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32話 ブロムベルク旅行(その4)

 そんなやりとりをしているうちに昼を過ぎ、双子は城下町でグルメ巡りと土産物探しを楽しんだ。


 領地特産のミカンを使ったジュースやタルト、ジャムなどを味わい、カインはガラス工房で作られた動物細工を土産にいくつか購入した。


 そうしているうちに、夕日が見え始めていた。


 二人は宿へ戻り、露天風呂に入った。昨日より冷えた空気の中で深いため息をついた。


 何も考えず、ぼんやりと過ごせるささやかな時間だった。


 しばらくすると、バルドルは旅行を振り返るように口を開いた。


「この二日間で、お前がブロムベルクの観光業に関わってきたことはよく分かったよ。この調子ならうまくいくんじゃないか」


 カインは「どうでしょう」と言いたげに、少し困ったような顔をした。


「今は話題になって人が来ていますが、ブームは永続するものではありません。それに、ブロムベルク領の観光業にはこれ以上口出ししないつもりです」


 思いもよらない発言に、バルドルは尋ねた。


「え、どうしてだ」


「このまま彼らに協力すれば、さすがにアルテミス王も黙ってはいないでしょう。

 ハンディマンはアルテミス王国のために働く特別職です。他国の利益になるような行為を続ければ、私を任から降ろすでしょう。それに」


「?」


 カインはバルドルに優しく微笑んで言った。


「貴方一人ぼっちで、ハンディマンは寂しいでしょう?」


 バルドルはふんと笑って、言い返した。


「なわけぇーよ。俺だってやればできるさ」


「分かりやすい嘘ですね。顔でバレバレですよ」


 バルドルは顔を背けて言った。


「見るんじゃねぇ……」


 耳まで真っ赤になった弟を見て、カインは「馬鹿な人ですねぇ」と呟き、楽しげに笑った。


☆ ☆


 露天風呂を満喫して部屋に戻ろうと廊下に出ると、女風呂の方が妙に騒がしかった。


 双子が不審に思っていると、血相を変えた男が廊下を走ってきた。

 すぐ後から従業員の女性が息を切らして追いかけてきて、双子に尋ねた。


「先ほど男が走ってきませんでしたか」


「ああ。何かあったのか」


「その男、女風呂に侵入して下着を盗んだんです」


 カインは即座に命令した。


「バルドル、追ってください」


「任せろ!」


 間髪入れずに返事をして、バルドルは追いかけた。


 距離が離れていたが、まだ視界には入っている。バルドルは人を避けながら、全力で駆け抜けた。


「待ちやがれぇ!」


 少しずつ距離をつめていくと、下着泥棒の前方から長身で赤髪の男が優雅に歩いていた。


 このままではぶつかるとバルドルは大声で叫んだ。


「そいつ下着泥棒だ!! どいてくれ!」


 その瞬間、赤髪の男は目を鋭くして、下着泥棒に身構えた。


 下着泥棒が払いのけようとした瞬間、赤髪の男は足を引っかけて腕を掴んだ。そのまま軽々と持ち上げ、床に叩きつけた。


「ふん、これでいいのかしら?」


 バルドルは呆気にとられながら、赤髪の男に近づいた。


「すげぇな。強いんだな」


 赤髪の男は口角を三日月型に上げた。


「ふふ、ありがとう。それにしても、こうしてまた会えるなんて運命感じちゃうわ」


 この口調といい、ある程度察しがついてバルドルは赤髪の男に尋ねた。


「……まさか、昨日露天風呂にいた人か?」


 赤髪の男はニコニコして頷いた。


「ええ、途中で帰っちゃうからアタシ寂しかったわよ」


「ま、まじかよ!!!」


 バルドルは一気に顔が引きつり、後ずさりした。


 すると、カインが合流してきた。


「バルドル、捕まえましたか」


「ああ、この人がやってくれた」


「貴方、私の弟と知り合いですか」


「ええ。昨日、裸の付き合いをした仲よ。ねぇ?」


 赤髪の男は馴れ馴れしくバルドルの肩に腕を回し、笑みを浮かべた。


「その誤解を招く言い方やめろ! 露天風呂で会ったんだよ」


「ああ、なるほど……」


「ランサム、何してんだ! さっさと夕飯に……どうして双子がいるんだよ」


 その青年は、数か月前に三国会議でバルドルと共に警備をしていたアテナ傭兵隊の幹部、ブラッド・エイムズだった。


 双子はこの状況が理解できず、顔を歪ませた。


「なんだこれ……」


 下着泥棒の件が一件落着すると、ブラッドの提案で一緒に夕食をとることになった。


 双子も色々と聞きたいことがあったので、賛同した。


