第10話
今から数千年前。深淵の国。
地表は黒い土に覆われ草木一本も生えていない荒野が広がり、空は太陽も月も星さえも見えない漆黒の闇。
地割れから見える烈火のごとき赤い溶岩のみが妖しく辺りを照らしている。
精霊の国から堕とされたメルティナは、黒い土の上に気を失って倒れていた。
透き通っていた美しい羽根は黒ずみ、青い瞳は真紅に変化し、その姿は堕ちた妖精=ダークフェアリーと化していた。
「……んん、こ、ここは……?」
メルティナは意識を取り戻した。
視界にぼんやりと広がる景色はただの漆黒の闇。
メルティナの心は絶望感に支配された。
(こんなはずじゃ無かったのに......あたしはこれから、どうすればいいんだろう……?)
よろよろと立ち上がり、当てもなく歩き始める。
目の前に広がるのは何もない荒野。
メルティナはとにかく歩いた。
のどが渇く、油断をすると意識が遠のく。
しかし、歩みを止めることはなかった。
(セルティナ……せめて、妹にもう一度会いたい……)
そのセルティナが99回の転生の罰を受けたことなど知る由もない。
どのくらい歩いただろうか? メルティナの視界の遥か先に城のような建物が見えた。
(あそこまで行けば……)
その瞬間、メルティナは意識を失った。
それを見ていた巨大な黒い影がメルティナに近づく……。
一体どのくらいの時間が経ったのだろうか?
メルティナは目を覚ました。
そこは建物の中。
立派なベッドに寝かされていた。
どうやら拘束はされていない。
体を起こし周りを見回す。
質素だが普通の部屋だ。
メルティナは起き上がり、窓から外を見た。
黒い土の大地、漆黒の空、赤い溶岩の灯火。
殺風景な景色が広がる。
メルティナは部屋のドアを開け、廊下に出た。
長い廊下、左右には扉が並んでいる。
全体的に黒っぽい装飾だが気品の漂う貴族の屋敷のような造りだ。
廊下を先に進むと大広間に出た。
向かって右には大きな鉄の扉。
左側には大きな階段。
メルティナは大階段を上った。
階段を上るとその先には大きな扉が。
メルティナはその扉を力を込めて押した。
ゆっくりと扉が開いていく。
そこは王の間だった。
玉座には巨大な黒い影。
眼だけが真っ赤に輝いている。
メルティナはこの何もないと思われた世界で他人と話が出来ることに安堵した。
そして、臆することなくその影に話しかける。
「初めまして。あたしはメルティナ。助けてくれたのはあなたね。礼を言うわ。ありがとう」
黒い影は悠然とメルティナに視線を向けた。
「私は魔神ザハーク。お前は精霊の国を追放されたのか?」
低い体の芯に響くような声。
魔神ザハークはメルティナに興味があるようだ。
「あたしは罪を犯した。だからここに来た。行く場所も無いからここに住んでもいいかしら?魔神ザハーク」
メルティナはザハークをジッと見る。
「精霊の国から堕ちた妖精か......面白い小娘だ。いいだろう、お前に部屋をやる。好きに使っていいぞ」
魔神ザハークに気に入られたメルティナは、城の地下室を自分の研究室にして、好きだった研究を始めた。
天上界では、女神イブと精霊神アイリスが、新たな世界「エルドランド大陸」を創造していた。
メルティナは研究材料となる生き物や素材を自然が豊かなエルドランド大陸に取りに行きたかったが、深淵の国を長時間出ることができない。
そこで目を付けたのが魔神ザハークの能力だった。
ザハークは自分の分身を作ることができる。
その分身はエルドランド大陸に行くことも出来た。
「ねえ、ザハーク。その分身を使って、エルドランドから研究の材料を持ってきてくれないかしら?」
「なぜ私が行かねばならんのだ?」
「魔神ザハークの力があれば、エルドランドなんてすぐに支配できるわ。こんな地味で何もない所より楽しいわよ」
「なるほど、天上界の神々にも一泡吹かせてやれるな、面白い」
「じゃあ、交渉成立ね、ただし、あまり派手にやらないでね。あくまで目的は研究材料集め。それが終わったら、最後にはエルドランドを征服すればいいわ」
「よし、早速分身をエルドランドに向かわせよう。」
ザハークは、そういうと全身に力を込めた。
青白いオーラと共にザハークの体から、もう一人のザハークが現れた。
「目立たぬように人間に近い姿にするか」
ザハークの分身は、背の高い人間の男性の姿に変わった。
「さあ、我が分身よ!エルドランドへ行くのだ!」
分身はスーッと消えた。
(これで研究が進むわ……ザハークの精神支配も順調ね)
メルティナはニヤリと笑った。
エルドランドに降り立ったザハークの分身は、手始めに強大な魔物を仲間にし、魔神教の礎を築きはじめる。
バロール、アズラエル、ライジン、フウジン、ビャッコ、ゲンブといった魔神教幹部を従えるようになるのは、もう少し後の話である。
「きゃはは。あたしのおもちゃ。ザハークにはしっかりと遊んでもらわなくちゃ」
研究室で一人笑うメルティナ。
その瞳は真っ赤に染まり、狂気に満ちていた。




