55話 クルエラ、双子の家に泊まる(その3)
二日目の朝
クルエラはぼんやりと目を覚ました。
「……弱みの一つ、握りたいものだ」
以前、パリスに双子のことを調べさせたが、双子の経歴に目立った弱みはなかった。
祖父は名騎士、父は有能な外交官。双子自身も騎士としての実績があり、現在はハンディマンとして王から公認を得ている。
「家を調べてみるか……」
せっかく自分が宿泊しているのだから部屋を探るほかない。
それに弱み以外にも双子の家系は気になる点がある。何かしらの手がかりになるかもしれないと思った。
クルエラは着替えて、居間へ向かった。
そこには、シャロンがちょうど朝食を並べ終えたところだった。
「クルエラ様、お食事の準備が整いました。よろしければ、どうぞお召し上がりください」
「はい、いただきます」
クルエラは料理をきれいに平らげると、手を合わせた。
「ごちそうさまでした。シャロンさん、美味しかったです。
とても私の口にあった味付けで、食べていると癖になりそうな料理でした」
素直に出た褒め言葉にシャロンは嬉しく微笑んだ。
「喜んでいただけて良かったです」
しかし、ここまで快適に過ごせると、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまった。
「シャロンさん、やけに家が静かですがあの双子は出かけているのですか」
「お二方はお仕事で出かけています。夕方には帰ってくるそうですよ」
「そうですか……」
クルエラは考え込むように口に手をやった。
「(それはそれは好都合だ。双子の弱みと情報、探らせてもらうぞ)」
口元を隠した手の向こうでは口が笑みの形に曲がっていることをシャロンは気づかなかった。
その後、シャロンが食器の片づけと食料のチェックを終わると、クルエラは一つ頼み事をした。
「シャロンさん、お願いがあります。ワインを一本買ってきていただけませんか。
できたら、アルテミスのシラー地方産のワインでお願いします」
少々面倒な買い物を頼んだにもかかわらず、シャロンは顔色一つ変えずに返事をした。
「かしこまりました。すぐに買ってくるのでお待ちください」
シャロンは財布とカゴを持って「いってまいります」と言って家を出た。
「いってらっしゃい」
と玄関でシャロンを見送るとニヤりと笑った。
「よし、これで私一人だ」
クルエラはシャロンをできるだけグランフェルト邸から遠ざけるために高級品かつ巷ではあまり出回っていないシラーという土地のワインをシャロンに注文した。
探すのに時間がかかるだろうと思った。
しかし、時間に余裕はない。早急に捜索しようと、クルエラは双子の部屋がある二階へ向かう階段を上がった。
二日もグランフェルト邸に滞在しているため、部屋の位置は大方把握していた。クルエラは階段近くの部屋のドアノブをひねった。
鍵がかかっていなかった。カインなら施錠していそうなので、こちらはバルドルの部屋だと思った。
「少しばかり、見せてもらうぞ」
部屋の中に入ると部屋の真ん中に机が置かれ、机の上には瓶に入ったクッキーとドラジェが置かれていた。
「(部屋の中に菓子瓶をおくとはよっぽど甘いものが好きなんだな)」
壁際には刺繍にレース、トーナメントの記念品、リュートが綺麗に並べられていた。
「……ここのレースはあいつが作ったものか」
バルドルが作った証拠なのか、枕元には縫いかけのものが置かれ、ごみ箱には糸くずが捨てられていた。
「器用なやつだな」
バルドルの部屋は下手に物を動かしたりすることは控えて、机の引き出しを開けたり、本棚にあった本をちらりと見たりしていた。
本の内容はリュートの楽譜、レースの縫い方、料理のレシピ集だったりと、いかがわしい本の一冊もないのかと、クルエラは残念そうにため息をついた。
「ベッドの下に何か面白いものはないのか……」
ベッドの下を覗いてみると、木の箱のようなものがでてきた。
箱を開けると封筒が数十枚入っていた。
「これは文通か。……恋文か?」
しかし、それはクルエラの思っていたものとは全く違っていた。
お元気ですか、バルドル?
私は最近だんなさまに紅茶のいれ方のご指導をしていただきました。
初めはお湯の量をまちがえてうす味になってしまいましたが、少しずつコツをつかんでほめられるようになりました。
なれない生活ですが、新しい発見がある日々で楽しいです。
バルドルはそちらの家でどのようなことがありましたか?
