見て、タゴスはニヤリと笑う。
「まあいい。やる気だけはあるみてぇだな」
「条件はひとつ。俺の言うことを黙って聞け。明日から来い。服の縫い方、叩き込んでやる」
「それと、誤字脱字がひでぇからお前らには勉強も教えてやる。朝一時間早く来い!」
こうして、リトとバンリは縫製工場での新しい日々を手に入れた。
ただ今日を生きるだけだった毎日から、踏み出した最初の一歩。
この工場での経験が、やがて二人の夢へと繋がっていくことを、この時の二人は、まだ知らない。




