第96話 さかつくの未来
なにか分かった気がする。
スタジオみかんでの打ち合わせを終え、ヨウはペイと2人で話し合うことにした。
打ち合わせの中で、とくにサッカー運営面の課題が見えてきたため、もんちゃんと未来もカフェのカウンター席に移動し、話し合いを始めている。
土曜日で来客も多く、他のメンバーは営業を再開していた。
解散後、美香は寂しがるかと思いきや、頻繁にコーヒーを買いに来ては、もんちゃんと未来の話し合いをのぞき見している。
そんなにコーヒーを飲んで、今夜眠れるのか少し心配だ。
さて、ヨウとペイは打ち合わせの場所を坂本造園へ移した。
いまは社長室で、イレを囲んで話し合いの続きが始まっている。
「社長、プレイベントの洗い出しは、ほぼ終わりました。」
ヨウは資料を差し出した。
「基本的にはサッカー運営の課題になります。その部分については、もんちゃんと未来にまとめるよう指示してあります。」
「へぇ。みんな楽しかったみたいでいいじゃねぇか。それにしても、山田のじいさんまで楽しかったって言ってんのか。おもしれぇな。」
イレは珍しく食いつきながら、資料に目を通す。紙をめくる音だけが、少しだけ部屋に響いた。
「それで、計画通り進んでんのか?」
イレが資料の計画ページを見ながらヨウに問いかける。
【今年の12月】
・テンリーグ設立検討委員会の組織化
・収益化事業の選定
・リーグの制度作り
・会場および施設の選定
【来年の1月】
・20人のサッカー少年が青空高校へ転入
・テンリーグ(試合)の試験運用開始
・テンリーグ(事業)の試験運用開始
「もともと無茶な計画なので……。
今日が12月12日ですから、あと2週間です。」
自分で言っておきながら、改めて数字にすると無茶さが際立つ。
「いろんなやつがいるが、俺はとりあえずやってみる派だ。うちの現場みたいに段取り八分の仕事もあるけどよ。
とりあえず、やれる形にしてくれや。あと、ちゃんと休みも取れよ。」
イレの言葉は軽いが、任せるという意思ははっきりしている。
ヨウは一度うなずいてから、本題に話を移した。
「今日はプレイベントのご報告に加えて、収益化事業の選定についてご相談に来ました。」
「どんな相談だ?」
「収益の柱は、あおい庭園に人が集まる仕組みにしたいと考えています。」
「ほぅ……。」
イレは、分かったような分からないような表情で相槌を打つ。
ペイは珍しく静かにしている。すでにヨウの考えを理解しているのか、口を挟む気配がない。
「例えば秋葉原のように、人が人を呼び、新たなビジネスが生まれていく。
そういう“場”そのものを収益の柱にしたいと思っています。」
「別にぱっとしない話だな。要は人気の観光地にするってことか?」
イレはややつまらなさそうに言う。
「そうです。」
短く答えたものの、それだけでは伝わっていないことは分かっている。
「でも、どうやって人を集めるつもりですか?」
ペイが静かに問いかける。
「コンセプトは、脱ITです。」
少しだけ言葉に力を込める。
「脱IT?」
ペイが短く返す。
「そう。ふと思ったんですよ。横浜にいたときの俺って、ずっとスマホの画面ばかり見てたなって。
朝起きてスマホ、電車でもスマホ、休みの日もスマホやタブレット。
現実はどこにあったんだって、ここに来て気づいたんです。」
「で、どこにあったんだ?」
イレが問う。
「目の前です。毎日の生活の中に、ちゃんと現実はあった。
でも、それはあまり楽しくない現実でした。たぶんそれは、未来が見えなかったからだと思います。
かっちりした社会、かっちりした会社。
いつも、その外に出たいと思っていました。
でも、もしその外に出たら、借金や差別みたいな、明るくない現実がある。
だから、つまらない現実にとどまりながら、気をそらすために画面の向こうを見ていた。
でも、ここは違いました。
俺は今、その“画面の向こう”にいます。
みんなにも来てもらいたい。」
言い切ったあと、自分でもうまく説明できているか分からなかった。
「ヨウ君が言いたいことは、単純なデジタルデトックスとは違うようですね。
私が提案したみかん箱プロジェクトは、一過性のデジタルデトックスに近いものでした。
ヨウ君が新しいみかん箱の構想を出したときは、正直わくわくしましたよ。」
「あおい庭園やテンリーグに訪れ、この経済圏の中で"画面の向こう"を過ごしてもらう。それが目指したいものです。」
「具体性が見えないな。それを相談に来たんだろ?」
イレの言葉は変わらず率直だった。
「昨日、アリスたちから、アイドル級のイケメンチームを観たいって言われたんです。
それをそのままやるのは違う気がするんですけど、ここに来ないと観られない、体験できない時間をテンリーグに作りたいと気づいたんですよ。
集まった人たちは、あおい庭園のルールに従うことでしか、その時間を得られないような。」
言葉にしながら、少しずつ輪郭が見えてくる。
「商品は時間だな。」
イレは短く言った。
「まずは小さく始めろよ。一発狙いしても、ろくなもんじゃねぇ。少しずつ人が来て、お前の考える世界が壊されないように慎重にな。な〜に、ちゃんとできたら、アオソラさんが高値で買ってくれるだろ。でもペイさん、未完成だったらどうするんだい?」
イレは、ヨウにアドバイスしつつ、ペイに問う。
「もちろん、未完成品には1円も払いませんよ。ヨウ君、1円でも払う価値があると思うものを作ってくださいね。」
うまく伝えられたかは分からない。
それでも少しずつ前に進んでいる。
テンリーグ事業の試験運用開始まで残り1月しかない。
とにかくやろう。
ヨウは、社長室を出るとすぐさまあおい庭園に戻っていった。
本作は、何年も前に「面白い」と思って書き始めたものの、設定に行き詰まり、途中で手を止めてしまった作品です。
なぜか分からないけど、2年以内に天皇杯とJ1制覇という無茶な設定をしていた過去の自分。
いまJ7だというのに……どうすりゃいいんだ、と。
仕事が忙しかった、という言い訳もあります。
それから5年。
久しぶりに見返してみたところ、なぜか週間ランキングに何度も入っていました。
ジャンルをヒューマンドラマにしていたこともあって、たまたま目に留まりやすかったのかもしれません。
「あれ?何事?」と思いながら読み返してみると、
設定はめちゃくちゃなのに、意外と面白い。
それなら、と設定を見直し、書き直してみました。
今は5年前よりも仕事は忙しくなっていますが、毎日更新をなんとか続け、ここまで書き切ることができました。
これも、本作にお付き合いいただいた皆さまのおかげです。本当にありがとうございました。
これで第1部は終了となります。
第2部からは、登場人物たちがより自由に動き始めるフェーズに入ります。
引き続き、ヨウの奮闘を見守っていただけるとうれしいです。
――そきおこ