次にあなたにあったときにどれだけ成長しているか楽しみです。
カイン・グランフェルト
それは、離れ離れで暮らしている弟を気遣う兄の手紙だった。
何通か読んでみると、どれもカインが書いたもので、当時の生活や日々の出来事、他愛もないことなどが綴られていた。
今とは違い、純粋に弟との交流を楽しんでいた頃の文章が多く、クルエラも思わず微笑ましく読んでいた。
「(あいつらにもこんな時代があったのか)」
封筒の消印を見ると、毎月のようにカインから手紙が送られていた。兄から貰った手紙をしっかり保管しているバルドルは双子の強い繋がりがあるのだなと感じた。
「ふっふ、これ以上読むのはあまりにも無粋な行いだな」
クルエラは手紙を封筒に戻して、そっと木の箱の蓋を閉めた。
粗方バルドルの部屋は調べ終わると、隣のカインの部屋に向かった。
ドアには頑丈そうな錠前がしっかりかかっており、くくっと笑った。
「よく見かける錠前だな。この程度、私の手にかかれば簡単だ」
クルエラはポケットから細い棒状の道具を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
耳と指先の感覚を頼りに内部を探ると、ほどなくして鍵が外れた。
「がっかりさせるなよ」
そう言って扉を開けると、クルエラは予想どおりだとばかりに部屋を見渡した。
「やはりこちらの方が酷いな」
机の書類が散らかっており、床には本がたくさん積まれていた。ほこりは見当たらないため、掃除はされているようだが、だらしない部分がうかがえた。
双子なのにここまで部屋の違いがあることが、クルエラには興味が深かった。
「(こういうところは似ていないのだな。双子といっても、何もかもが一緒というわけではないか)」
クルエラはゆっくりと部屋に踏み入り、床に積まれている本の山を倒さないように奥へ進んだ。
机にあった紙を見るとこのような内容が書かれていた。
11月5日
出会った場所 アルテミス城下 ○○店
足の主 27~30歳くらいの客
特徴 しなやかなふくらはぎで足が小さめ
総評 もう少しふくらはぎに厚みがあり、筋肉質であれば私の理想に近い。近頃の女性は運動をしていない人が多いので珍しいかもしれません。
○○店の店主曰く、近々新しい女性店員が働くので少し期待します。
文章の下にはカインが書いた女性の足の絵が描かれており、こと細やかに特徴や骨格が書き込まれていた。
これはカインの足日記だった。カインは素敵な足との出会いがあれば、必ずレポートにまとめていた。
クルエラも女性の手に魅力を感じ、舌で味わうことはある。しかし、カインのように書き記し、絵まで描いて総評することはしていなかった。
「……あいつはかなり変態なのだな。私など可愛いものではないか」
自分の方が真っ当な人間だと思ったクルエラは、次に床に積んである本を見た。
「これは異国の本か」
総隊長であるクルエラは、多くの外国人と関わってきた。それでも、見たことのない文字で書かれた文献がいくつもあった。
「(楔形文字のようなものだ。こんなもの、普通は読めるはずないだろう)」
別の本を開いても、似たような文章が書かれた文献が何冊かあり、見慣れない文字の羅列に読むのを諦めた。
「あいつは古代文字の解読でもしているのか」
双子は外交官の父親から、この文字を習ったのかもしれないとクルエラは推測した。
他にも外国語の本が何冊も並んでいた。
漢文のような文字で書かれた本には足の絵がたくさん描かれており、他の本にない書き込みが数カ所あった。
カインにとってはこれがいかがわしい本なのかもしれないと、クルエラは冷ややかな目で本を閉じた。
壁にはバルドルから貰ったと思われる刺繍、高級なティーカップセットがあり、これといって面白いものはなかった。
壁際の奥の方に布を被った大きなものがあり、布を取るとクルエラの表情は一気に変わった。
石膏で作られた足だった。
まるで本物のような質感だった。クルエラは思わず美しいと感じた。
「さぞ高名な彫刻家が作ったものか……。おや、もうメイドさんがお帰りか」
窓を見るとシャロンがグランフェルト邸に帰ってくる姿が見えたので急いでカインの部屋を出た。
そのとき、玄関のほうから物音がした。
シャロンが片手にバスケットを持って、居間へ入ってきた。
「ただいま、戻りました」
「おかえりなさい、シャロンさん」
「お邪魔しています」
「シャロンさん、私の注文の品は見つかりましたか」
「ええ、こちらですね」
バスケットからシラー産のワインボトルを取り出して、クルエラへ受け渡した。
