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天才令嬢は自由に生きたい ~努力はしますが、興味のないことは頑張れません~  作者: 森野ナギ


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まだ名前のない魔法

夜のヴァルディア邸は静かだった。

廊下に並ぶ魔導灯が、淡い橙色の光を揺らしている。

窓の外では春の雨が石畳を優しく叩き、遠くで雷が低く鳴った。

けれどその音すら、この屋敷ではどこか心地良い。

そんな静かな夜だった。


本来ならこの時間には誰もいないはずの書室で、小さな影が机へ突っ伏している。


「…………む」


ぺらり、と本のページがめくられた。

机の上には大量の本、積み上げられた魔導書。

開きっぱなしの紙束、書きかけの文字。

乾ききっていないインク。

その中心で、少女は難しい顔をしていた。


フィア・ヴァルディア。

まだ十歳になったばかりの少女である。


「お嬢様」


「ひゃっ!?」


突然背後から声を掛けられ、フィアの肩が大きく跳ねた。

振り返れば、呆れた顔をしたエマが立っている。


「また抜け出したんですか」


「ぬ、抜け出してないよ?部屋にいるよ」


「寝室にいない時点で同じです」


「……むぅ」


不満げに頬を膨らませるフィアに、エマは小さくため息をついた。

そして机の上へ視線を落とす。

広げられているのは、旦那様が外交先から持ち帰った異国の魔導書だった。


王国では滅多に見ない形式の本。

一般的な円形魔法陣ではなく、幾何学模様のように線が組み合わさった奇妙な術式。

その周囲には、見慣れない文字がびっしりと並んでいる。


「またその本ですか」


「うん」


「読めるんです?」


「読めない」


即答だった。

だが次の瞬間、フィアは目を輝かせる。


「でも面白い」


紫色の瞳をきらきらと輝かせながら、フィアは本へ顔を寄せた。


「この文字ね、たぶん意味があるの」


「意味?」


「うん」


細い指が、ページの端をなぞる。


「ここ、似てるでしょ?」


エマも覗き込んでみる。

だが正直、違いはよくわからない。

奇妙な記号が並んでいるようにしか見えなかった。


「……そうでしょうか」


「似てるよ」


フィアは楽しそうに笑う。


「この“ぐるっ”てなってるの、多分おんなじ感じ」


「読めないのに?」


「なんとなく?」


なんとなくで理解しないでほしい。

エマはそう思ったが、口には出さなかった。

フィアは昔からこうなのだ。


一度見たものを忘れない。

剣術も。礼儀作法も。言語も。

そして最近は、魔法ばかり見ている。


「お嬢様は本当に魔法がお好きですね」


「だって面白いもん」


これまた即答だった。


「剣より?」


「うん」


「旦那様とお兄様が泣きますよ」


「剣って、次どう来るかわかっちゃうし」


「普通はわかりません」


フィアは椅子の上で膝を抱えながら、再び本へ目を落とした。

雨音が静かに響く。

部屋の中にあるのは、ページをめくる音だけ。


「ねぇ、エマ」


「なんでしょう」


「同じ火の魔法なのに、形が違うの変じゃない?」


「形?」


「この本と、王国の本」


フィアは二冊の魔導書を並べる。

一冊は王国式。

もう一冊は異国式。


「こっちは丸が多い」


「そうですね」


「でもこっちは四角い」


「……ですね」


「なのに、どっちも火が出る」


そこでフィアは少し黙った。

じっと魔法陣を見つめる。

まるで、何かを探しているみたいに。


「だったらこれ、ただの模様じゃない気がする」


エマは瞬きをした。


「模様ではない?」


「うん」


フィアは紙へさらさらと何かを書き始める。


丸。線。文字。


「だって、同じところあるもん」


「お嬢様?」


「“火”って意味の文字、あるんじゃないかな」


雨音が少し強くなる。窓を打つ音。

遠くで雷が光った。その瞬間。

フィアの紫色の瞳が、魔導灯よりもずっと明るく見えた。


「もし文字なら」


少女は楽しそうに笑う。


「組み合わせたら、新しい魔法作れるかもしれない」


エマは思わず黙り込んだ。

それは、あまりにも子供らしい空想だった。

けれど同時に。フィアなら、本当にやってしまいそうだとも思った。


「……お嬢様」


「なに?」


「まず寝ましょう」


「えー」


「明日も読めます」


「でも今気になる」


「駄目です」


ぱたん、とエマは本を閉じた。

フィアが不満そうな声を上げる。


「あと一ページ!」


「駄目です」


「半ページ!」


「駄目です」


「けち」


「お嬢様のためです」


エマは小さな主人を抱き上げた。

フィアはむぅ、と頬を膨らませながらも抵抗しない。

ただ、その手には最後まで紙切れが握られていた。


そこには、子供らしい雑な字と、いくつもの奇妙な記号が並んでいる。

フィア自身、まだ意味を理解しているわけではない。


けれど。

異国の魔法陣を見ていると、“同じ形”が何度も繰り返されているように思えたのだ。

だから彼女は、勝手に意味を付け始めていた。


『火』

『広がる』

『速い』


そしてその横には。

誰にも読めない、まだ名前のない魔法陣が描かれていた。

読んでいただきありがとうございます。


更新は火・金の20時予定です。

少しでも続きが気になると思っていただけたら嬉しいです。


よろしくお願いいたします。

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