54話 クルエラ、双子の家に泊まる(その2)
一日目、朝
日差しが部屋に差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる頃。
カインは使い古した蹄鉄二枚を持って、クルエラが寝ている二階の部屋に侵入した。
ベッドの上でぐっすり寝ているクルエラの前でカインは蹄鉄同士を思いっきり打ち付けた。
耳に響く鉄の音は目覚ましにしては衝撃的な音でクルエラは飛び起きた。
「な、なんだ!」
「おはようございます、総隊長」
カインは愉快そうに笑みを浮かべていた。
「随分なモーニングコールだな。だいたいどうして貴様に起こされるんだ。こういうのはメイドの仕事だろう」
「シャロンさんは用事があるので代わりに私が起こしにきたんです。感謝してください」
「手荒い目覚ましだ……」
「バルドルが朝食を作ったので、下に降りてきてください」
「ほう、貴様らにもサービス精神というのはあるのだな」
いちいちムカつく言い方にカインは心の中で舌打ちして踵を返した。
「いらないですか、それならいいですけど」
「そんなことは言っていないだろう、頂こう」
「だったら、さっさと一階へ降りてください」
「ああ、分かった」
一階の居間に向かうと、エプロンをつけたバルドルが料理をテーブルに並べていた。
「おはよう。あんたの朝食ができるぜ。苦手なものはないか」
そこにはマリネサラダや野菜オムレツ、生ハムのアボカド巻き、ポタージュスープが並んでいた。
「あぁ、全部食べられるものだ」
「それは良かったぜ。さぁ、召し上がれ」
クルエラは椅子に座り、手を合わせ「いただきます」と言って、ナイフとフォークを使って料理を口に運んだ。
料理をよく噛んで飲み込むと、クルエラは口を開いた。
「美味しいな……味つけもしっかりしている。本当にバルドルが作った料理なのか」
バルドルは誇らしげな笑みを浮かべて腕組みした。
「ああ、俺だよ。少しは見直したか」
「うむ、お前はいい使用人になれるな」
もう少し言い方があるだろうとバルドルは小さくため息を吐いた。
「……あんたのことだから食えないとか言うんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」
「関係ない。美味しければ食べるだけだ」
クルエラはそれ以上何も言わず、黙々と料理を口に運んだ。
不愛想な言い方であるが自分の料理を評価してくれたクルエラにバルドルは内心喜んでいた。
「(クルエラって案外いいやつかもな)」
バルドルはクルエラの食事姿を微笑ましく見ていた。
キレイに完食すると、ナプキンで口を拭い「ごちそうさまでした」と言って手を合わせた。
バルドルは、先ほどから気になっていたことを聞いてみた。
「食べる前と食べた後に、きちんと挨拶するなんて律儀だな」
「ああ、これはアテナ傭兵隊での習慣だ。癖でつい言ってしまうんだ」
「へぇー、いい癖だな。作った俺も気分がいいぜ」
バルドルの笑みにクルエラは不満そうに眉を動かした。
「何をニヤニヤしている」
「別に」
クルエラの意外な一面が見られて、バルドルとしては面白かった。
朝食を終えると、部屋に戻り、身だしなみを整えて出かける支度をした。
クルエラが一階に降りて靴を履いていると、バルドルが様子を見にやってきた。
「どこに行くんだ」
とバルドルが質問するとすんなりと教えてくれた。
「近衛兵本部で話し合いがあってな。少し出かける。夕食も頼めるか」
バルドルは眉をピクリと動かした。
「え、昨日一泊するだけじゃなかったのかよ」
「ああ。せっかくアルテミスへ来たんだ。二、三日は泊まらせてもらうぞ」
「そ、そうか」
☆ ☆
クルエラは昨日散々歩き回った城下町を進み、王城近くにある近衛兵本部へ向かった。
門前で名乗ると、近衛の一人がクルエラを応接室に案内した。その途中、通りがかりの近衛兵たちから敬礼を受けた。
昨日は城下を巡回していた近衛兵二人には自分の正体を知られずにいた。
しかし、ここにいる近衛兵は敬礼をしていることから自分のことを、それなりの人物だと知っているのかと思った。
「(昨日の奴らが馬鹿なだけか……。まあ、近衛兵たちの間での知名度など、どうでもいいことだ)」
応接室に通されると、アイザック・ワイス大隊長が迎えてくれた。
「クルエラ総隊長、急きょお呼びして申し訳ない」
挨拶の握手を交わすと、二人は椅子に座った。
クルエラは外向けの穏やかな口調で、アイザックと会話を始めた。
「構いません。それで要件はなんですか」
「最近、アルテミスの海岸で密輸船が行き来しているという目撃があるんだ」
