30話 ブロムベルク旅行(その2)
足湯を後にすると、ジョシアの案内で名物料理が食べられるお店に向かった。
店に入ると三人の姿を見て、高笑いする青年が座っていた。
「はっはっは、待っていたぞ。グランフェルト兄弟」
双子は男の方を向き、息ピッタリに声を揃えて言った。
「エリアス!」
「エリアスさん」
ジョシアは突然のエリアスに狼狽して尋ねた。
「エリアス様、公務は!」
エリアスはそんなことかと鼻であしらった。
「先程終わった。従者にお前たちの居場所を教えてもらって先回りしていたんだ。公務は放置していないから心配するな」
ジョシアは安心して心をなで下ろした。
「そうでしたか」
「そんなことよりお前たち、さっさと席に座れ。いつまでも僕を待たせるな」
「はいはい」
「では、失礼しますね」
双子とエリアス、ジョシアは向かい合わせに座った。
ジョシアが店員に名物料理を出すようにと注文すると、店員はすぐに厨房に行った。
「バルドル、久しぶりだな。あれから決闘や戦いに行ったか?」
「行くわけねぇーだろう。今は平和で戦いらずの世界なんだからよ。あれから少しは腕をあげたか」
「はは、なにぶん、僕は騎士でもあるが領主でな。観光事業が主であんまり修行はしていないんだ。悪いな、バルドル」
バルドルは首を横に振った。
「いいさ、領主として頑張っているならそれで」
「お待たせしました」
店員が運んできた料理はガラスの器に完熟したミカンに細かく削られた氷だった。
みんなのところに料理が運ばれるとバルドルとカインは物珍し気に料理を眺めた。
「これはミカンと氷か」
「不思議な組み合わせですね」
エリアスは誇らしげに大声で言い放った。
「そうだ、これこそ我が領の名物ミカン氷だ!!」
店の中で大声で名物を宣伝するエリアスの姿にバルドルはやや引いた。
「まんまだな……」
「バルドル殿、どうぞお召し上がりください」
バルドルがスプーンで口に運ぶと目を見開いて興奮気味に言った。
「うまいぞ!」
エリアスは間髪入れずに反応した。
「そうだろう! 食べ出したら止まらないぞ」
バルドルが勢いよく食べ出し、慌ててジョシアは止めようとした。
「バルドル殿、急いで食べると――」
急にバルドルの頭にキーンとした痛みが走り、頭を抑えて絶叫した。
「頭が痛ぇぇぇぇ」
カインは弟の哀れな姿に心配ではなくおかしそうに笑い、エリアスも楽しそうに笑った。
「氷を勢いよく食べればそうなります」
「はははは、バルドルは面白い男だ」
バルドルは二人の反応に怒りを覚えた。
「うるせぇ……ん、痛ぁぁぁ!!」
「バルドル殿、湯をお飲みください」
ジョシアから湯のみを渡されるとバルドルは迷わず、お湯を飲んだ。
「はぁ……助かった」
「氷はゆっくり食べたほうがいいですよ」
「ああ、ありがとうな。ここの名産でミカンなのか」
「いや、違う。ヘルメスの南にある友人の領地から仕入れている。向こうで豊作で余っていたから、こちらに輸入して商品にしてるんだ」
「豊作すぎると余って、価格が安くなってしまうんですよ」
「これもカインのアイディアなんだけどな」
またもカインのアイディアだと知り、バルドルは苦笑いを浮かべた。
「……お前はアイディアマンかよ」
「いえいえ、昔読んだ本に書いてあったことを真似しただけですよ。ご友人も助けられて、ブロムベルク領が発展すれば一石二鳥ですからね」
「大した兄だな……」
☆ ☆
店でエリアスとジョシアと別れると、双子は予約していた宿に向かった。
ゴシック建築の宿でチェックインを済ませると、双子は部屋へ向かった。
「あ、これってガラス張りになってるのか!?」