「ありがとうございます」
夕暮れになるころ、グランフェルト邸に双子が帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「シャロン、帰り遅くなって悪い」
シャロンは玄関に向かい二人を出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ようやく帰ってきたか、双子」
クルエラも玄関にきて双子へ言い放った。
双子は、なぜわざわざ出迎えに来たのかと訝しんだ。
「貴方もお出迎えにくるとはどういう風の吹き回しですか」
「何か企んでいるのか……」
二人の訝しげに思っていたが、クルエラは平然と答えた。
「私は非常に機嫌がいいのだ。お前たち相手でも出迎えくらいする」
「ものすごく気持ち悪いことを言いますね」
「どういうことだ……」
「カイン様、バルドル様、リビングに向かわれると分かりますよ」
シャロンに言われて双子はリビングへ向かうと、食卓にはいつも以上に豪華な料理が並べられており、呆気にとられた。
「今夜は随分と豪華な食事だな」
「実は、クルエラ様と一緒に作ったものなんですよ」
シャロンが答えると、バルドルは恐る恐る尋ねた。
「お前、そんな心得あったのか」
「私はシャロンさんに言われた通りに切っただけだ。特別なことは何もしていない」
シャロンは楽しげに言った。
「クルエラ様は包丁の扱いが上手で速かったですよ。私も速くなりたいものです」
「シャロンさんの味付けのおかげで美味しい料理ができたんです。初めての共同作業で有意義な時間でしたよ」
「そういっていただけて嬉しいです」
「貴女はとても素敵なお嫁さんになりますよ」
「え?!」
シャロンは、クルエラが自分を完全に女性だと思い込んでいることに、思わず声を漏らした。
「驚くことはありませんよ。貴女のような女性なら、すぐに相手が見つかりますよ」
クルエラの勘違いのおかげで正体はバレずに済んだが、シャロンは返答に困った。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
このやりとりにカインは吹き出しそうになり手で顔を隠した。
バルドルは笑いをこらえるのに必死で、肩を震わせていた。
「カイン、顔を覆って爆笑するのやめてくれ。俺も耐えきれないんだ」
「だって面白いですもん」
「(クルエラ、シャロンが男だと知ったらショックで立ち直れなくなりそうだな……)」
バルドルは、クルエラには一生シャロンの正体を教えないほうが幸せなのかもしれないと思った。
☆ ☆
クルエラは風呂に入り、明日に備えてベッドに入ろうとした。
そのとき、外から足音が聞こえた。
気になって窓を開けてみると、外にシャロンの姿が見えた。
こんな真夜中にシャロンさんは何をしているのだろうとクルエラはコートを羽織って、外へ出た。
シャロンの後を追ってゆっくり歩いていくと、丘の上にシャロンが立っていた。
月明かりに照らされたシャロンは美しく、クルエラも思わず目を奪われた。
クルエラの気配に気づき、シャロンは少し顔を赤らめた。
「クルエラ様、どうしてこちらに……」
「就寝しようと思ったら窓からシャロンさんが見えたので」
「そうでしたか……」
せっかく二人きりになったのだからと、クルエラはシャロンに尋ねた。
「シャロンさん、お聞きしたいことがあります」
「私がお答えできるものでしたら、何なりと」
「貴方はなぜこの家にメイドとして働いているのですか」
「私、田舎に姉がいるんです。姉は昔、宮廷メイドだったんですけど、病気で働けなくなりました。
小さい頃から私を育ててくれた姉を、今度は私が守る番だと思ってここでメイドの仕事をしているのです」
「そのような事情がありましたか……」
クルエラはシャロンに好感を抱いた。
「メイドとしての経験は皆無のような私を拾ってくださったカイン様には感謝しています」
本当に、こんなところで働かせておくには惜しいメイドだとクルエラは思った。
「もし、ここでの待遇やご主人に不満があったら、アテナ傭兵隊にいらしてください。歓迎しますよ」
「ありがとうございます。お気持ちだけでも嬉しいです」
「(やはり、ここを離れる気はないのですね……)」
ここで働く彼女は明るく楽しそうであった。ここでの仕事には全く不満なんてものはないのはクルエラにも分かっていた。
シャロンは高嶺の花。強引に手に入れようと思えばできるが、それでは本当の価値を味わえない。
そっと見守ることもいいのかもしれない。
クルエラはそう思った。