アルテミスでは近年、海上貿易が盛んになっていた。しかし、それに紛れて密輸を行う組織も現れていた。
「私を頼るということは組織が動いていますね」
「ああ、国内の問題であるなら俺たちで事態を収拾したいと思ったが、どうも目撃された船の形状からして、国内で製造されたものではなかったんだ」
「なるほど。国外の船だと、近衛の手が出しづらいですね」
アルテミスの問題はアルテミスで解決するのが暗黙のルールであった。しかし、国内外の船であることから国際問題になりかねない。
責任問題や国政に関わる事態を避けるため、今回のようにアテナ傭兵隊へ依頼されるケースは多い。
「しかも、一隻ではない。軽く十隻はいると聞く。厄介な話だ」
「何を運んでいるかの見当はつきますか」
「麻薬の類のようだ。俺たちにバレないようにこそこそとやっているらしい。
俺たち近衛兵は、はっきり言って海上に関しては疎い。海上の仕事を請け負う傭兵隊なら解決してくれるだろうという近衛会議の結論だ」
「近衛会議でも話された案件だとは、相当焦っていますね……」
アイザックは契約書を差し出した。
「アテナ傭兵隊に依頼する内容は、密輸船の取り締まり、乗員の捕縛、情報提供、密輸品の回収だ。こちらからも必要な情報は提供する。
お前のところに任せきりになると思うが、頼めるか」
クルエラはアイザックの顔を見てニヤッと笑った。
「お任せください」
「期待しているぜ、総隊長」
正式に契約を交わすと、アイザックはほっとした表情を見せた。
「そういえば、昨日部下から聞いたんだが、宿屋を探していたんだな。
今は双子の家にいるようだけど、近衛兵がよく使っている宿を手配させようか」
アイザックは、双子がクルエラをきちんともてなしているのか、少し心配していた。
だが、アイザックのせっかくの申し出にクルエラは首を横に振った。
「必要ありません」
「それならいいんだけどな」とアイザックはほっとした。
アイザックとの話し合いが終わるとアルテミス近衛兵本部をあとにした。
クルエラは城下にあった雰囲気のよさそうな喫茶店に入り、コーヒーとケーキを注文した。
注文の品が運ばれると、小さい声で「いただきます」と言った。コーヒーとケーキを口に運びながら、密輸船についてパリス宛ての手紙の内容を考えていた。
手紙には船の交渉や部隊の割り当てなど、必要な指示を細かく書き込んだ。パリスなら、この手紙だけで準備を整えてくれるとクルエラは思った。
手紙を書き終わると、クルエラは喫茶店を出た。
そのころには夕方になっていた。
手紙をポストに投函して、急ぎ足でグランフェルト邸に帰った。
ノックをして「帰ったぞ」と言うとすぐに扉が開いた。
そこにはシャロンがクルエラの帰りを待っていた。
「おかえりなさいませ、クルエラ様」
玄関を開けたクルエラを、シャロンがいつものように出迎えた。
その柔らかな微笑みに、クルエラも自然と笑みをこぼれた。
「ただいま、シャロンさん」
外では傭兵隊の総隊長として気を張っているクルエラだったが、この家に帰ってくると不思議と肩の力が抜けた。
「お食事が出来上がっていますが、すぐに召し上がりますか」
「ええ、いただきます」
「かしこまりました」
シャロンに案内され、クルエラは居間へ向かった。
テーブルには温かな料理が並べられている。
「これは美味しそうですね」
「今日はクルエラ様がお疲れだと聞いていましたので、少し食べやすいものをご用意しました」
「それはありがたいですね」
クルエラは席に着くと、ゆっくりと食事を始めた。
料理を口に運ぶたび、仕事中には意識していなかった疲れが、少しずつ表に出てくるようだった。
「……美味しい」
思わず漏れた言葉に、シャロンは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
食事を終える頃には、クルエラの疲労もかなり和らいでいた。
「ごちそうさまでした。今日はもう休むことにします」
「かしこまりました。お休みなさい」
「ああ、お休み」
クルエラは立ち上がり、自分に用意された部屋へ向かった。
部屋に入ると、クルエラは小さく息を吐いた。
アルテミスへ来たときは、まさか双子の屋敷に泊まることになるとは思っていなかった。
カインとの口論やバルドルとのやり取り、そしてシャロンが作った料理を思い返す。
思い返せば、慌ただしい一日だったが、不思議と嫌な気分ではなかった。
クルエラは着替えを済ませ、ベッドに入った。
ほどなくして、静かな寝息が部屋に響き始めた。




