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紅百合の咲く森  作者: 琲音
帰郷
9/12

⚫︎結芽の回想:成人の儀、逃げるように

4年前の、私たちの代の成人式

―――――

天ヶ瀬村の成人式は、毎年少しだけ“異質”だった。

集会所を飾り付けた式典の場は、確かに地元の若者たちが再び顔を合わせる場ではあったが――

その空気の底には、見えない何かがうごめいているような気がしていた。


それでもあの日、帰省し、結芽は出席した。


(少しだけ……顔出して、写真撮ったら帰ろう)


初めて袖を通した振袖。

幼さを残しつつも、大学生活で少しずつ洗練されてきた自分――

鏡の前で髪を整えた時、母に「綺麗になったね」と言われた。


――けれど、そんな自分でも。

あの2人の隣に立てるとは、思えなかった。


会場に入った瞬間、空気が変わったのが分かった。


結芽の久々の帰省。見違えるように変わった容姿。

周囲の同級生たちは、驚いたように笑顔を向けてくれる。


「うわ、結芽じゃん!久しぶり!」


「なんか……めっちゃ綺麗になったね!」


「写真、一緒にいい?」


社交的な笑みを浮かべながら、数人と会話を交わし、記念写真を何枚か撮った。

立ち居振る舞いには気をつけた。できるだけ自然に。


(……うん、もう少しだけ参加しよう)


そう思いかけた時だった。


ふと、空間が静まった気がした。


その気配に、振り返らずにはいられなかった。


(……いた)


会場の中央に、まるで主役のように立つ2人。


那鳥 美幸と、竜見 和香。


それぞれに似合う和装の振袖を纏い、背筋を伸ばし、新成人の祝賀にふさわしいその姿は、まさに視線を集める存在だった。


美幸は鮮やかな朱の振袖にゆるくまとめた茶髪を飾り、微笑むたびに周囲の視線をさらっていく。


和香は深緑の振袖に凛とした黒髪を結い上げ、背筋の伸びた立ち姿がまるで舞台の主役のようだった。


男たちも、女たちも、誰もが目を奪われていた。


けれど――


彼女たちがこちらを見た瞬間、

結芽の背筋に、凍るような緊張が走った。


目が合った。


――笑っていた。


その顔は穏やかで、柔らかくて、昔と変わらない。


でも――


その目は違った。


爛々と光り、射抜くように結芽を見ていた。


まるで、大蛇。

美しい皮を纏いながら、息を潜めて機を待つ、蛇のような目。


(……やばい)


身体が反射的に動いていた。


誰にも悟られぬよう、笑顔を保ったまま、少しずつ、会場の端へ。

扉の近くで一瞬だけ振り返った。


2人が、まっすぐ、歩いてくる。

笑って、ゆっくりと、確実に、こちらに。


(無理――)


逃げるように、会場を出た。

寒空の下、吐く息が白かった。


「……っ、何やってんだろ、私」


だけど、止まれなかった。


2人の“目”に射抜かれた瞬間、確信したのだ。


自分は、あの場所にいてはいけなかった。


(……あの時は、逃げてしまった。

でも――今は、もう、あの目から逃げられる気がしない)


――結芽は、今、村にいる。

そして再び、あの目に見つめられている。


夜が更けるたび、逃げ道がひとつずつ閉じていく気がしてならなかった。


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