バルドルは大きな窓に近づき、外の景色を眺めた。今日訪れた城下町も、遠くまで見渡せた。
夕焼けに染まった町並みは、まるで絵画のように美しかった。
「はぁ……こんな風に部屋から一望できるなんて凄いな」
弟の反応にカインも嬉しそうに答えた。
「そうですね。真下には女風呂があって絶景ですね」
「ゲッ!?」
バルドルはいけないと慌てて窓から離れると、カインは愉快そうに笑った。
「嘘ですよ」
下を見ると、庭とこぢんまりとした池があるだけだった。
完全にコケにされたとバルドルは耳まで真っ赤にして怒った。
「てめぇぇ!」
「いくら少し贅沢な部屋に泊まっても、そんなサービスありませんよ。本気にしたんですか?」
「してねぇよ!」
カインはやれやれとため息をついた。
「いちいち声を荒立てないでください。ここに泊まっているのは我々だけではありませんよ」
バルドルはグッと怒りを堪えた。
「……先に風呂入ってくる」
「ええ、ごゆっくりどうぞ」
バルドルは乱暴に扉を閉めて、急ぎ足で風呂場へ向かった。
脱衣場で衣服を脱いで露天風呂へ行くと、風呂を囲むように色づいた木々があり、見晴らしも良かった。
「こっちの景色も悪くないな」
備え付けの木桶で体を洗い、湯に浸かった。
すると、先程の怒りは一瞬で忘れ、幸せそうな表情を浮かべていた。
「ふぅ……、足もいいけどやっぱ全身お湯に浸かった方がいいな」
気を良くしたバルドルは、湯に浮かんでいる紅葉を拾い、くるくると回して飛ばしたり、即興で曲を口笛で吹いたりして楽しんでいた。
すると、風呂の岩陰の方からクスクスと笑い声が聞こえた。
誰もいないと思って遊んでいたバルドルは、少し恥ずかしそうに声をかけた。
「な、なんだ、誰かいたのか」
「ええ、ずっといたわよ。」
「そうかい……」
声は男にしては中性的で、喋り方も女のようだった。
しかし、ジョシア曰く混浴はここの国では認められていないのでさすがに女ではないだろうと思った。
「お兄さん、観光でブロムベルクに来たの?」
岩陰から聞こえてくる声にバルドルは素直にコクリと頷いた。
「ああ、兄と一緒にアルテミスから来たんだ」
「そうなの。アタシは仕事帰りで、近くを通りかかったから休憩しているのよ」
「仕事帰りか。俺と違って働き者なんだな、お疲れ様だな」
「ふふ、周りの人間が優秀だからアタシはそこまで頑張ってないんだけどねぇ。でも、ねぎらってくれてありがとうねぇ」
「いやいや。あんたは仕事仲間に恵まれているってことだろう。いいことだな」
自分の仕事仲間は双子の兄だけだ。二人だけでハンディマンを営んでいるので、仕事仲間が多いというのは少し羨ましくもあった。
「確かにそうね。お兄さん、もしかして騎士でしょう?」
「ああ、そうだ」
「綺麗な体をしてるものね」
「え?」
「普段、アルテミスの騎士と関わることがないのよ。
ねぇ、お兄さん。もっとアタシと親密な関係にならない?」
「(な、何言ってんだ、こいつは!?)」
逃げるように去ったバルドルの後ろ姿を見ながら、その人物は残念そうに呟いた。
「あら、お酒を飲みながらゆっくりお喋りしたかっただけなのに……。言い方が良くなかったかしら?」
バルドルは急いで脱衣所で着替えて、廊下を駆け抜けて部屋に戻った。
息を切らして帰ってきたバルドルにカインは不可解そうに尋ねた。
「どうしましたか、バルドル。もしや、温泉に女性が入っていましたか」
「それがその……変なやつが露天風呂にいたんだよ」
「なんですか。とっても気になりますね。ちょっと行ってきます」
「あれはガチだ。絶対に行くな!」
カインは面白半分でバルドルの助言を無視して露天風呂に行ってみたが、すでにバルドルの言っていた人物はいなくなっていた。




