⚫︎結芽の回想:成人の儀、逃げるように
4年前の、私たちの代の成人式
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天ヶ瀬村の成人式は、毎年少しだけ“異質”だった。
集会所を飾り付けた式典の場は、確かに地元の若者たちが再び顔を合わせる場ではあったが――
その空気の底には、見えない何かがうごめいているような気がしていた。
それでもあの日、帰省し、結芽は出席した。
(少しだけ……顔出して、写真撮ったら帰ろう)
初めて袖を通した振袖。
幼さを残しつつも、大学生活で少しずつ洗練されてきた自分――
鏡の前で髪を整えた時、母に「綺麗になったね」と言われた。
――けれど、そんな自分でも。
あの2人の隣に立てるとは、思えなかった。
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会場に入った瞬間、空気が変わったのが分かった。
結芽の久々の帰省。見違えるように変わった容姿。
周囲の同級生たちは、驚いたように笑顔を向けてくれる。
「うわ、結芽じゃん!久しぶり!」
「なんか……めっちゃ綺麗になったね!」
「写真、一緒にいい?」
社交的な笑みを浮かべながら、数人と会話を交わし、記念写真を何枚か撮った。
立ち居振る舞いには気をつけた。できるだけ自然に。
(……うん、もう少しだけ参加しよう)
そう思いかけた時だった。
ふと、空間が静まった気がした。
その気配に、振り返らずにはいられなかった。
(……いた)
会場の中央に、まるで主役のように立つ2人。
那鳥 美幸と、竜見 和香。
それぞれに似合う和装の振袖を纏い、背筋を伸ばし、新成人の祝賀にふさわしいその姿は、まさに視線を集める存在だった。
美幸は鮮やかな朱の振袖にゆるくまとめた茶髪を飾り、微笑むたびに周囲の視線をさらっていく。
和香は深緑の振袖に凛とした黒髪を結い上げ、背筋の伸びた立ち姿がまるで舞台の主役のようだった。
男たちも、女たちも、誰もが目を奪われていた。
けれど――
彼女たちがこちらを見た瞬間、
結芽の背筋に、凍るような緊張が走った。
目が合った。
――笑っていた。
その顔は穏やかで、柔らかくて、昔と変わらない。
でも――
その目は違った。
爛々と光り、射抜くように結芽を見ていた。
まるで、大蛇。
美しい皮を纏いながら、息を潜めて機を待つ、蛇のような目。
(……やばい)
身体が反射的に動いていた。
誰にも悟られぬよう、笑顔を保ったまま、少しずつ、会場の端へ。
扉の近くで一瞬だけ振り返った。
2人が、まっすぐ、歩いてくる。
笑って、ゆっくりと、確実に、こちらに。
(無理――)
逃げるように、会場を出た。
寒空の下、吐く息が白かった。
「……っ、何やってんだろ、私」
だけど、止まれなかった。
2人の“目”に射抜かれた瞬間、確信したのだ。
自分は、あの場所にいてはいけなかった。
•
(……あの時は、逃げてしまった。
でも――今は、もう、あの目から逃げられる気がしない)
――結芽は、今、村にいる。
そして再び、あの目に見つめられている。
•
夜が更けるたび、逃げ道がひとつずつ閉じていく気がしてならなかった。