 それに、アテナ傭兵隊の総隊長クルエラはいないらしい。バルドルはホッとした。


☆ ☆


 広間に行くと、カインが朝方に出会った男が座っていた。


「おや、貴方は」


「同じ宿にいたとは思わなかった……」


 ブラッドは驚きながら質問した。


「え、レヴェ部隊長。カインを知っているのですか?」


「川で和んでいたら、声をかけてくれた人だ」


「そうでしたか……。つくづくお前らとは縁があるようだな」


「そのようですね」


 ブラッドとカインは苦笑いした。


 全員が椅子に座って、簡潔に双子の自己紹介をすると、赤髪の人は優雅にお辞儀した。


「アタシはアテナ傭兵隊・第三部隊副隊長、ランサム・ キーファー。よろしくねぇ、バルちゃんカインくん」


「よろしく……」


 別ベクトルの変人が出てきたよとバルドルは思った。


「オレは第二部隊の部隊長、レヴェ・ロイスだ。

 ブラッドの上司だ。三国会議の警備のときは、挨拶すらできなくて悪かったな」


 三国会議の警備にはレヴェもいたのが、全体の統括をしていたため双子と関わることがなかった。


「バルちゃん、これから女の子のお店行きましょう」


「え!?」


「アタシのおごりで、こうやってぱぁーってなれるところ行きましょうよ。ブラッドくんも行きましょうよ」


「俺も巻き込むな!! 触るな!!」


「やかましいな……」


 レヴェは小さくため息を吐いてランサムを冷静に指摘した。


「ランサム、このことをクルエラ総隊長に報告されたくなかったら今すぐやめろ」


 クルエラの名前を聞いたランサムは、肩をピクリとさせて、ブラッドから離れて大人しく返事をした。


「はい、レヴェ部隊長」


「ブラッド、お前はすぐに熱くなりすぎだ。大好きなジャガイモを食べて落ち着け」


 ブラッドも正気を取り戻し、レヴェに謝罪した。


「も、申し訳ありません」


 レヴェに渡されたジャガイモを食べて、ブラッドは幸せそうな表情をした。


「……やっぱり塩をかけたジャガイモは最高だ」


 双子はレヴェの鶴の一声に驚いていた。


 レヴェは双子にぺこりと頭を下げた。


「二人とも、うちの連中が迷惑をかけてすまなかったな」


 カインとバルドルはそんなことないと首を振った。


「いえいえ、貴方の力量が見られて良かったです」


「あんな、面倒なやつらを黙らせるなんてやり手だな」


 レヴェは何のことか分からず、首を傾げた。


「そうか?」    


☆ ☆


三日目


 バルドルとカインは、朝早くにブロムベルク領を馬車であとにした。


 ブロムベルク領での旅行は、双子にとって刺激の多いものとなった。


 バルドルは景色を眺めながら、ふぅと息を吐いた。


「旅行っていうわりには疲れたな」


「旅行というのは、人との出会いあってのものです。

 傭兵隊の人も何かの縁ですからいい方向に受け止めましょう」


「悪いやつらとは思っていないんだけどよ。個性が強すぎるんだよな」


「一番個性が強い総隊長がいなかったが、今回の旅の不幸中の幸いでしたよ」


 確かにそれは言えていると、バルドルは苦笑いを浮かべた。


 買ったお土産を眺めながら、バルドルは言った。


「シャロン、喜んでくれるといいな」


「何を貰っても喜んでくれると思いますよ」


「謙虚なやつだからな」


 バルドルは小腹が減ってきたのでお土産のお菓子を漁った。


「たくさんお土産買ったんだから、少しくらい食べてもいいよな」


「それは構いませんが、馬車の揺れには気を付けてくださいね」


「大丈夫だって」


 バルドルがお土産で買ったクッキーを開けて、口を開けて食べようとした。


 すると、馬車が激しい揺れ、バルドルは舌を噛んでしまった。


「いったぁぁ!!」


 耳障りなほど大声で叫ぶバルドルにカインはやれやれと呆れた顔をした。


「言っているそばからこれですよ」


 バルドルの口の中には、苦い血の味が広がっていた。


「やべぇ、血が出てきた」


「では、これでゆすいでください」


 カインは飲み物が入った瓶を渡した。


「ありが……ってこれミカンジュースだろう。余計ヒリヒリするだろう!!」


「おや、私としたことが」


 確実にわざと間違えたカインに、バルドルはふざけやがってと眉を寄せた。


「(マジで性格悪すぎだろう!!)」


 自宅に帰ってからしばらく、バルドルは舌が治るまで安静にしていた。お土産のミカンジュースも飲めず、刺激物も一切食べられなかった。

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